3-24. ひと口おにぎり
「さてと。夏公演のお弁当、考えようか!」
昼のまかないの後。お茶の席で、マリーは嬉しそうにノートを出してきて、白紙のページを広げた。
結局、ハチミツおにぎり案は却下され、後輩たちは『内容はお任せで』と言い残して去っていったのだった。
「そうだ。前にやろうとしたのは? 赤と黄色のスパイスおにぎりで、花の形を作るっていう……」
春にマリーが出したアイデアを思いだして、提案した。
あの時は、男所帯の隊商には合わないだろうと思って止めたが、今回の客は、マリーの古巣である女学校の演劇部。きっと喜ばれるだろう。
「そうだね。あれなら見た目にも華やかだし、喜んでもらえると思うけど」
しかしその言葉とは裏腹に、マリーは首をかしげて続けた。
「ただ、楽屋には人もモノも多いから、机の上を皿で埋めちゃうわけにはいかないかな。それに、みんなが一斉に食べるわけじゃないし……衛生的にも、休憩の間じゅう、出しっぱなしにしておくのは良くないでしょう?」
となると、通常包装のほうが現実的か。どこか涼しい場所に行商カゴごと置いておき、各々食べる時に手に取ってもらえば、場所も取らない。
「じゃあ、通常包装にしようか」
「そうだね。裏方の三十八人分は、それがいいと思う」
「……残りは、それじゃダメってこと?」
尋ねると、マリーは「うん」と頷いた。
「あの子、言ってたでしょ? 『わたしたちも、楽屋で食べられるんじゃないか』って。演者はね、ふだんは食べないの」
「どうして?」
「夏公演は、朝と昼の二回やるの。だから昼休憩の間、衣装やお化粧はそのままで過ごす。衣装を汚すわけにはいかないし、口をゆすいだり、歯を磨いたりもできない。お化粧が落ちちゃうでしょ」
と説明して、彼女はハーブティーをひと口すする。
「……でも、演劇は体力勝負だから。公演の後は、やっぱりおなかが空く。本当は、お昼を食べたいんだよねえ」
なるほどな。もともとタッパー亭の基本方針は、『空腹でも食べられない人に、食べやすい食事を提供する』なのだから、今回の注文はまさしく、タッパー亭にふさわしい案件なのだ。
「じゃあ、スパイスおにぎりはやめたほうがいいね。歯につくと目立つだろうし」
「うん。あとは、そうだね……できれば、唇に触れないで食べられるようにしたいな」
マリーは少し考えた後、ノートのページをさかのぼり始めた。文字は読めないが、絵の意味は分かる。一番最初に、おにぎりの試食会をした時のメモだろう。
「これはどうかな? 小さくて、まん丸のおにぎり。前に、トーヤが作ってきてくれたでしょう」
ああ、確か、ネットで『手づかみ食べ離乳食』として紹介されていたのを、サンプルとして作ってみたのだ。
あの時はにぎやかしのつもりで、実際に商品化するとは思っていなかったが、世の中、何が役に立つか分からない。
「シロに、粗く刻んだゆで卵とチーズを混ぜ込んで、ひと口サイズのおにぎりを作るの! それを何個か器に盛りつけたら、見た目にも可愛いと思わない? ねっ、ヒナ」
そういえば今回、ヒナは一言も喋っていなかった。
どうしたのだろうと思ってそちらを見ると、彼は一言、「うん」とだけ答える。
「……ヒナ、どうかしたの?」
普段はあれこれツッコミが入るのに、今回は何も言われないので、マリーは却って不安になったようだった。
「ううん。演劇部、マリーが一番よく知ってるし、ちゃんとお客のこと考えた。良いと思う」
「そう? よかった! じゃあ、明日のまかないで、試作してみようか」
マリーは嬉しそうに笑った。ヒナも笑い返したが、その笑顔は、少し寂しげに見えた。




