3-25. 正解
「ねえ、ヒナ。店の掃除、手伝ってくれない?」
帰り際、ヒナを呼び止めた。
マリーには、夕飯の買い出しや支度があるだろうからと言って、先に帰ってもらった。あの場で口に出さなかったのは、マリーの前では話したくないからだろう、と思ったのだ。
「……本当はね。ちょっと、寂しい」
表の木製シャッターはすでに閉めており、俺とヒナのふたりきりだった。イートインスペースの床をホウキで掃きながら、ヒナがポツリとつぶやく。
「でも、ヒナは、ずっとは居ない。これからは、全部ふたりで決めて」
「……」
確かに、ヒナに頼りきりではマズい。秋になれば、父親の隊商が街に戻ってきて、彼を連れて行ってしまうのだから。
それで、その時になってとつぜん困らないようにと、今回はあえて口出しせず、俺たちの議論を見守ってくれたのだろう。
「……ヒナ。ずっとここに居ても、良いんだよ?」
その言葉に、ヒナは一瞬手を止めたが、すぐにまた掃き掃除を再開する。
「トーヤが決めることじゃ、ないよ」
その通りだった。タッパー亭はマリーの店で、俺はいち従業員にすぎない。店のことは、俺の独断では決められない。
しかし、だからこそヒナは、俺にだけは、心のうちを話せるのだ。
もし店主であるマリーに『ここに居たい』と言えば、彼女はヒナと父親の間で板挟みになってしまう。姉のように慕うマリーと実父が対立するのは、ヒナとしても本意ではないのだろう。
「………………」
しかし、では、ヒナの居場所はどこにあるのだろうか、と考えた。
この街にできる商会の支店は、兄のもの。姉は王都の学校に居て、離ればなれ。秋に戻った隊商と合流しても、忙しい父は構ってくれず、故郷の母はとうに亡い。
何がヒナにとっての正解なのか、俺には分からなかった。きっとヒナ自身や、彼の父親にも分からないのだ。
「そうだけど……俺は、ずっとそう思ってるから。これからも」
物理的に引き留めるのは難しくとも、せめて心の拠り所になれたら、ヒナの気持ちも少しは軽くなるのではないか。
そう考えての発言だったが、すぐに、今のは却って重く感じたかもしれないと後悔した。
「ごめんね。勝手なこと言って」
「……ううん。ありがと。でも、マリーにはナイショだよ」
釘を刺して、彼は集めた塵をチリトリに掃き入れた。
「じゃ、ヒナは帰る。夕飯の支度、手伝うから」
「うん」
ホウキを手に裏口から出ていくヒナの後ろ姿を見送って、掃除に戻った。
俺としては、このままタッパー亭に居ればいいのに、と思う。
でも、もし仮にそれを許されたら、それはそれで、ヒナは父親に見放されたと傷つくのだろう。
ヒナには商才がある。成長すればいずれは、商会の仕事も任せてもらえるはずだ。
今の立場は苦しくとも、乗り越えた先に彼の幸せがあるのだと言われたら、他人の俺には否定できなかった。




