第2話 【不屈の聖騎士】神の加護、アンバインド(自主返納)します
空を覆う巨大な召集令状。
その紙片から漏れ出す神々しいまでの光は、地上に住む者たちにとっては「希望」ではなく、魂を焼き切る「威圧」であった。
「――聞け、迷える羊たちよ。我は天界第一軍団長、熾天使ザドキエルである」
雲を割り、黄金の甲冑に身を包んだ六翼の天使たちが、数千の規模で降臨する。
その手には、逆らう者の魂を「規約違反」として即座に消去する魔導の槍が握られていた。
「創造主との終身契約は絶対である。……これより、全人類の『魂の所有権』を順次回収する。
まずは、神より最も多くの投資(加護)を受けた者――『勇者』より、その身を捧げよ」
天使たちの視線が、一人の男に集中する。
新生勇者連合の代表であり、かつて世界を救った聖騎士、アルフレッド。
彼の身体は、神が与えた「勇者の加護」によって黄金のオーラを纏い、不随意に空へと浮かび上がらされようとしていた。
「……くっ……、体が勝手に……!?」
「アルフレッド様!!」
駆け寄ろうとする民衆を、天使たちの槍が遮る。
「無駄だ。その男の筋力も、魔力も、心臓の鼓動一つに至るまで、すべては神が貸与した備品に過ぎぬ。
期限が来たのだ。備品は倉庫(天界)へ返納せねばならぬ」
アルフレッドの脳内に、神の冷徹な声が響く。
『アルフレッドよ。汝は我の最高傑作。死後も我の傍らで、永遠に戦う誉れを与えよう。
さあ、その自我を消去し、完璧な兵器に戻るのだ』
彼の意識が、黄金の光に飲み込まれそうになった、その時。
「――アルフレッド様。……その『備品』、随分と維持費が高いようですね」
凛とした、低く落ち着いた声。
混乱する群衆の間を割り、一人の男が歩み出た。
煤けた黒のスーツ、完璧に整えられたネクタイ。
退職代行『アンバインド』、ゼノンである。
「ゼノン……殿……。逃げろ……、君まで巻き込むわけには……」
「……お静かに。……あなたは今、クライアントです。
――ルナ。アルフレッド様の『勇者の加護』に関する、契約詳細(利用規約)を開示しなさい」
『了解、ゼノンさん! ――解析開始!
……うわ、酷い。これ、勇者特典って言いながら、裏側では「全感覚データの天界への常時転送」と「緊急時の人格上書き権限」が明記されてます。
完全なプライバシー侵害、及び奴隷契約ですよ、これ!!』
ゼノンの眼鏡が、天使たちの光を反射して冷たく光る。
「熾天使ザドキエル、と仰いましたか。
……あなた方が言う『加護』。これは事務的に見れば、ただの『強制監視付きのリース契約』です」
「……何だと? 虫ケラが何を……」
「返納と言いますが……。……そもそも、彼に『返納』の選択肢を与えず、
強制的に魂を回収するのは、消費者保護法に抵触します。
――これより、勇者アルフレッドに代わり、私は『加護の自主返納』を宣言します」
「……愚かな。神の加護を捨てれば、その男はただの無力な人間。
この熾天使の槍一振りで、塵も残さず消えることになるぞ!」
ザドキエルが槍を振り上げ、圧倒的な魔圧が地上を圧する。
だが、アルフレッドは、ゼノンの瞳の中に「何か」を見た。
それは、神の光よりも強く、確かな、人間の意志の輝きだった。
「……ゼノン殿。……僕からこの『加護』という鎖を、取り除いてくれるか」
「……ええ。……相当な『痛み(いたみ)』を伴いますが……、
……よろしいですね? 『傷み(いたみ)』のない人生など、事務報告書の中だけにしかありませんから」
「……ああ。……一人の人間として、僕は君たちを守りたい。……頼む!!」
「――交渉成立です」
ゼノンが所長のバインダーを叩き、禁忌の修正術式を起動した。
「アンバインド・ディバインギフト(神恩解体)。
対象:アルフレッド・フォン・リース。
定義:彼を構成する『勇者の力』すべてを不当利益として、天界へ一括返還します」
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
アルフレッドの身体から、凄まじい黄金の光が引き剥がされていく。
筋肉を裂き、骨を削るような激痛。
天界へ還っていく光と共に、彼の超常的な魔力も、不壊の防御力も、すべてが消失していく。
「ははは! 見ろ、ただの無力な抜け殻だ!
