第三話:体温の嘘
第三話:体温の嘘
人と人が近づくとき、最初に交換されるのは言葉ではない。体温だ。私はそれを、長いあいだ知らないふりをしてきた。知らないふりは、技術だ。気づかないのではない。気づいても、採用しない。
肩が触れる。
エレベーターの中。逃げ場はない。密閉された箱の中で、人間は急に生き物になる。呼吸が混じる。熱が移る。私は息を止める。止めたところで、皮膚は呼吸を続ける。皮膚は裏切り者だ。
体温は、嘘をつかないと言われる。
それが嘘だ。体温ほど、器用に嘘をつくものはない。
熱は、好意にも恐怖にも反応する。どちらかを区別するには、時間が必要だ。だが人は待たない。待たずに、意味を決める。「これは好意だ」「これは縁だ」。縁という言葉を使う人間は、責任を天に投げる。
私は、触れられるのが苦手だ。
苦手、という表現も逃げだ。正確には、触れられると、存在が確定する。確定した瞬間、私は逃げ遅れる。曖昧な状態でいることが、私の唯一の自由なのに。
手首を掴まれたことがある。
大した力ではなかった。止めるためでも、引くためでもない。確認だ。ここにいるか、という確認。
そのとき、体が熱くなった。反射だ。反射は裏切る。私はその熱を、嫌悪と名付けた。嫌悪なら、拒絶できる。拒絶は、正当防衛だ。
相手は笑っていた。
「冷たいね」と言われた。
私は笑った。道化の技術が作動する。半拍。軽い自虐。場は収まる。
だが、私の内側では別の声がしていた。冷たいのは、あなたの言葉だ。 そう言いたかった。言わなかった。言えば、体温が意味を持ってしまう。
夜、シャワーを浴びる。
熱い。熱すぎる。皮膚が赤くなる。赤は目に見える。目に見えるものは、管理できる。私は赤くなるまで浴び続ける。赤くなったところで、ようやく安心する。自分の熱だと、確認できるからだ。
鏡の前で、濡れた身体を見る。
蒸気の向こうで、輪郭が曖昧になる。これがいい。曖昧な自分は、評価されない。評価されないものは、失格しようがない。
布団に入る。
冷たい。シーツの冷たさは、正直だ。期待しない。裏切らない。
だが、しばらくすると、冷たさが消える。私の熱が、布に移る。移った熱が戻ってくる。循環。私は循環を恐れる。循環は、関係の始まりだからだ。
誰かの体温を、思い出してしまう。
思い出は、嘘を混ぜる。実際よりも優しく、実際よりも意味深に。私は頭を振る。思い出すな。これは生理反応だ。意味はない。意味を与えるな。
それでも身体は、覚えている。
触れた位置。時間。重さ。
覚えているという事実が、私を裏切る。私は記憶を信じない。だが、身体は記憶を信じている。
翌日、人と並んで歩く。
距離を保つ。保っているつもりで、少し近い。
気づいた瞬間、私は速度を上げる。逃げだ。逃げは得意だ。
そのとき、相手の体温が、ふっと遠ざかる。
遠ざかると、寒い。
寒さは、寂しさに似ている。似ているだけだ。私は混同しない。混同すると、物語が始まる。物語は、必ず期待を生む。
私は知っている。
体温は、嘘をつく。
だが同時に、体温だけが、嘘をつかない瞬間があることも。
その瞬間が来たら、私はどうするのか。
答えは、まだ用意していない。
用意していない問いを、私は嫌う。
だが、問いは勝手に増殖する。
左の親指を見る。
爪の下が、まだ赤い。
赤は、私の熱だ。
これは嘘ではない。
そう書いた瞬間、私は迷う。
いまの「嘘ではない」は、本当か。
画面を見つめる。
削除キーに、指が触れる。
――まだだ。
今日は、消さない。
体温が、少し下がるまで。




