3-43. 牛串
翌日の昼前。マリーが裏で事務作業をしている間、俺はヒナにレジを頼み、こっそり表から出て二階へ上がった。
軽く居間を掃除し、テーブルを拭いておく。マリーの好物のケーキを買ってくると聞いていたので、すぐにお茶を淹れられるよう、ヤカンにお湯を沸かした。
やがて、玄関の呼び鈴が鳴った。施錠はしていないから、マリーやヒナなら鳴らさず入ってくるはず。つまり、エリザ嬢がやって来たのだ。
「どうも」
玄関扉を開けて出迎えると、彼女はいつもの小さなカバンとは別に、小ぶりのバスケットを携えていた。中身は見えないが、甘い匂いが漂ってくる。
「マリーは?」
「まだ下にいます。上がって待っててください。俺はヒナと合流して、そのまま出るので」
「うん」
「シャッターに『閉店』の札を掛けておくので、帰る時、裏返しといてもらえますか。話し中に入ると、マズいだろうから」
「了解」
エリザ嬢の後ろ姿を見届けて、階段を下った。再び表から店に入ると、ヒナは従業員用休憩スペースで暇そうにしていた。
「トーヤ。弁当、ぜんぶ売れた。レジ締めたから、シャッター下ろして」
俺がシャッターを下ろしている間に、ヒナはのれんをくぐり、マリーに声を掛けた。売り上げを仕舞った金庫に南京錠を掛ける音まで確認してから、俺も顔を出す。
「マリー。疲れたでしょ? 厨房は俺たちで片づけるから、先に二階へ上がってて」
「えっ? 大丈夫だよ。三人でやったほうが、早く終わるし」
と言って、彼女は厨房の片づけに取り掛かろうとする。うーん、弱ったな。エリザ嬢を、居間でひとり待たせるのも申し訳ないし……。
「その……先に行って、お湯、沸かしといてもらえない? えと、……昼のまかないで、使う、から」
「……?」
マリーは、しどろもどろで食い下がる俺に不思議そうな顔をしたが、それ以上の追及はせず、頷いて裏口から出ていった。
「言い訳がヘタ」
ヒナがジトリとこちらを睨んだ。何も反論できず、視線を逸らした。
◇ ◆ ◇
市場の広場でヒナとふたり、昼食をとるのは久々だった。
おにぎり弁当は完売したため、近所の屋台で何か買おうという話になり、以前にも訪れた串焼きの店へ向かう。
「牛串、二本ちょうだい」
ヒナが注文すると、店主は「あいよ、1500円ね」と答え、手元のバーベキューコンロから牛串を二本取った。ヒナが舟形皿を受け取り、俺が生活費財布から支払う。
時刻は十四時すぎ。昼食時でもなければ夕食時でもない微妙な時間帯のため、広場のテーブル席は空いていた。
昼の日差しはまだ夏仕様だったが、麻布テントの陰になっているため、だいぶ涼しい。
「ヒナ。ビール飲んでも、いいかな?」
「じゃあ、ヒナにも、ジュース買って」
「わかった」
広場の隅にある飲み物の屋台へ向かい、ビールとジュースを注文した。支払いを済ませ、瓶とコップを受け取る。
いちばん初め、組合に弁当を配達していた頃は、異世界通貨の価値も知らなかった。ヒナに『銅貨N枚』と促されるまま出すだけで、ひとりでは買い物もできなかったのだ。成長を感じて、感慨深くなる。
……まあ、ひとりで買い物ができるようになって感動されるのって、普通は小学生くらいまでだと思うけど。
常温ビールとハチミツジュースを手に、ヒナが待つテーブル席に戻る。食べ終わった後は、時間を潰すためにしばらくダベり、市場を散歩した。
帰り道に、夕飯用の食材を買った。あの頃は観光客気分だった市場での買い物は、もうすっかり生活の一部になっていた。
この先も、この街で生きていっても良いのかもしれないな、と思えた。
しかしそのためには、何よりもまず、米の仕入れ問題を解決せねばならないのだった。




