3-27. 楽屋
講堂側のドアから、演者の生徒たちが戻ってきた。
先日店に来た主役のふたりは、身なりの良い青年と、可愛らしい少女の衣装を着ている。
「あ、マリー先輩!」
ヒロイン役の子が、マリーに駆け寄ってきた。
もともと華やかな顔立ちなのだが、今日は化粧が濃く、目が大きすぎて、もはやちょっと怖い。でも、このほうが舞台映えするんだろう。観客は遠目に見るわけだし。
「お弁当、作ってきたよ。こっちが演者用で、こっちは裏方のみんなの」
「ありがとうございます。じきに、算盤会の担当者が来るので、請求はそちらに……」
エリザ嬢の妹が言いかけたところに、裏口側から、どやどやと制服姿の生徒たちが入ってくる。
「ああ、いたいた。お昼の支払い、お願いできる?」
「ええ。3万円でしたよね」
呼ばれてやって来たのは、いかにも委員長タイプの生真面目そうな生徒だった。
公演の会計担当なのだろう、手元の麻袋から、異世界5千円札を六枚取り出してマリーに渡す。
「はい、ちょうどね。どうも」
「領収書、いただけます?」
「……えっ」
マリーが目を瞬かせた。考えていなかった、という顔だった。
イベント経費なのだから、当然、会計報告のために領収書が必要なのだが、マリーには思いもよらなかったらしい。
……正直俺も、今の今まで抜けていたから、他人のことは言えないけど。
「あるよ」
ヒナがマリーの袖を引いた。差し出された細長い紙にはヒナの字で何か書かれており、タッパー亭のスタンプも押されている。
「あら。小さいのに、用意が良いのね」
会計担当の生徒が感心したように言うと、ヒナは「ふふん」と得意げな顔をした。マリーは受け取ったお手製領収書をチェックし、会計担当者に手渡す。
「はい、確かに。ありがとうございました」
「せんぱーい。これ、もう食べて良いんですかー?」
「どうぞ。ここは狭いから、あなたたちは食堂で食べてね」
「はーい」
制服姿の生徒たちは、行商カゴから弁当の包みを手に取って、ふたたび裏口から出ていった。
後には、舞台衣装を着た十二人の演者と、メイクや衣装担当らしい制服姿の数人が残される。
「それじゃ、わたしたちも食べよっか」
「お弁当、すっごく可愛いですねえ。リボンを解いちゃうの、もったいないくらい」
「でしょう? でも、しっかり食べてね。昼公演のために」
「はーい」
ヒロイン役の子は、言葉とは裏腹にあっさりリボンを解き、フタ代わりの包装紙を取った。小さな手で、ひと口おにぎりをつまむ。
「あら、かわいいおにぎり! さすがマリー先輩、分かってますね」
「ほんと。今までわたしたち、みんなが食べてるのを、指をくわえて眺めてるだけだったもんねえ」
エリザ嬢の妹がしみじみ頷いた。その横で、制服姿の生徒が裏方用弁当の包装を割る。
「へえ。便利ですね」
「マリー先輩、開港祭でお店を出してましたよね? 劇の後に見に行ったら、もう売り切れてて……これ、食べてみたかったんです!」
後輩たちが口々に言うのを、マリーは嬉しそうに聞いていた。
「……」
去年の夏。マリーはとつぜん母親を亡くし、家事や組合の仕事を引き継ぐことになった。
学校は、卒業を待たずに辞めてしまったのだろう。
しかし、それから一年たっても、後輩たちはまだマリーを慕っている。演劇部に居場所があるのなら、今からでも、学校に戻ることはできないのだろうか……。
「マリーは、ここで食べたら? 俺たちは、外で食べてくるから」
と提案した。行商カゴの中の注文品とは別に三つ、ヒナの麻袋リュックに、俺たちの弁当を入れてきていた。
一般客向けに飲食スペースが提供されているか分からなかったが、おにぎり弁当なら、屋外でさっと立ち食いすることもできる。ゴミは持って帰ればいいし。
「ああ、いえ。みなさん、こちらでどうぞ。外は暑いですから」
女子生徒ばかりの空間に長居するのは気が引けるが、厚意で申し出てくれたのだから、無碍にもしづらい。ここは、お言葉に甘えておくことにした。




