3-30. 昼公演
会場に入ると、すでに観客が詰めかけていた。
客席はベンチ式で、中央の特等席には、領主の一家とおぼしき数名の姿が見える。
前方は協賛者席なのか、裕福そうな人たちが悠々と陣取っており、ポツポツ空きが見えるものの、我先にと座る者はいない。
一方、後方は自由席らしく、街の人々でごった返していた。ひとつのベンチに可能なかぎり詰めて座ってもまだ席が足りず、最後列での立ち見も大勢いた。
立ち見客に交じって、開演を待った。
やがて舞台の幕が上がり、袖から現れたヒロインを、観客たちの拍手が出迎える。
主人公のマリアは、街いちばんの美少女。とある夏の日、彼女は街で出会った見知らぬ青年と恋に落ち、秘密の逢瀬を重ねる。
夏の終わり、謎の青年は自らの正体を王子だと明かし、「明日王都へ帰るから、共に来ないか」とマリアを誘った。
「――ああ、わたくしを、誘惑なさらないで!」
ついさっき、マリーの口から聞いたばかりのセリフだった。
「あなたさまにとって、我が家はしがない商家のひとつ。ですが、わたくしにとっては、唯一無二の我が家なのでございます。ひとり娘として、婿を取り、家を継がねばならぬ身の上。共に参ることが、どうして叶いましょうや!」
「マリア、つれないことを申すな。われらの愛を前にして、家の義務が何だというのだ?」
王子は、かぶっていた帽子を脱いで、マリアに差しだす。
「明日の朝、わたしは街を発つ。この帽子を手に、宿へ来ておくれ。部屋へ案内するように、話をつけておくから……」
彼は、そう言い残して退場。後に残されたマリアは家に帰り、ベッドの中でひとり思い悩む。
いつの間にか眠ってしまったマリアは、王子が語った、王都での暮らしを夢に見る。
きらびやかなドレス、豪奢な屋敷、おいしい食事。そしてなにより、優しい王子様に愛される、夢のような甘い日々!
「……ふわあ」
目が覚めたマリアは、家を捨て、王子と共に街を出る決心をする。だが、観客は知っているのだ――彼女が悩み疲れたあげく、丸一日、眠ってしまったことを。
「はあ。あのお客様でしたら、昨日お発ちになりましたよ?」
宿の従業員は怪訝な顔をして、彼女を追い返す。王子にもてあそばれたと勘違いしたマリアは絶望し、帽子を胸に抱いて、海に身を投げるのであった。
「ああ。愛しのマリア! どうして彼女は、共に来てはくれなかったのだろう?」
最後の一幕、マリア不在のまま帰路についた王子は、海を眺めながらひとりぼやく。
強い海風が吹き、帽子を押さえようと頭に手を伸ばすが、帽子はマリアに渡したのだと思い至り、街の方角を振り返る。
「まあいい。来年、また会いに行こう。その時には、指輪を贈ろうじゃないか――」
しみじみと言って、舞台の幕が下りる。
観客たちの歓声と拍手が、講堂に響き渡った。