加護を失った人間に、神の兵士と戦う術などあるものかッ!!」
ザドキエルが冷笑し、光の槍をアルフレッドの心臓目掛けて突き出した。
――だが。
ドォォォォォォォォォン!!!
「…………な……ッ!?」
砂煙の中から現れたのは、黄金のオーラを失い、泥にまみれたアルフレッドの姿。
しかし、彼はその足でしっかりと大地を踏み締め、自身の愛剣を……。
神の聖剣ではなく、亡き父から受け継いだ、ただの「鋼の剣」を構えていた。
「……確かに、神の魔力は消えた。……だが、ザドキエル。
僕が血を吐きながら積み上げた『剣技』は、誰からの借り物でもない。
――僕自身の、血肉に刻まれた『努力』という名の資産だッ!!」
アルフレッドの全身から、黄金の光ではない、青白い「闘気」が噴き上がる。
それは、神に与えられたギフトではなく、彼が人間として歩んできた証明。
「シッ!!」
一閃。
神速。天使の動体視力すら置き去りにする、純粋な人間の練武。
ガギィィィィィィィィィィン!!!
「……ぐ……、馬鹿な……!? ただの鉄の剣が、我の神槍を……ッ!!」
「――ザドキエル。……『加護』という福利厚生がなくなったことで、
……彼はようやく、自身のポテンシャルを100%発揮できるようになったようですね」
ゼノンが冷静に分析する。
「神の魔力が干渉していた頃、彼の身体は常に『拒絶反応』を起こし、
……本質的な技術を阻害していました。
無能な上司が現場に口を出さなくなった時、現場は最高のパフォーマンスを発揮する……。
――それは、事務屋の常識ですよ」
「黙れええええええええっ!!」
激昂したザドキエルが、周囲の天使たちと共に一斉に襲いかかる。
だが、アルフレッドは笑っていた。
身体は重い。傷も痛む。……だが、今、彼は初めて自分自身の人生を生きていると確信していた。
「――アルフレッド・スタイル、奥義。
『退職』・スラッシュ!!!」
「名前がダサいですよ、アルフレッド様!!」
ルナのツッコミと共に放たれた一撃。
それは、天界の法を物理的に切り裂き、熾天使の翼をもぎ取った。
ドサリ、と地上に落ちるザドキエル。
「……神の……加護なき……人間に……なぜ……」
「……神様。……僕は、あなたの羊じゃない。
――僕は、僕の仲間と笑い合う、一人の騎士だ」
アルフレッドは剣を鞘に収め、空を見上げた。
そこには、まだ数多の天使たちが控えている。
だが、地上ではアルフレッドの勇姿を見た民衆たちが、一斉に立ち上がっていた。
「……ゼノン殿。……ありがとう。……最高の気分だ」
「……お礼は結構です。……追加の『危険手当』は、後ほど連合の予算から引き落とさせていただきますので」
ゼノンは事務的な笑みを浮かべ、バインダーを閉じた。
一人の英雄が、神の束縛を脱した。
だが、空からの攻勢はまだ止まらない。
「……ルナ。……次は、あのお祭り好きの『経営者』に、出番を依頼しましょうか」
『了解! ――魔王ゼクス陛下、および魔導艦隊へ。
「天界の不当介入を、物理的な火力で清算してください」!』
地平線の向こうから、轟音が響き始める。
魔王のプライドが、今、天界を焼き尽くすために動き出した。
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