1-13. 酩酊
最後にマリーが挨拶をして、快気祝いの会はお開きになった。どうやら、組合の本日の業務はこれで終了らしく、数名の事務員はそのまま広場に残り、屋台で立ち飲みしながら、何か話していた。
ヒナは親方に話があるとかで、早々に広場を出て行った。俺は、会の後片づけをするよう、そして終わった後はそのまま帰らず、組合事務所にもう一度顔を出すようにと指示されていた。
俺は机の上に残されたタッパーを回収してまわり、マリーはスプーンやフォークをバスケットに片づけた。最後に、二人で手分けしてテーブルを拭き、移動させたテーブルやベンチを元の位置に戻した。
「ふう」
ベンチに座って一息ついた。これにて、異世界弁当屋は営業終了。かなり大変だったが、とても充実した年末年始休暇になった。どうにかゴールまで走り切ったという、すがすがしい気分だった。
「トーヤ。どうぞ」
ふと肩を叩かれた。マリーが紙コップをひとつ、こちらへ差しだしている。きっと、屋台で買ってきてくれたのだろう。
「ああ、すみません」
さすがの俺にも、この差し入れを拒否するという選択肢はなかった。受け取って、ひと口飲んだ。
中身は酒だった。温めたワインにスパイスを効かせた……いわゆる、ホットワイン? クリスマスマーケットとかで売っていそうなやつだ。もちろん、一度も行ったことはなかったが。
テントやストーブがあるとはいえ、真冬の屋外。温かい酒を喉に流し込むと身体の芯がじんと熱くなり、ほとんど一息に飲んでしまった。
カラになったコップをテーブルに置いた。マリーは隣に座り、俺のよりだいぶ小さい紙コップを、わずかに傾ける。
俺には、すでに飲むべき酒はなく、完全に手持無沙汰だった。普通は話しながら少しずつ飲むものだろうし、彼女もそのつもりで買ってきてくれたのだろうに、俺はバカなのか?
マリーは無言だった。うーん、こういう時は、何か喋ったほうが良いんだろうな。いや、こちらから話しかけて、ロクなことになるわけがない。ここは、黙って空気に徹したほうが良い。
マリーは時間を掛けてちびちびと飲み、やがてカラになったコップをテーブルに置いた。いつの間にか、白い顔が耳まで真っ赤になっている。
「大丈夫、ですか? 酒……弱いの?」
口に出してから、もっと他に気の利いた言い方があるだろうと思ったが、それが精いっぱいだった。まあ、どのみち俺の異世界言語能力は幼児レベルであり、多少気を利かせたところで、翻訳結果に大した違いは出ないと思うが。
「……」
マリーは、問いかけに答えなかった。潤んだ目で、じっとこちらを見上げ――数秒後、急に倒れ掛かってくる。
「わっ!?」
とっさに細い肩を支えた。彼女はぐったりと俺に寄りかかる。たぶん、酒で気分が悪くなったのだろう。まずいな。ほぼひと口の量でこの有様ということは、酔っぱらったというより、そもそも酒が飲めない体質なのに違いない。
慌てて周囲を見回した。先ほどまで、近所の屋台に居たはずの事務員たちは、いつの間にか居なくなっている。
「だ、大丈夫? ……じゃないよな。マリー、横になろうか」
二人掛けの小さなベンチだったが、ふたつ並べれば、彼女が横になるのに十分そうだった。とりあえず、俺のコートを枕代わりにして、まずは上半身だけ横になってもらおう。それから、あのベンチを引きずってきて……。
ひととおり脳内でシミュレートし、行動に移そうとした直後、コートのボタンに掛けた手をマリーがつかんだ。小さく首を振って、「だいじょうぶ」と言った。
「本当に? 気分が悪いなら、我慢しなくていいんだよ」
言いながら、そっと、足元に置いたカバンからタッパーを取りだし、片手でフタを外した。
俺の着古し安物コートは別にどうでもよかったが、マリーの服が汚れるのは避けたかった。それに、百均タッパーなら、そのままフタをし、ビニール袋に密封して可燃ゴミに出せばいい。他人に後始末をさせる罪悪感も少ない。
「うん……だいじょうぶ。このまま、すこし、やすませて」
遠慮がちな声だった。ここで俺が下手に騒ぐと、周囲の注目を集めてしまう。その時、恥ずかしい思いをするのはマリーだ。とりあえず、今はこのまま様子を見よう。




