3-32. 孤児院
俺とルカは荷車を引き、住宅地の外縁部にある孤児院を訪ねた。院長の指示で裏庭に回って薪を下ろし、物置に荷車を片づける。
作業を終えると、子どもたちは庭で遊びはじめた。みんな、ここで暮らしている孤児なのだろう。
院長は、俺たちふたりを中へ招き、ハーブティーと茶菓子を出して労ってくれた。
「実はわたしも、この孤児院の出身でねえ」
普段、話し相手がいなくて暇なのだろうか? 聞いてもいないのに、院長は身の上話をはじめた。
彼女は農村出身で、幼い頃、孤児院の前に置いて行かれたらしい。
食うに困った貧しい農民が、厳しい冬がくる前に街の孤児院に子どもを預けるのは、昔からよくあることなのだという。
孤児院の子どもたちは大抵、十歳くらいで丁稚奉公に出るが、彼女は優秀だったため、組合の奨学金で女学校へ進学した。
算盤会の活動で縁を得て商家に嫁ぎ、店を息子夫婦に引き渡した今は、恩返しのため孤児たちの世話をしているとのことだった。
どういう反応をするべきなのか分からなかったが、ルカが下を向いたまま一言も喋らないので、俺が相槌を打った。
まあ、この人は反応があろうがなかろうが、お構いなしに喋りつづける気はしたが。
「――あらやだ、もうこんな時間!」
日が傾き始めた頃、院長は夕飯の支度をするといって、話を切り上げた。ようやく解放され、ふたり帰路につく。
「……?」
なぜだか分からないが、ルカはあからさまに気落ちしていた。院長のマシンガントークに辟易したのだろうか?
「……手伝いの御礼に、奢りますんで。一杯どうです」
「酒、飲めるの?」
「へえ。……カネがもったいねえんで、普段は飲みませんが」
それで、若手職人の打ち上げにも誘われなかったのだろうか。確かに、飲み会に5千円出すくらいなら、ルカは実家に送るよな。
はるかに年下のルカに酒を奢ってもらうのもどうかとは思ったが、おそらく彼はこのために、俺に後片付けの手伝いを頼んだのだろう。
きっと、飲みながら話したいことがあるのだ。頷いて、市場へ続く道を、共に歩きだした。
◇ ◆ ◇
市場の屋台で、ビールと串焼きを買った。
さすがにこの街の人々も、夏にまでホットビールを飲むわけではないらしく、常温の瓶ビールを手渡された。異世界には手軽にモノを冷やす手段がないから、冷えていないのは致し方ない。
夏の広場は酔っ払いであふれかえっており、さながらビアガーデンのようだった。
公演帰りに立ち寄って飲んでいるのか、大声で劇について話している人たちがいた。だいぶ騒がしかったが、他に空席が見つからず、仕方なく彼らの真後ろに座る。
「ここ何年かのヒロインで、誰がいちばん可愛いと思う?」
「やっぱり、マリーちゃんだよ。ああ、結婚してくれねえかなあ~」
「アハハハ、お前と!?」
そんな会話が聞こえた。俺はちらっと彼らを見たが、何も言わずに、対面のルカに視線を戻した。
ルカは、串焼きをつまみに常温ビールを飲みながら、ぼそぼそと仕事の話をした。最近入った若手が、年下なのに馴れ馴れしくタメ口をきいてくるが何も言えないという、妙に身に覚えのある内容の愚痴をこぼした。
飲めるといっても、あまり強くはないらしい。瓶ビールを二本空けた時点で、ルカはだいぶ酔っぱらっていた。
そろそろやめてはどうかと窘めたが、まだ飲むと言って聞かない。
「じゃあさ、あとは帰って飲もうよ」
と宥め、瓶ビールを二本買って帰路についた。
木工組合のある港まで連れていくのは骨が折れそうだったので、タッパー亭の二階へ向かう。
何かあったんだろうな、と思った。
ルカは、『できることならスープも実家に送ってやりたい』とまで言っていたのだ。そんな彼が飲酒という無産行為に溺れるには、よほどの理由があるはず。
単に後輩が生意気で、ストレスが溜まっているだけじゃないだろう。




