3-44. 夕陽
タッパー亭に戻ると、シャッターに掛けていた『閉店』の札が裏返されていた。
エリザ嬢はもう帰ったのだろう、と考えてふと気づく。札を吊り下げる紐に、おみくじみたいなものが結ばれている。
「……?」
解いて広げてみると、それは走り書きのメモだった。もちろん俺には読めないので、ヒナに渡して読んでもらう。
「エリザの書き置き。マリー、もう帰ったって。ヒナも、事務所に帰るね」
「じゃあ、送っていくよ」
「大丈夫。まだ明るいし」
夏の日は長い。夕暮れ時だが、ヒナが帰り着くまでは明るいだろう。「気を付けて」と声を掛けて後ろ姿を見送り、裏に回って階段を上った。
「あれっ」
玄関扉が、施錠されていない。誰も居ないのだから、マリーが帰る時に閉めていくはずだが……。
「……あれ、マリー? 帰ったんじゃなかったの?」
はたして、マリーはひとり、居間のソファに座っていた。いったんエリザ嬢と別れた後、また戻ってきたのだろうか?
ひとまず、買い物袋をダイニングテーブルに置いた。マリーは、クッションを抱きしめたまま俯いている。
「大丈夫? お茶淹れようか。……あ、それとも俺、居ないほうが良いかな」
「~~~~っ、あのっ」
珍しく、声が裏返っていた。ひどく動揺しているようだが、表情は、クッションに隠れてよく見えない。
「エリザ先輩に、その、……何か、言われたんでしょう?」
「えっ」
「違うの!? わっ、私てっきり、それで眠れなかったのかと……。ごめんね、忘れて!」
……ああ、そうか。エリザ嬢は、マリーにも発破をかけたのだ。いつまでも、今のままではいられないぞ、と。
「あのさ、……マリーはこの先、どうするつもりなの? その、……この店を」
と尋ねた。
店を始めた理由は、おおむね予想がついていた。
でも、マリー本人に直接聞いたわけじゃない。勝手に決めつけず、本人の話を聞くようにと、大家さんに叱られたばかりだった。
「それは、……もちろん、お店は続けるよ! 始める前に、父さんにもそう言ったし」
「………………俺は、ずっとここに居ていいのかな?」
「それはっ、もちろん……だって、タッパー亭は、私とトーヤの店だもん。トーヤが居ないと、困っちゃうよ……」
まあ、そうだよな。俺が居なければ、主力商品である米を仕入れられないのだから。
でも、俺が居ても、永遠に仕入れ続けられるわけじゃない。やはり、まずは米の仕入れ問題をどうにかしないことには……。
「あの、……今、この先のこと、考えてるところで。もう少し、待ってもらえない……?」
情けないけれど、今はまだ、それ以上は言えない。
マリーが、クッションの陰からちらっと顔を出した。座面に置いて、ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。
「うん。すぐに決められることじゃ、ないよね」
そう言って、マリーはこちらへ手を伸ばした。温かい指先が頬に触れ、目の下をなぞる。
窓から差し込む夕陽のせいなのだろうか、彼女の頬は、真っ赤に染まっていた。
久々にフリーズしてしまったけれど、マリーは黙ってそばにいてくれた。
(異世界弁当タッパー亭 第三章 完)
これにて、第三章完結です。
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