3-37. 前科
「はあ~~~~!? あの男、まだ諦めてなかったの!?」
ひととおりの事情を説明すると、エリザ嬢はそう声を荒げた。
ものすごい剣幕だった。俺はここに至って初めて、なぜ妹さんやマリーが、エリザ嬢に昨日の話をしなかったのかを理解した。
――危ないからだ。このまま領主の館に突撃し、直接抗議しかねない勢いだった。
「いやっ、あの……」
慌てて言い繕おうとしたが、ぜんぶ正直に話してしまったため、もはやどうしようもなかった。こうなっては、何を言っても、火に油を注ぐ気しかしない。
「その、……気持ちは分かりますけど、せっかく、マリーが穏便に収めてくれたわけで……」
しどろもどろに宥めると、彼女は「分かってるよ」と唇を尖らせる。
「さすがにあたしも、領主様にケンカ売るほど、向こう見ずじゃないって」
「で、ですよね……」
「――それで? あたしに、どうしろっての?」
気を取り直し、昼にヒナにしたのと同じ説明を繰り返した。
自分ではマリーの力になれないので、彼女が心のうちを吐き出せるよう、ふたりで話してもらえないだろうかと頼むと、エリザ嬢は「ふーん」と呟き、続けた。
「妹やマリーがあたしに話さなかったのはさ、前科があるからだと思うんだよね」
「前科!?」
思いもよらない告白だった。まさか、前にマリーが言い寄られた時、領主の館に突撃して捕まったのか!?
「あ、いや、モノの例えね。犯罪やったわけじゃないよ? ちょうど、一年くらい前になるかな」
エリザ嬢は冷えたビールをのどに流し込み、瓶を置いて話しはじめる。
「おかみさんが亡くなった後、組合の野郎どもが、こぞってマリーに言い寄りはじめたの。マリーはすっかり参ってるのに、お構いなし。『気晴らしに』とかそれらしいこと言って、デートに誘いやがってさあ」
トゲのある声だった。漬物のチーズ和えをひと口食べて、スプーンの先を振る。
「そのつど蹴散らしてもラチが明かないから、一計を案じてね。マリーに『行きたい店がある』って個別に誘わせて、全員同時に呼び出したの。大叔母の店を貸し切りにして……バレないように、連中からの予約は、形だけ受け付けてもらった」
声を潜めて、エリザ嬢はにやりと笑う。
「当日、みんな二人きりのデートだと思ってるのに、店の前に、見知った顔がどんどん増えるわけ。そこへあたしが、こんな踵の高い靴を履いてさ、男物の礼服を着て、とびきり着飾らせたマリーと組合の女子連中を引き連れて、登場した」
昨日見た、エリザ嬢の妹の男装姿を思い返した。妹さんより上背も風格もあるエリザ嬢の男装がどれだけサマになるかは、想像に難くない。
「貸し切った店で、豪勢な料理と、高価い酒を出した。もちろん、全部あたしの奢りでね? マリーや女子連中はあたしが侍らせて、誰よりも飲んだ」
あたし強いんだよ、と得意げに続けた。
異世界でも、酒に強い体質は一種のステータスらしい。地球世界でもそうだったけど、あれはなぜなんだろうな。酔うのにカネが掛かるだけなのに。
「そんで帰り際、マリーの腰に手を回して、野郎どもに言ってやった。『あたしより良い男がいたら、マリーに紹介してやってよ』って。あの時の、やつらの顔といったら! ……まあ、ぜんぶウチにツケたから、後でバレてめちゃくちゃ怒られたけど」
エリザ嬢は「アハハ」と豪快に笑うと、瓶を逆さまにして中のビールを飲み干した。……なるほど確かに、この人の隣に立てる男は、そうそう居ないだろうな。
――ともかく、エリザ嬢は、翌々日の昼過ぎに来てくれることになった。
二人が話している間、俺とヒナは席を外し、外で時間を潰して夕暮れ時に帰る、ということで計画がまとまった。
「最初、ヒナがあんたを連れてきて、マリーも一緒に店やるとか言い出して……正直、なんでこんなやつを気に入ったんだろう、って思ってたけど。なんとなく、分かった気がするわ」
帰り際、椅子の背に掛けた小さなカバンを取り上げて、エリザ嬢はそう言った。
「え、いや……俺は、ただの従業員で……」
「あのさあ。あんたは、ずっと今のままでいい、とか思ってるのかもしれないけど」
彼女は俺の発言を遮り、じっとこちらを見据える。
「今までマリーに見合い話が来なかったのは、おかみさんの喪中だったからだよ。組合の野郎どもは、みんなマリーを狙ってる」
「……」
「残念ながら、どいつもこいつも大店の跡取りで、家柄は申し分ないんだよねえ。もう一年経ったし、連中、そろそろ動き出すんじゃないかな」
「……っ」
「分かった? マリーはあんたと違って、ずっと今のままではいられないの。……べつに、あんたが後悔しようが、知ったこっちゃないけどさ。マリーを泣かせたら、承知しないから」
返事を待たず、バタンと大きな音を立てて、玄関の扉が閉まる。
動けなかった。しばらく、その場に立ち尽くしていた。




