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『異世界退職代行』〜魔王軍から勇者パーティまで、不当な契約をアンバインド(解放)します〜  作者: 街角のコータロー
深淵の揺り籠(ディープ・クレイドル)編

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第8話 【人材争奪】英雄の求人、アンバインド(仲裁)します

海洋都市「アクア・リブラ」の最高級ホテル、その最上階にある会議室。

 窓の外には、ゼノンが解体した「第8プラント」の残骸が沈む青い海が広がっているが、室内の空気はそれ以上に重苦しく、そして熱かった。

 「――だから言っているだろう、アルフレッド! 彼女の演算能力は、これからの魔導ネットワーク構築に不可欠なのだ。魔王軍が誇る最新鋭のサーバー群と彼女の脳がリンクすれば、大陸全土の通信インフラは数十年先へ進む!」

 机を叩いて立ち上がったのは、魔王軍の最高責任者、ゼクスだ。

 かつての冷酷な支配者の面影はどこへやら、今の彼は「有能なエンジニアを喉から手が出るほど欲しがる熱血CEO」のような形相をしていた。

 「ゼクス陛下、それはあまりに独善的だ。彼女が求めているのは、そんな実験室のような環境ではないはずだ」

 対面に座る「新生勇者連合」代表、アルフレッドも引かない。

 聖剣を傍らに立てかけ、誠実だが逃げ場のない瞳でカナデを見つめる。

 「カナデ殿。勇者連合は今、天界の呪縛から解き放たれた人々の救済、および復興支援に全力を注いでいる。君の演算能力があれば、物資の分配シミュレーションや、災害予測によって救える命が何万とある。……どうか、僕たちの力になってはくれないか?」

 「あ、あの……わ、私は……」

 二人の「英雄」から向けられる、期待という名の猛烈なプレッシャー。

 カナデは椅子の上で小さくなり、震える手でティーカップを握りしめていた。

 かつては「部品」として使い潰されようとしていた自分が、今は「大陸の宝」として奪い合われている。

 その状況の激変に、彼女の天才的な脳もオーバーヒート寸前だった。

 「……あの、お二人とも。……彼女は、つい先日『退職』したばかりなのですが」

 壁際でバインダーを確認していたゼノンが、事務的なトーンで割って入る。

 「分かっている、ゼノン殿! だが、優秀な人材に『空白期間』を作らせるのは社会的な損失だ!」

 「そうだ。彼女のような逸材を、野に放っておくのはあまりに危険すぎる。……あ、いや、もちろん彼女の自由を尊重した上での話だがね!」

 ゼクスとアルフレッドの視線が、同時にゼノンに突き刺さる。

 

 

 「……やれやれ。……勇者も魔王も、組織の長になると『人材確保』という病に侵されるようですね。……ルナ、現在の両組織の求人条件を比較表示してください」

 『了解、ゼノンさん! ――はい、ドーン!

 

 

 魔王軍:年俸は金貨1万枚、世界樹リゾートの永住権、最新魔導具使い放題! ただし、24時間体制のオンコールあり。

 

 

 勇者連合:公務員待遇、社会保障完備、やりがい(重要)。ただし、予算が厳しいので給与は魔王軍の半分、基本は現場への出向あり!』

 ホログラムで投影された比較表を見て、カナデの顔がさらに引き攣った。

 

 

 どちらも魅力的だが、どちらも「組織」の枠組みに縛られていることに変わりはない。

 

 

 カナデは、また自分が「誰かの期待に応えるための道具」に戻ってしまうのではないかという、根源的な恐怖に支配されかけていた。

 「……カナデ様」

 ゼノンが、ゆっくりと彼女の隣に歩み寄った。

 

 

 その靴音は、狂騒に満ちた会議室の中で、唯一の落ち着いたリズムを刻んでいた。

 「……あなたは今、どちらの軍門に降るか、あるいはどちらの期待を裏切るかで悩んでおられる。……違いますか?」

 「……はい。……私、お二人とも、すごくいい人だって分かります。……でも、また『命令』されるのが、怖くて……」

 「……承知いたしました。……お二人とも、お静かに。……このままでは、彼女の精神が『強制終了シャットダウン』します」

 ゼノンの冷たい一言に、ゼクスとアルフレッドがハッとして口を閉ざす。

 「……ゼクス陛下、アルフレッド様。……あなた方の提案は、どちらも『雇用』という名の独占欲に基づいています。……それでは、彼女がいたプラントと、構造的には何も変わりません」

