第1話 【空からの召集令状】神の不当契約、アンバインド(受理)します
世界から戦争が消えて、三ヶ月。
魔王軍と勇者連合の共同運営により、大陸のGDPは過去最高を記録。
人々は「定時退社」と「有給休暇」という新しい魔法を享受していた。
ゼノンは、海洋都市から戻り、所長の喫茶店『アンバインド』でいつもの苦いコーヒーを啜っていた。
「……所長。……このコーヒー、今日は少し『コク(こく)』が『濃く(こく)』ありませんか?」
「おっ、ゼノン。……ついに私のギャグ・センスが移ったか?
それは『豆』を挽きすぎたんだ。……『マメ(まめ)』な性格が災いしたね、なんちゃって!」
「…………。……前言撤回します」
平和な日常。
だが、その安寧は――空を切り裂くような「紙の擦れる音」によって破られた。
バサァァァァァァァァァッ!!!
突如、大陸全土を覆い尽くすほどの、巨大な「羊皮紙」が空から降り注いだ。
それは雲を突き抜け、太陽の光さえも遮るほどに巨大な魔導契約書だった。
『――全人類に告ぐ。……我は天界の主、デウス・エクス・マキナである』
空そのものが振動し、人々の脳内に直接、尊大で冷酷な声が響き渡る。
『汝らは、我というオーナーが作り出した「生体資産」に過ぎぬ。
よって、本本日を以て、地上における「幸福」の支給を停止する。
全人類は、死後直ちに天界の「魔力供給プラント」へと配属され、永遠の無償労働に従事せよ。
これは、創造主との間に結ばれた、絶対不可避の「終身契約」である』
街中の至る所から、悲鳴が上がった。
せっかく手に入れた自由。
それを、神という名の「超巨大企業のトップ」が、一瞬で踏みにじろうとしている。
空に浮かぶ契約書には、人々の魂を縛り付けるための禁忌の術式が、びっしりと書き込まれていた。
逆らう者は、その場で「存在」をデリートされる。……そんな絶対的な強制力が、世界を覆った。
「……神様が、『全員一生……いや、死んでも働け』だって!?
そんなの……そんなのってないよ!!」
店の外で、幼い少女が泣き叫んでいる。
ゼノンは、静かにコーヒーカップを置いた。
その瞳には、かつてないほどの鋭い「事務的殺意」が宿っている。
「……ゼノンさん。……これ、相当マズいですよ。
全人類の出生届そのものに、この『天界労働条項』が隠しコードで埋め込まれてます……っ!」
ルナの声も、微かに震えていた。
「……所長。……『お会計』をお願いします」
「ああ。……代金はいい。……その代わり、世界中の『ブラックな神』を、
――きっちり『解雇』して、海に『開放』してやれ」
「……承知いたしました」
ゼノンは、店を出て空を見上げた。
巨大な契約書。……神の言葉。
それを人々が絶望して見上げる中、ゼノンは懐から、一振りの「ペン」を取り出した。
「――創造主よ。……聞こえますか」
ゼノンの声は、魔法によって増幅され、天界へと届く。
「……あなたが提示したその契約。……あまりに『書式』が古く、
……内容も『組織』の独善に満ちています」
『……何奴だ、虫ケラが。……我の言葉を遮るか』
「退職代行『アンバインド』、所長代理、ゼノンです。
――人類を代表して、あなたに『退職届』を提出します。
……あなたの経営する『世界』という名の職場は、本日を以て……倒産していただきます」
世界が、静まり返った。
神に喧嘩を売る事務屋。……その伝説の最終決戦が、今、幕を開けた。
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