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第二話:道化の技術


第二話:道化の技術


 私は学んだ。人間であることは才能ではなく、技術だ。才能は選ばれるが、技術は模倣できる。模倣は安全だ。責任が薄まる。誰かの動きをなぞる限り、失敗は個人のものにならない。

 最初に覚えたのは、笑いだ。

 笑いは反射ではない。反射のふりをした計算だ。半拍遅らせる。遅すぎると鈍い人間になり、早すぎると迎合になる。迎合は匂う。私は匂いを警戒する。だから、半拍。常に半拍。

 次に、沈黙。

 沈黙は逃げではない。間合いだ。沈黙の長さで、相手の不安が測れる。不安が増えれば、人は勝手に喋る。勝手に喋った言葉は、あとで裏切らない。自分の意思で語ったものだけが、人を縛る。

 道化は賢くなければならない。

 愚かさは、計算できないと成立しない。私は自分を愚かに見せるとき、必ず出口を用意する。出口のない愚かさは、悲劇になる。悲劇は称賛される。称賛は、私を近づける。私は近づかれると、壊れる。

 「自分はダメな人間で」と言う練習を、私は何度もした。

 言葉の選び方で、相手の反応が変わる。軽く言えば慰められ、重く言えば諭される。どちらも不要だ。最適なのは、笑いに変換される自虐。同情も助言も発生しない。場が丸く収まる。丸いものは転がる。転がる話題は、すぐに私から離れていく。

 道化は、自分を守るために自分を切る。

 切り口は浅く、血は見せない。血を見せると、本物だと気づかれる。本物は、扱いづらい。扱いづらい人間は、隔離される。隔離は静かだが、視線が濃い。私は濃い視線に耐えられない。

 身体は正直だ。

 道化を演じている間、胃が縮む。縮んだ胃は、音を立てない。音を立てない痛みは、無視できる。無視され続けた痛みは、形を変える。夜、指先に集まる。私は左の親指を見つめる。爪の縁が、少し欠けている。昨日の続きだ。続きがあることに、安心する。物語は、続く限り終わらない。

 人はよく言う。「素の自分でいればいい」と。

 私はこの言葉を、信用しない。素とは何だ。皮膚を剥いだ状態か。臓器を晒した状態か。そんなものを前提に会話を組み立てる人間は、残酷だ。残酷さを善意で包む人間を、私は許さない。

 だから私は、技術を磨く。

 声の抑揚。視線の角度。頷く回数。笑う秒数。

 これらはすべて、人間であるための仮縫いだ。仮縫いは、いつでも解ける。解けるものだけが、安心できる。

 ある日、私は気づく。

 技術が、自然になっている。自然という言葉が、私を不安にさせる。自然は、選択を隠す。選択が隠れた瞬間、責任が生まれる。私は責任を避けてきたはずだ。

 鏡を見る。

 笑っている。計算していない笑いだ。

 そのことに、吐き気がする。

 私は急いで、自分を貶める言葉を探す。

 「どうせ自分なんて」

 口に出すと、場が和む。笑いが起きる。成功だ。

 だが胸の奥で、何かが遅れて反応する。

 この自虐は、私を守っていない。

 守っているふりをして、私を前に押し出している。

 人の輪の中心へ。視線の交差点へ。

 道化は、舞台に上がり続けると、降り方を忘れる。

 私は、降り方を知らない。

 夜、部屋に戻る。

 椅子に座らず、床に座る。床は低い。低さは、安心だ。

 左の親指を噛む。今度は、強く。

 痛みが、はっきりする。

 はっきりしたものは、信じられる。

 信じられるものが、まだ身体に残っている。

 私は、道化であることをやめない。

 やめられない。

 だが、技術が私を救わないことを、もう知っている。

 それでも明日、私は笑う。

 半拍遅らせて。

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