3-26. 算盤会
その後、試作で演者用おにぎりのサイズや具の刻みかたなどを決め、俺たちは演劇部夏公演の当日を迎えた。
配達指定は正午頃。マリーがあらかじめ休店の告知をしていたので、今日は店は開けず、朝から五十人前の仕込みに取り掛かった。
まずは、裏方用の弁当から。こちらは開港祭と同様のレシピで、赤スパイスと黄色スパイスを使って一升半ずつ炊き、計九十個のおにぎりを製作した。
三十八食の注文に対して四十五食できるので七食余るが、俺たち三人の朝・昼のまかないにすれば、無駄なく消費できる。
次につくるのは、演者用のひと口おにぎり弁当。こちらは八合炊くと、ぴったり十二食になる。
刻んだゆで卵とチーズを混ぜ込み、麻布手袋を使ってひと口大に丸め、円筒形容器に詰めていく。ぱっと見は、ひと口ドーナツの詰め合わせのように見える。
容器の上にタッパー亭ロゴスタンプを押した食品用包装紙でフタをし、側面を細い紐で縛って固定。マリーはその上に綺麗なリボンまで掛けていた。
わざわざ今日のために用意してきたというのだから、よほど楽しみにしていたのだろう。
行商カゴを背負って表に出ると、馬車が待っていた。
女学校の場所は、街の南にある丘の上。距離的には歩いていけるが、夏だし徒歩より馬車移動のほうが良いだろうと、マリーが手配してくれたのだ。
開港祭や振舞いの時は港やキャンプまで歩いたけれど、あの頃はまだ春先だった。暑い中を歩いて配達し、背負った弁当が悪くなっては元も子もないからな。
女学校の校門に到着し馬車を下りると、マリーは迷いなく構内を進んでいった。やがて、講堂とおぼしき建物が見えてくる。
入口付近に受付テントが設置され、長机の向こうに座っている制服姿の生徒たちが、暇そうに喋っていた。
「あっ、マリー先輩!」
ひとりがこちらに気づいて、黄色い声を上げた。
マリーは「三部ちょうだい」と微笑みかけ、財布から500円硬貨を三枚取り出して受付のトレイに置く。
「どうぞ」
マリーは三冊まとめて受け取ると、受付を離れ、俺たちに冊子を配った。
木版刷りの表紙には、先日店に来た後輩ふたり組の絵。これは、生徒がつくったんだろうか? うまいもんだな。
字は読めないが、せっかく貰ったので、ぱらぱらとめくってみる。きっと、演目のあらすじや解説、演者のインタビューなどが載っているのだろう。
巻末には、協賛広告がまとめて掲載されており、それだけで冊子の半分ほどを占めていた。さすが、演劇部は街のアイドルだというだけのことはある。
「演劇部、すごい人気なんだね」
「まあ、協賛してるのは、ほとんどが生徒の親だけどね。毎年、算盤会が回って集めてくれるの」
「算盤会?」
「商業活動をする部活。演劇部の公演でも、協賛集めとか、さっきの受付とか、いろいろやってくれてる。実務的なことも学べるし、街の商人との人脈も作れるから、人気なんだよ」
女学校というのは、いわゆるお嬢様学校なのだと思っていたが、ここは商業の街なのだ。商業高校のような側面もあるのだろう。
「楽屋はこっち。先に行って、待ってようか」
講堂の裏手に回り、裏口のドアをノックした。扉が開き、制服姿の生徒が顔をのぞかせる。
「こんにちは、タッパー亭のマリーです。お弁当の配達にうかがいました」
「ああ、はい。どうぞ」
生徒がマリーを招き入れた。
湿度が低い街なので、日陰に入るだけでかなり涼しい。楽屋は生徒たちの私物らしきもので雑然としていたが、今は、扉を開けた一人しか部屋に居なかった。
「散らかっててすみません。適当に座ってください。みんな、公演を見に行ってて……わたしだけ、留守番で」
「お構いなく。朝公演は、そろそろ大詰めかな」
「はい。もうすぐ、みんな戻ると思います」
行商カゴを下ろし、演者用弁当を取りだして机に置いた。
壁の向こうから、歓声と拍手が響いてくる。朝公演は、無事に幕を下ろしたようだった。




