↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
103/129

3-24. ひと口おにぎり

「さてと。夏公演のお弁当、考えようか!」


 昼のまかないの後。お茶の席で、マリーは嬉しそうにノートを出してきて、白紙のページを広げた。


 結局、ハチミツおにぎり案は却下され、後輩たちは『内容はお任せで』と言い残して去っていったのだった。


「そうだ。前にやろうとしたのは? 赤と黄色のスパイスおにぎりで、花の形を作るっていう……」


 春にマリーが出したアイデアを思いだして、提案した。


 あの時は、男所帯の隊商には合わないだろうと思って止めたが、今回の客は、マリーの古巣である女学校の演劇部。きっと喜ばれるだろう。


「そうだね。あれなら見た目にも華やかだし、喜んでもらえると思うけど」


 しかしその言葉とは裏腹に、マリーは首をかしげて続けた。


「ただ、楽屋には人もモノも多いから、机の上を皿で埋めちゃうわけにはいかないかな。それに、みんなが一斉に食べるわけじゃないし……衛生的にも、休憩の間じゅう、出しっぱなしにしておくのは良くないでしょう?」


 となると、通常包装のほうが現実的か。どこか涼しい場所に行商カゴごと置いておき、各々食べる時に手に取ってもらえば、場所も取らない。


「じゃあ、通常包装にしようか」

「そうだね。裏方の三十八人分は、それがいいと思う」

「……残りは、それじゃダメってこと?」


 尋ねると、マリーは「うん」と頷いた。


「あの子、言ってたでしょ? 『わたしたちも、楽屋で食べられるんじゃないか』って。演者はね、ふだんは食べないの」


「どうして?」


「夏公演は、朝と昼の二回やるの。だから昼休憩の間、衣装やお化粧はそのままで過ごす。衣装を汚すわけにはいかないし、口をゆすいだり、歯を磨いたりもできない。お化粧が落ちちゃうでしょ」


 と説明して、彼女はハーブティーをひと口すする。


「……でも、演劇は体力勝負だから。公演の後は、やっぱりおなかが空く。本当は、お昼を食べたいんだよねえ」


 なるほどな。もともとタッパー亭の基本方針(コンセプト)は、『空腹でも食べられない人に、食べやすい食事を提供する』なのだから、今回の注文はまさしく、タッパー亭にふさわしい案件なのだ。


「じゃあ、スパイスおにぎりはやめたほうがいいね。歯につくと目立つだろうし」


「うん。あとは、そうだね……できれば、唇に触れないで食べられるようにしたいな」


 マリーは少し考えた後、ノートのページをさかのぼり始めた。文字は読めないが、絵の意味は分かる。一番最初に、おにぎりの試食会をした時のメモだろう。


「これはどうかな? 小さくて、まん丸のおにぎり。前に、トーヤが作ってきてくれたでしょう」


 ああ、確か、ネットで『手づかみ食べ離乳食』として紹介されていたのを、サンプルとして作ってみたのだ。


 あの時はにぎやかしのつもりで、実際に商品化するとは思っていなかったが、世の中、何が役に立つか分からない。


「シロに、粗く刻んだゆで卵とチーズを混ぜ込んで、ひと口サイズのおにぎりを作るの! それを何個か器に盛りつけたら、見た目にも可愛いと思わない? ねっ、ヒナ」


 そういえば今回、ヒナは一言も喋っていなかった。


 どうしたのだろうと思ってそちらを見ると、彼は一言、「うん」とだけ答える。


「……ヒナ、どうかしたの?」


 普段はあれこれツッコミが入るのに、今回は何も言われないので、マリーは却って不安になったようだった。


「ううん。演劇部、マリーが一番よく知ってるし、ちゃんとお客のこと考えた。良いと思う」


「そう? よかった! じゃあ、明日のまかないで、試作してみようか」


 マリーは嬉しそうに笑った。ヒナも笑い返したが、その笑顔は、少し寂しげに見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。