3-35. アシスト
「あれっ。ベーコンは?」
店を閉めた後、水冷庫の扉を開けたヒナが問いただした。俺は視線を泳がせて、おずおずと白状する。
「ごめん。さっき、ルカに全部食べさせちゃった」
「昨日、ルカと何があった?」
「公演帰りに、偶然会ったんだけど。ルカ、すごく落ち込んでたんだよ。それでウチに泊めて、さっき朝ごはんを食べさせた。お腹いっぱいになれば、少しは元気が出るかなって……」
ヒナは卵とホウレン草、チーズを取って、手元のカゴに入れた。扉を閉めて立ちあがり、ジトリと俺を睨む。
「マリーは、まだ元気じゃない。元気なフリしてる」
「そっか……」
「そっか、じゃないでしょ。ルカには、ごはん作ってあげた。マリーには、何もなし?」
もちろん、言われずとも、昼のまかないは今から作る。だからヒナは、ルカにしたのと同じことをしろ、と言っているわけじゃない。
「いや、そうなんだけどさ……」
ただ正直、マリーのために何ができるのか、分からなかった。
ルカの家族の件では、俺は何の関わりもない、赤の他人だった。しかし、だからこそ、彼は俺に本音を話すことができたのだと思う。
だが、マリーはどうだろう?
彼女は領主の息子に言い寄られ、怖い思いをした。タチが悪いのは、彼がマリーに向けていたのは悪意ではなく、好意だったということだ。
俺は、あの男と同じ成人男性。はたしてマリーは俺相手に、遠慮せず本音を話せるのだろうか。
今こちらから声をかければ、却って昨日の出来事を思い出させ、余計に苦しめてしまうのではないか。
そう説明したが、ヒナは納得がいかない様子だった。
「そりゃ、トーヤは大人の男だけど、あいつとは、ぜんぜん違う。なぜ、マリーが同じに思うの?」
「うーん……」
春に倒れた時のことを振り返った。
マリーが善意で看病してくれたのは、もちろん、あの時の俺にも分かっていた。それでも、彼女がそばに居るのが、どうしようもなく恐ろしかった。
善意だと分かっていても、弱った心では、受け止められない時があるのだ。
「頭で分かってても、心は、理屈で動くわけじゃないんだよ。特に、怖い思いをして、心が弱っている時には」
「ふむ。……昼間は平気な音でも、夜中だったらすごく怖い、みたいなこと?」
「そんな感じ」
「じゃあ、トーヤは、何もしないつもりなの」
主張は理解したが、だからといって、このまま放っておくのもどうなのかと言いたいらしい。
まあ、そうなんだよな。亡くなった母親の件もそうだったが、どうもマリーには、悩みをひとりで抱え込んでしまうところがある。
だが今回、俺が直接話を聞くのは得策じゃない。ならば、信頼のおける人に話ができるよう、アシストするのはどうだろう?
誰か、身近に良い相手は……。
「ああ、そうだ。エリザさんに相談してみるのは?」
組合受付のエリザ嬢は、マリーの演劇部の先輩。姉御肌の女性で、マリーはずいぶん慕っている様子だった。今回の件や過去の事情も、妹さんに聞いて知っているはずだ。
エリザ嬢をタッパー亭の二階に呼び、ふたりきりで気兼ねなく話せる場を用意する。エリザ嬢相手なら、マリーも安心して本音を吐露できるだろう。
「良い考え。帰ったら、エリザに話しとく」
ヒナも同意してくれた。
方針は決まった。ひとまずは、目の前のまかないに切り替えよう。