 「……そ、それは……」

 「……否定はできないな。……つい、焦ってしまった」

 「――そこで。……退職代行『アンバインド』より、第3の選択肢を提示させていただきます」

 ゼノンはバインダーから、一枚の特殊な契約書を取り出し、カナデの前に置いた。

 「……カナデ様。……あなたは、どこにも所属しなくていい」

 「……えっ?」

 「――『フリーランス魔導コンサルタント』。……これが、あなたへの新しい提案です」

 ゼノンは眼鏡のブリッジを押し上げ、淀みなく説明を開始した。

 「特定の組織に雇用されるのではなく、必要に応じて、魔王軍や勇者連合と『業務委託契約』を結ぶ。

 

 

 仕事を選ぶ権利は、常にあなたにある。

 

 

 休みたい時は休み、気が向いた時だけ、彼らの『悩み(バグ)』を解決してあげる。

 

 

 報酬は成果報酬型。……これなら、あなたは誰の駒でもなく、対等な『パートナー』として世界と関われます」

 カナデの瞳が、驚きで大きく見開かれた。

 

 

 「……所属しない……。……私が、仕事を選ぶの?」

 「ええ。……そして、その煩わしい契約交渉や、不当な要求の拒絶、報酬の回収……。

 

 

 ――それらすべての『事務手続き』は、このアンバインドが代理エージェントとして引き受けます」

 『あはは! さすがゼノンさん、ちゃっかり仲介手数料マージンを稼ぐ算段まで!

 

 

 でもこれ、カナデさんにとっては最高に「自由」な働き方ですよ!』

 ルナの言葉に、ゼクスとアルフレッドは顔を見合わせた。

 「……ふむ。……独占できないのは残念だが……。……彼女が自発的に我々のシステムを手伝ってくれるというのなら、それ以上の効率はないな」

 「……僕も異論はない。……彼女が笑顔で仕事ができることが、何よりの復興だ」

 二人のリーダーが、潔く引き下がった。

 「……カナデ様。……いかがでしょうか。……この契約書にサインをした瞬間、あなたは世界で最も自由な『天才』になります」

 カナデは、ゆっくりとゼノンから渡されたペンを握った。

 

 

 かつて死を覚悟して書いた退職願とは違う。

 

 

 これから始まる、自分自身の人生を描き出すためのペン。

 「……お願いします、ゼノンさん。……私を、自由な私にして」

 サラサラと、流麗な署名が契約書に刻まれる。

 

 

 その瞬間、カナデの表情から最後の一片の曇りが消え、少女らしい晴れやかな笑顔が咲いた。

 「――交渉成立ディールです。……おめでとうございます、カナデ様。……本日から、あなたはあなたのあるじです」

 ゼノンが事務的な一礼を捧げたその時、会議室の隅で拘束されていたカインが、自嘲気味に笑った。

 「……ハッ。……自由、か。……眩しすぎて反吐が出るぜ。……で、負け犬の俺はどうなるんだ?

 

 

 ……海の底に沈めるか? それとも、一生牢屋か?」

 ゼノンは、カインの前に歩み寄り、冷たく見下ろした。

 「……カイン。……貴様の処遇についても、既に『再就職先』が決まっています」

 「……あ? どこだよ」

 ゼノンはバインダーを叩き、無慈悲に告げた。

 「――魔王軍、および勇者連合の合同監査局。……そこでの『外部調査員』です。

 

 

 貴様のその『人を縛るための歪んだロジック』は、逆に言えば、不正を見抜くための最高のフィルターになる。

 

 

 ……死ぬまで、世界中のブラック組織の『事務ミス』を指摘し続けるがいい。……もちろん、有給休暇は法定最低限ミニマムしか認めませんがね」

 「…………。……マジかよ。……それ、死ぬよりきつい地獄じゃねえか……」

 カインが絶望して項垂れる。

 

 

 だが、その顔には、どこか吹っ切れたような、清々しい敗北感も混じっていた。

 「――さて、ゼクス陛下、アルフレッド様。

 

 

 ……これにて、海洋都市における一連の案件、すべて『清算アンバインド』完了いたしました」

 ゼノンが窓の外を見つめる。

 

 

 そこには、新しい時代を生きるために歩き出す人々の姿があった。

 「……ルナ。……次の現場へ向かいましょうか。

 

 

 ……所長の淹れた、苦いコーヒーが恋しくなりました」

 『了解、ゼノンさん! ――あ、でもその前に!

 

 

 カナデさんの「就職祝賀会」っていう名目の、超高額な接待費の請求書……。

 

 

 ――今、魔王軍と連合にダブルで送りつけておきましたからね!』

 「…………。……ルナ。……少し、やりすぎではありませんか?」

 『えへへ、これも「事務的」な正当報酬ですよ!』

 事務屋たちの旅は、まだ終わらない。

 

 

 大陸のどこかで、誰かが理不尽な鎖に繋がれている限り。

 

 

 彼らはバインダー一つで、その運命を解き放ち続けるだろう。



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