第十二話:沈黙の選択
第十二話:沈黙の選択
沈黙は、逃避だと思っていた。
言えないことから目を逸らすための、卑怯な手段。
私は長いあいだ、そう信じていた。
だが最近、沈黙は選択だと感じるようになった。
語らないことを、自分で決めるという行為。
言葉は、放った瞬間に所有者を失う。
解釈され、歪められ、利用される。
その過程で、私の意図は何度も殺されてきた。
だから私は、言葉を惜しむ。
沈黙を、倹約する。
誰かに問いかけられても、すぐには答えない。
間が生まれる。
相手は不安になる。
その不安が、関係の力関係を露わにする。
沈黙は、相手を映す。
焦る人。
埋めようとする人。
怒り出す人。
あるいは、同じように黙る人。
同じ沈黙を返されるとき、私は少し安心する。
そこには、侵入がない。
文章を書くときも、私は削る。
一文を削る。
一段落を削る。
理由を削る。
説明を削る。
削った跡に残る白が、怖い。
白は、判断を読者に委ねる。
委ねることは、支配を手放すことだ。
私は、支配されるのが嫌いだ。
だが、支配するのも疲れた。
沈黙は、その中間にある。
何も与えず、何も奪わない。
左の親指を見る。
今日は噛まない。
痛みで言葉を生み出す方法を、私はもう使わない。
沈黙の中で、感情は鈍る。
だが消えない。
ただ、音を失うだけだ。
音を失った感情は、形になる。
重さ。
圧。
体温。
私は、その重さを抱えたまま、机に向かう。
書かない、という選択をしながら、書く。
矛盾している。
だが矛盾は、私の自然な状態だ。
沈黙は、無関心ではない。
むしろ、過剰な感受性の結果だ。
これ以上、外に出せない。
溢れてしまう。
私は、沈黙を身につける。
鎧のように。
だがその鎧は、内側が柔らかい。
誰にも見せない柔らかさを、
私はようやく、守れるようになった。
救済も、嫌悪も、愛憎も、
今はここに入れない。
ただ、沈黙だけがある。




