第5話 【再契約屋の意地】地獄の更新手続き、アンバインド(受諾)させます
カナデのハッキングによって、全人類の魂を縛っていた「管理コード」は破棄された。
だが、それは同時に、天界という巨大組織の「理性」を失わせる結果を招いた。
「――管理できぬ資産など不要! 全てを破壊し、一から作り直してくれるわッ!!」
空の彼方、天界の門から溢れ出したのは、これまでの熾天使や権天使とは次元が違う。
知性を持たず、ただ破壊の波動を垂れ流す神の自動防衛機構――『神罰の巨兵』。
数千体もの巨兵が、質量兵器として地上へ降り注ごうとしていた。
「……ゼノンさん、マズいです! あの巨兵たち、実体化した『因果』そのものです!
物理攻撃も魔法も、当たる直前に『なかったこと』に書き換えられます! 攻略不可能です!!」
ルナの演算が、初めて「勝率0%」を叩き出した。
だが、その絶望の壁の前に、一人の男が悠然と歩み出た。
「――おい、ゼノン。……『不可能な契約』ほど、燃える仕事はないと思わないか?」
黄金の光を撒き散らすカインが、その手に「血の色に染まった契約書」を無数に展開する。
「カイン。……貴様の『再契約』は、相手が合意しなければ発動しないはずですが」
「ハッ、事務屋の堅物め。……『合意』なんてのはな、相手が気づかないうちに奪い取ればいいんだよ」
カインが指を鳴らす。
直後、空から降り注ぐ巨兵たちの足元に、巨大な「黄金の鎖」が絡みついた。
「な……!? 巨兵の因果を止めたというのか!?」
「――よう、神のデカブツども。……お前らがこの地上を壊すには、
この俺様が用意した『土地利用更新契約書』にハンコを押さなきゃならねえんだよッ!!」
カインの魔力が爆発する。
彼の能力『再契約』。それは本来、逃げようとする人材を縛り付けるための卑劣な術。
だが、今のカインは、その執着心を「天界の軍勢」という巨大なターゲットへと向けた。
「いいか、よく聞け! お前らが一歩進むごとに、俺様との間に『待機時間延長契約』が自動で締結される!
解約(攻撃)したいなら、まず俺様が用意した三千枚の『苦情申立書』を、
血反吐を吐きながら一文字ずつ校閲しやがれッ!!」
ズズズズズッ……!!
驚くべきことに、無敵を誇るはずの巨兵たちの動きが、目に見えて鈍くなった。
物理的な拘束ではない。……彼らの「行動」そのものに、カインが法的な、あるいは呪術的な「保留」を押し付けたのだ。
『――ゼノンさん、信じられません!
カインさんが巨兵たちの脳内に、無限ループの「承認待ちフロー」を流し込んでいます!
巨兵たちが「攻撃していいかどうか」を、永遠に自分たちで会議し始めてますよ!!』
「……ふむ。……『組織の硬直化』を逆手に取った、最低で最高の足止めですね」
ゼノンは冷静に、だがカインの背中に確かな信頼を置いてバインダーを開いた。
「……カイン。……いつまで持ちますか」
「……ケッ、聞いてくれるじゃねえか。……俺の寿命と引き換えなら、三日は持たせてやるよ。
だがな、ゼノン!
お前を助けたんじゃない……。……俺からすべてを奪ったお前が、
神様ごときに負けるのが、死ぬほど我慢ならねえだけだッ!!」
カインの口から血が漏れる。
数千の巨兵、そのすべての因果を一人で背負う負荷は、人間の耐えられる域を超えていた。
「……カインさん、もうやめて!!」
カナデが叫ぶ。
だが、カインは笑っていた。
「――うるせえ、お嬢ちゃん! これが『プロの再契約屋』のプライドだッ!!
お前らが『自由』になろうが知ったこっちゃねえ!
だが、俺のクライアント(世界)を勝手に『廃業』させるなんてのは、
――この俺様が、絶対に『受諾』させねえんだよぉぉぉッ!!!」
カインが放った黄金の鎖が、空の契約書の残骸をも巻き込み、天界の門そのものを「封鎖」した。
その隙に、ゼノンは最後の一段へと手をかける。
「……カイン。……貴様の作った『時間』。……無駄にはしません」
ゼノンの身体から、かつてないほどのプレッシャーが溢れ出す。
それは、蓄積された「事務処理能力」が臨界点を超えた証。
「ルナ。……準備はいいですか」
『――いつでもいけます、ゼノンさん。……ううん、マスター!
私の魂、全部使っていいですよ。……だって、私は……』
通信機越しに響くルナの声が、ノイズを突き抜けて「温もり」を持ち始める。
「……ええ。……あなたを単なる『道具』として終わらせはしない。
――これより、我々自身の『存在承認』を開始します」
カインが作った奇跡の時間。
そこで始まるのは、ルナを「機械」から「人間」へとアンバインドするための、禁忌の儀式。
物語はいよいよ、二人の絆の核心へと突き進む。
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