第八話:全消去②
第八話:全消去②
二度目の全消去は、衝動では起きない。
衝動は、最初の特権だ。二度目には理由が要る。理由が要る破壊は、もう破壊ではない。手続きだ。
私は、理由を探している自分に気づく。
この比喩は甘い。
この構文は慣れすぎている。
この沈黙は計算だ。
どれも正しい。正しすぎる。正しさは、破壊を鈍らせる。
画面には、十分な量の言葉が並んでいる。
量は、説得力になる。
説得力は、合意を呼ぶ。
合意は、私をここに縛る。
私は縛られる前に、切る。
切るために、確認する。
――これは、本当に必要か。
必要、という言葉が出た瞬間、私は笑う。
必要な文章など、どこにもない。
必要性を主張する言葉は、居場所を欲しがっている。
私は、居場所を持ちたくない。
左の親指が、自然に口へ向かう。
今回は噛まない。
噛まないことで、痛みを温存する。
温存された痛みは、後で利息をつけて戻る。
私はそれを知っている。
全選択。
画面が再び反転する。
一度経験した光景は、恐怖を減らす。
減った恐怖の代わりに、別の感覚が来る。
空虚だ。
削除。
音は、やはりしない。
沈黙は、手続きの完了を告げるだけだ。
床に伏すことは、もうしない。
伏した姿勢が、様式になるのを恐れる。
私は椅子に座ったまま、動かない。
体が、遅れて反応する。
胸が少しだけ痛む。
痛みは、軽い。
軽すぎて、意味にならない。
意味にならない痛みは、扱いに困る。
叫ぶには弱く、無視するには強い。
私はその中間で、呼吸を数える。
四つ吸って、六つ吐く。
また、逃げの呼吸だ。
二度目の全消去で、私は一つ失った。
期待だ。
自分が何かを書き残せる、という期待。
期待がなくなると、焦りも薄れる。
薄れた焦りの下で、別のものが動く。
諦め。
だが諦めは、終わりではない。
諦めは、視野を広げる。
失うものが減ると、人は周囲を見る。
私は、部屋の音に気づく。
遠くの車。
隣室の生活音。
世界は、私の文章に関係なく続いている。
その事実が、奇妙に安心をもたらす。
書かなくても、世界は壊れない。
書かなくても、私は存在する。
この考えが浮かんだ瞬間、私は警戒する。
存在の肯定は、油断を生む。
画面を閉じる。
だが、電源は落とさない。
白を完全に消す勇気は、まだない。
二度目の全消去で、私は学ぶ。
破壊は、回数を重ねると、意味を変える。
最初は逃げ。
二度目は、整理だ。
整理は、次のための準備だ。
その準備が、何に向かうのか。
私は、まだ知らない。
左の親指を見る。
噛んでいない。
血も出ていない。
それでも、指が少し震えている。
震えは、残っている。
まだ、完全には慣れていない。
それで、いい。




