1-12. 快気祝い
広場のテーブルやベンチは可動式だった。俺たちが着いた時には、事務員たちが四人掛けのテーブルを三つつなげ、十二人分の席を作っていた。
俺がそれぞれの席に弁当を置き、マリーとヒナが手分けして、スプーンやフォークを添えた。食器を配り終えると、マリーは、中央テーブルに座っている親方の隣に腰を下ろす。
中央テーブルには、さっき弁当を四つ置いたはずだが、いつのまにか二つが端の席に移動していた。ヒナは、俺のカバンの底に残っていたまかない弁当ふたつを取りだし、親方の前に座る。
「ええっ、俺たちがここに座るの!?」
「マリー、トーヤとはなしたい。まえ、はなしやすい」
ヒナは俺の弁当を、容赦なくマリーの対面に置いた。どう考えても部外者の座る席ではなかったが、俺がオロオロしている間に、市場から飲み物などを買ってきた事務員たちが戻り、他の席を埋めてしまう。
全員が揃い、親方が立ち上がって話しはじめたので、とうとう観念して腰を下ろした。挨拶が終わり、参加者たちが各々、タッパーのフタを開ける。
「あら?」
マリーがこちらの手元に目を向けた。普段、組合のまかないを作っているだけのことはあり、俺の弁当が自分のそれとは違うことに、すぐに気づいたようだった。
「トーヤのベントー、にく、すくないね」
「いや、まあ、……これは、まかないなんで。はは」
もちろん、商品とまかないで内容物が違うのは当然だった。肉が入っていない分の隙間は野菜等でカバーしていたし、俺としては、まかない弁当を見られることに抵抗はなかった。
マリーも、それ以上深くは追求せず、弁当を食べはじめた。スプーンで肉と米を同時にすくい上げ、小さな口を開けて、ぱくりと食べた。
「おいしい!」
「よかった」
と答えると、マリーは今度はフォークで、最初に食べた場所とは反対側の肉二枚を取り上げた。
米と一緒に食べたほうがおいしいのに、マリーは米があまり好みじゃなかったのだろうかと、内心残念に思ったが、もちろん食べかたは個人の自由なので黙っていた。単に、肉が好きなのかもしれないし。
しかしマリーは、そのフォークを自分の口には運ばなかった。少し身を乗り出して、ひょいと俺のまかない弁当に入れた。
「え!? あ、いやっ」
すでに食べた跡に入れられたので、今さら返却もできなかった。マリーはいたずらっぽく微笑んだ。わざとそうしたようだった。
「じゃ、ヒナのもあげる」
続いて、ヒナも二枚くれた。結果的に俺の肉は六枚になり、マリーとヒナの肉も六枚になった。
「別にいいのに。食べなよ、ヒナ」
ヒナの分は本人に返却しようとしたが、ヒナは受け取らなかった。俺を見上げてジトリと睨み、たしなめた。
「ヒナのは、トーヤとおなじ、まかないのベントー。おやかたは、ヒナのベントーはかってない。だから、おやかたのおかねで、ヒナに、うりもののベントーをつくったら、だめ」
「……え、あ、そっか……あの、すみません、でした」
斜め前に視線をやり、小さく頭を下げたが、親方は穏やかに首を振った。
そうだよな。ヒナのまかない弁当が他のみんなと同じ商品クオリティだからって、怒るような親方じゃないはずだ。何か言えるほどの知り合いではなかったが、人を束ねる仕事というのは、そんな器の小さい人間には務まらないと思う。
――ともかく、目論見通り、すき焼き弁当は大好評であり、普段はタッパー返却時に聞いている『おいしい、した』を、会の途中で何度も聞くことになった。
よほどおいしかったのか、わざわざ両手を上げながら言ってくれる人もいた。もっとも、その人は終始だいぶ陽気だったので、酒でも飲んでいたのかもしれないが。
何にせよ、温かい食事会だった。新卒で入った勤続N年の弊社忘年会ですらぼっちだった俺としては、他社の食事会で、俺の存在が普通に受け入れられたのが意外だった。
でも、考えてみれば、そりゃそうだ。俺の異世界語会話能力は、幼児レベルなのだ。誰も俺に、会を盛り上げる話術なんか期待していない。
俺は、生来の口下手だった。三十年も日本で生活していながら、国語の教科書音読さえ怪しい始末。飲み会のフリートークで盛り上がるなど夢のまた夢だった。日常会話での単純な相槌やリアクションすらワンテンポ以上遅れ、居るだけで場の空気を破壊した。
ならばいっそ、最初から空気人間に徹したほうが良い。誰にも、そもそも認識もされない、それが俺にとって最善の状態なのだ。ぼっちでも、空気の読めないやつだと白い目で見られるよりはマシだった。
進学を機に地元を離れて以来、現在に至るまでのN年間、俺はずっとそういう生き方をしてきた。ほとんど誰とも喋らなくなり、結果として、ますます喋れなくなった。
その、社会人としてあるまじき致命的なコミュニケーション能力不足は、この異世界では、『ちいさいこども』レベルの言語能力によって、ほとんどマスキングされていた。
おそらく彼らは俺のことを、この街に来たばかりの外国人だと思っている。ヒナと市場を歩いた所見では、ここは商業で発展した街のようだった。交易のために、多くの人々が出入りするのだろう。だから、よそ者でも快く受け入れてくれる土地柄なのだ。
俺自身は喋れないが、必要なことはヒナが代わりに話してくれた。俺に求められているのは、うまい弁当を提供することだけ。それが弁当屋の、ベントーヤの仕事だった。
「……うまいなあ」
貰いものの肉を割り箸で口に入れると、思わず声が漏れた。
でも、この弁当がうまいのは、俺の手柄じゃない。それは、実家の新米や、和牛すき焼き肉や、すき焼きのタレや、練りに練られたレシピを作ってくれた人々、そして、こまやかな心遣いをネットの海に惜しみなく放流してくれた人々の功績だった。
俺は、日本人のあくなき食への探求心という巨人の肩に立つことで、異世界に来て初めて、他者に存在を認められたのだ。




