第4話 【深海の天才、再び】運命のバックドア、アンバインド(改竄)します
魔王軍の艦隊が放った砲火によって、空の契約書はボロボロに引き裂かれた。
だが、天界の主が仕掛けた真の罠は、物理的な紙片などではなかった。
「――無駄なことを。……紙を焼いたところで、汝らの魂に刻まれた『管理コード』は消せぬ」
空の彼方、裂けた空間から無数の光の糸が伸び、地上に住むすべての人々の項へと繋がっていく。
それは天界が誇る絶対の管理システム――『デスティニー・ログ(運命の演算)』。
全人類のステータス、魔力残量、そして寿命までもが一元管理され、神の意向一つで「消去」可能なクラウド・サーバーだ。
「くっ……体が……動かない……っ!」
「私の魔力が……勝手に吸い出されていく……!?」
地上の至る所で、人々が糸に手足を縛られた操り人形のように硬直する。
物理的な暴力が通じない、概念による「一括管理」。
『――ゼノンさん、これ不味いです! 天界のメインサーバーが、地上の全人類を「強制スリープ」モードに書き換えようとしています!
演算速度が速すぎて、私の処理能力じゃ追いつきません……!』
ルナの悲鳴のような報告。
だが、ゼノンは慌てず、懐から一枚のホログラム・タブレットを取り出した。
「……ルナ。……一人で勝てない時は、外部の『専門家』を頼るのが事務屋の基本です。
――カナデ様。……業務委託の時間ですよ」
通信が繋がった瞬間、画面いっぱいに表示されたのは、無数の数式が超高速で流れる「解析画面」と、眼鏡の奥で瞳を輝かせる少女の姿だった。
『――待ってました、ゼノンさん!
もう、さっきから見てましたけど……神様のプログラム、本当に「スパゲッティ・コード(複雑すぎて解読不能な欠陥品)」ですね!』
カナデの声には、かつての怯えはない。
そこにあるのは、自分を救ってくれた「事務」という武器への絶対的な信頼と、天才特有の不遜な愉悦。
「カナデ様。……現在の状況は?」
『はい! 今、天界が使っている「運命の演算」のプロトコルをリバースエンジニアリング(解析)しました。
彼らは「全人類は神の所有物である」という古い認証キーを使っています。
……でも、これって「ライセンス違反」ですよね?』
カナデがキーボードを叩く音が、魔導通信越しに激しく響く。
『三ヶ月前、ゼノンさんが私を「自由」にした時、
世界中の労働法がアップデートされました。
「魂の所有権は個人のもの」……。この最新の規約に、神様のサーバーは対応してません!』
「……なるほど。……脆弱性を見つけましたか」
『ええ! 今から、全人類のステータス画面に、
――「退職届」を一斉送信します!』
「バ、バカなッ!? 誰が、我が『デスティニー・ログ』に干渉している!?」
空高く浮かぶ天使たちの指揮官が、手元の管理端末がノイズで乱れるのを見て愕然とする。
地上の巨大モニターに、カナデの姿が映し出された。
『――天界の管理者様!
あなた方のシステム、セキュリティーがガバガバですよ。
一万年も同じパスワード(神の威光)を使ってるから、私にバックドアを作られちゃうんです!』
カナデの指が、最後の一鍵を叩き下ろした。
『ハッキング完了! ――運命の強制書き換え(オーバーライド)!!』
直後。
空から伸びていた無数の「光の糸」が、一瞬にして鮮やかな青色に変色し、パリンッ! と弾け飛んだ。
「……あ……、動ける……!」
「身体が軽い……。……ステータス画面の『神の刻印』が……消えてる!?」
地上の人々が、自分たちの意志を取り戻す。
カナデが仕掛けたウイルス――いや、「自由化パッチ」が、神の管理コードを根底から無効化したのだ。
『ゼノンさん! 天界のサーバー、今パニックを起こして再起動を繰り返してます!
今のうちに、次の段階へ移ってください!』
「……完璧な仕事です、カナデ様。……これで『論理的な拘束』は消えました」
ゼノンは、激昂して降臨してくる天使たちの軍勢を見据えた。
ハッキングによって優位を失った天界は、もはや「実力行使」でしか人類を従えられない。
「おのれ……よくも、よくも神の神聖なる演算を!!
物理的に消去してくれるわ!!」
天使たちの猛攻が再開される。
だが、その前に立ちはだかったのは――。
「――おいおい。……女の子をいじめるのは、規約違反だぜ」
ガギィィィィィィィィィンッ!!!
金髪をなびかせ、不敵な笑みを浮かべた男。
再契約屋、カインが、魔導の鎖を振り回して天使の槍を弾き飛ばした。
「カイン。……遅いですよ」
「うるせえ! ゼノン。……俺は、この『天界』って職場が気に入らなくてね。
……勝手に全員を解雇するなんて、再契約屋の面汚しだ」
カインがゼノンの隣に立ち、天使たちの軍勢を睨みつける。
勇者、魔王、天才少女。
そして、かつてのライバル。
「……さあ、ルナ。……『お祭り』の続きといきましょうか」
『了解です、ゼノンさん! ――次はカインさんの「嫌がらせ」が火を噴きますよ!』
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