3-38. 思惑
どうしていいか分からなかったので、とりあえず、夕飯に買ってきた食材を調理することにした。見切り品なのだから、いま食べないとダメになってしまう。
肉と野菜を小さめに切り、出来合い調味料店の甘辛たれで炒めた。薄切りバゲットを両面焼き、甘辛炒めを載せて食べる。
やはり、餅は餅屋。簡単だが、普通にうまい。酒が飲みたくなる味だ。
「……」
ちらと、エリザ嬢が手をつけなかった、二本目のビール瓶を見やった。手を伸ばして取り上げ、コルク栓を抜く。
ひと息に飲み干したが、まったく酔えなかった。
どうせなら、もっと買っておけばよかったな……。ルカのように瓶ビール二本で泥酔できればさぞコスパがいいだろうに、損な体質だとしか思えない。
『あんたは、ずっと今のままでいい、とか思ってるのかもしれないけど。マリーはあんたと違って、ずっと今のままではいられないの』
エリザ嬢の言葉が、脳裏をよぎる。
マリーは、ずっと今のままではいられない。そうなんだろうな、と思う。
楽屋女子会のトーク内容は、ほとんどが結婚がらみだった。話を聞くかぎり、異世界では家柄重視の見合い結婚が主流で、中でも裕福な家の娘は、在学中に相手を決める傾向にあるらしい。
実際、演劇部には、何度も見合いをしたとか、すでに婚約しているという生徒もいた。親にとつぜん結婚を言い渡され、卒業を待たずに女学校を辞めた同級生のその後も話題に上っていた。
今は母親の喪中でウヤムヤになっているが、本来ならば、マリーは今頃、どこかの大店の若おかみになっているはずだったのだ。
「…………」
――だとすると、ひとつ、疑問が生じる。
今後、誰かと結婚することになったら、マリーは、タッパー亭をどうするつもりなのだろう?
現代日本であれば、結婚後もそれぞれの職場に勤め続けるのは自然なことだ。けれどこの街では、結婚とは単に日常生活を共にするだけでなく、嫁ぎ先の店の一員になることを意味する。
つまり、どこかの店に嫁いだ時点で、マリーは自分の店を続けられなくなるのだ。
にもかかわらず、彼女は母親の形見の宝石を質に入れ、借金をして店を始めた。一年やそこらで畳んでは、とても資金回収は見込めないだろうに。
「………………」
組合の三階で、一緒に弁当店を出さないかと誘われた時。マリーは、『いつか教えてあげる』とだけ言って、店を始めたい理由をはぐらかした。
前向きな理由なら、あの場で話してもよかったはず。なぜ、彼女は教えてくれなかったのだろう?
――思うに、こういうことなんじゃないか。
大店に嫁げば、裕福な暮らしはできるが、自由は望めない。一生、夫や義理の両親に付き従い、店のしきたりに縛られて生きることになる。
マリーは、そうして籠の鳥になる運命から、逃れたかったのだ。
しかし、母親の喪が明ければ、否応なしに縁談が殺到する。親方には、街の商人の顔役としての義理があり、理由もなく断りつづけることはできない。
それで、彼女が考えた第三の道が、『自分の店を持って独立』だったのでは?
裕福でなくてもいい。自分の好きな商売をし、気の合う相手と温かな家庭を築きたい。そう考えているのだとしたら、あの時の『一生に一度の機会』という発言にも納得がいく。
なにせ彼女にとってこの選択は、文字通り、今後の一生を左右する分岐点だったのだから。
「……………………」
ただ、マリーがこの先もずっとタッパー亭を続けていくつもりなのだとしたら、ひとつ、避けては通れない大問題があった。
俺は今、日本の実家から米を仕入れ、異世界に持ち込んでいる。
仕入れ代金として、相当額の異世界通貨を貰っているけれど、日本での支払いには使えないし、日本円への換金もできない。マリーにバレないよう、コッソリ日本で働いて稼ぐのも無理がある。
ずっと見てみぬふりをしてきたが、実は俺の側でも、このまま現状維持を続けることはできないのだ。
会社員時代の貯金が尽きたら、今の生活は破綻してしまう。
――タッパー亭は、米を仕入れられなくなる。




