↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
106/129

3-27. 楽屋

 講堂側のドアから、演者の生徒たちが戻ってきた。


 先日店に来た主役のふたりは、身なりの良い青年と、可愛らしい少女の衣装を着ている。


「あ、マリー先輩!」


 ヒロイン役の子が、マリーに駆け寄ってきた。


 もともと華やかな顔立ちなのだが、今日は化粧が濃く、目が大きすぎて、もはやちょっと怖い。でも、このほうが舞台映えするんだろう。観客は遠目に見るわけだし。


「お弁当、作ってきたよ。こっちが演者用で、こっちは裏方のみんなの」


「ありがとうございます。じきに、算盤(そろばん)会の担当者が来るので、請求はそちらに……」


 エリザ嬢の妹が言いかけたところに、裏口側から、どやどやと制服姿の生徒たちが入ってくる。


「ああ、いたいた。お昼の支払い、お願いできる?」

「ええ。3万円でしたよね」


 呼ばれてやって来たのは、いかにも委員長タイプの生真面目そうな生徒だった。


 公演の会計担当なのだろう、手元の麻袋から、異世界5千円札を六枚取り出してマリーに渡す。


「はい、ちょうどね。どうも」

「領収書、いただけます?」

「……えっ」


 マリーが目を瞬かせた。考えていなかった、という顔だった。


 イベント経費なのだから、当然、会計報告のために領収書が必要なのだが、マリーには思いもよらなかったらしい。


 ……正直俺も、今の今まで抜けていたから、他人のことは言えないけど。


「あるよ」


 ヒナがマリーの袖を引いた。差し出された細長い紙にはヒナの字で何か書かれており、タッパー亭のスタンプも押されている。


「あら。小さいのに、用意が良いのね」


 会計担当の生徒が感心したように言うと、ヒナは「ふふん」と得意げな顔をした。マリーは受け取ったお手製領収書をチェックし、会計担当者に手渡す。


「はい、確かに。ありがとうございました」


「せんぱーい。これ、もう食べて良いんですかー?」


「どうぞ。ここは狭いから、あなたたちは食堂で食べてね」


「はーい」


 制服姿の生徒たちは、行商カゴから弁当の包みを手に取って、ふたたび裏口から出ていった。


 後には、舞台衣装を着た十二人の演者と、メイクや衣装担当らしい制服姿の数人が残される。


「それじゃ、わたしたちも食べよっか」


「お弁当、すっごく可愛いですねえ。リボンを解いちゃうの、もったいないくらい」


「でしょう? でも、しっかり食べてね。昼公演のために」


「はーい」


 ヒロイン役の子は、言葉とは裏腹にあっさりリボンを解き、フタ代わりの包装紙を取った。小さな手で、ひと口おにぎりをつまむ。


「あら、かわいいおにぎり! さすがマリー先輩、分かってますね」


「ほんと。今までわたしたち、みんなが食べてるのを、指をくわえて眺めてるだけだったもんねえ」


 エリザ嬢の妹がしみじみ頷いた。その横で、制服姿の生徒が裏方用弁当の包装を割る。


「へえ。便利ですね」


「マリー先輩、開港祭でお店を出してましたよね? 劇の後に見に行ったら、もう売り切れてて……これ、食べてみたかったんです!」


 後輩たちが口々に言うのを、マリーは嬉しそうに聞いていた。


「……」


 去年の夏。マリーはとつぜん母親を亡くし、家事や組合の仕事を引き継ぐことになった。


 学校は、卒業を待たずに辞めてしまったのだろう。


 しかし、それから一年たっても、後輩たちはまだマリーを慕っている。演劇部に居場所があるのなら、今からでも、学校に戻ることはできないのだろうか……。


「マリーは、ここで食べたら? 俺たちは、外で食べてくるから」


 と提案した。行商カゴの中の注文品とは別に三つ、ヒナの麻袋リュックに、俺たちの弁当を入れてきていた。


 一般客向けに飲食スペースが提供されているか分からなかったが、おにぎり弁当なら、屋外でさっと立ち食いすることもできる。ゴミは持って帰ればいいし。


「ああ、いえ。みなさん、こちらでどうぞ。外は暑いですから」


 女子生徒ばかりの空間に長居するのは気が引けるが、厚意で申し出てくれたのだから、無碍にもしづらい。ここは、お言葉に甘えておくことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。