3-39. 最善策
正直に言うと、現実的な解決策は考えついていた。
日本に戻り、東京で仕事を探すのだ。稼いだ日本円で実家の米を仕入れ、タッパー亭に納品すればいい。
――これが一番シンプルで、無理のない案だ。
もちろん、代金を異世界通貨で支払われても日本では使えないので丸損だが、とはいえ、購入するのは実家の米。普通に送っても受け取ってもらえない仕送りの代わりと思えば、悪い話ではなかった。
「……」
米さえ仕入れられれば、ここに居るのが俺である必然性はない。
街の小さな飲食店でも、マリーとならば一緒にやりたい者はいくらでも居るだろうし、その中には、気の合う良い相手も見つかるはずだ。
……少なくとも、出自不明の外国人かつ元借金労働者、商売どころか読み書きすらできないアラサー男よりずっと良い相手がいるのは、間違いない。
「…………」
もちろん、他の案も、検討してはみた。
たとえば、日本から種もみを持ち込んで、異世界で栽培するとか。ただ、この案は、あまりにハードルが高すぎる。
俺が異世界に持ち込んだ米は、こちら側に存在する、何らかの穀物に変換されている。同様に、日本の種もみを持ち込めば異世界稲の種もみに変換されるわけで、その点では、特に問題はないはずだ。
しかし、異世界稲がこの地域で栽培できるかとなれば、話は変わってくる。少なくとも、俺の知る地球世界稲はもともと東南アジア原産の植物であり、寒さに弱い。
日本では品種改良が繰り返され、寒冷な東北地方や北海道でも盛んに栽培されているが、異世界に同様の品種があるとはかぎらない。種もみをまいても芽が出なかったり、冷たい海風にやられて育たない可能性もある。
また、仮に栽培可能だったとしても、次は、どこで・誰が稲作をやるのかという問題が浮上する。
現在タッパー亭では、一日あたり二升(3キロ)、年換算で1トン程度の米を使っている。必要な作付面積は、日本の高効率な農業でも二反(約2千平方メートル)、もちろん、異世界農業ならばもっと広くなるだろう。
それだけの農地を、どうやって用意する?
仮に都合よく使える土地があったとしても、誰かが水田を整備して水を引き、苗を植え、草むしりなど日々の世話をし、刈り取り、脱穀、籾摺り、精米をしなければ、白米は手に入らない。
俺は農業の道には進まなかったが、米農家の息子だ。シロウトが水田づくりから始めて数年でモノにできるほど、米作りは甘くないと知っている。
まして異世界には、高度な農業機械も、土魔法もない。日々、手作業で稲の面倒を見なければならない。弁当屋との兼業など不可能だ。
……まあ、ごくごく楽観的な仮定だが、仮に、異世界稲作がすべてうまく行き、どこかの農家が米の生産を請け負ってくれたとしよう。
もし、病気や食害が発生したら? 冷夏で稲が育たなかったら?
日本は古来から稲作偏重型の農業をしてきたため、古い時代には、稲がダメになるたびに飢饉が発生した。
もちろん、地域全体に稲作を広めようなどと、大それたことを考えてはいない。とはいえ、現状の農作業をすべて維持したまま、片手間にできることではない。
手間暇をかけた広大な水田がダメになれば、ルカの実家のように、飢える羽目になるかもしれない。その時、俺に責任を取れるのか?
これは、俺のわがまま。自分自身が破滅するのは勝手だ。でも、異世界の人々を巻き込むわけには……。
「~~~~っ!」
いつの間にか、息を詰めていたのに気づいた。口元を覆う手の力を緩めて、深呼吸を繰り返す。
昔から、深く考えごとをしていると呼吸を止めてしまう悪癖があるのだが、まあ、これも一種の防御反応なんだろうな、と思う。物理的に苦しくならないと、永遠に考え込んでしまうのだ。
「……はあ」
このままでは、いずれ破綻するのは目に見えている。でも、今すぐに破綻するわけじゃない。
どうしていいか分からない時は、とりあえず目の前の生活をするべきだ。つい昨日、ルカにそう諭したばかりだった。
まずは、夕飯の後片づけ。それから、室内の整理整頓や掃除をしてみたが、日頃からこまめにやっているため、あまりやることがない。
普段なら、ソファでお茶を飲みながら新メニューを考えたり、あるいは単にボンヤリするだけの時間も悪くないのだけれど、今日はそういう気分じゃない。
通信圏外の異世界では、スマホで気を紛らわせることもできない。
仕方がないので、早々に寝支度を済ませ、ベッドに入った。目をつむってみたものの、とても眠れそうにない。
ぐるぐると、同じ思考が何度も脳内を駆けめぐる。
最善策は目の前にある。どうするべきか分かっているだろう。なぜ、そうしない?
自問し、そして自答する。
――どうすべきかは、分かっている。でも俺は、どうしても嫌なのだ。




