第5話:【神託解体】運命の強制労働、アンバインド(辞職)します
アデルバイド王国の跡地、中央広場。
そこには、アルフレッドを筆頭とした「新生勇者連合」の旗が翻っていた。
圧政と搾取から解放された人々が、新しい時代の幕開けを祝うために集まり、歓喜の声を上げる。
だが、その祝祭の空気を引き裂くように、天から黄金の光柱が降り注いだ。
「――愚かなる子羊たちよ。主の導きを忘れ、勝手な自由を謳歌するか」
光の中から現れたのは、巨大な翼を持つ天界の使者、審判の天使ザドキエル。
その神々しくも冷徹な威圧感に、広場の群衆は次々と膝を突き、恐怖に震え上がった。
「勇者アルフレッドよ。そして勇者たちよ。
お前たちの命は、神が『魔王を倒すための道具』として与えたもの。
退職? 自由? 傲慢も休み休み言え。
神託は絶対である。今すぐ武器を取り、死ぬまで魔王軍へ特攻せよ。
それが、お前たちに課せられた『永劫の業務命令』だッ!!」
ザドキエルが聖なる杖を振ると、勇者たちの胸に刻まれていた「勇者の紋章」が赤黒く光り、肉体を無理やり動かそうとする。
「ぐ、ぁぁぁ……ッ!? 体が……勝手に……!!」
「そんな……。戦いたくないのに……魔王領へ足が動く……助けて、アルフレッド様……!!」
「……神よ。……あなたは、どこまで僕たちを『駒』としてしか見ないのか……!!」
アルフレッドもまた、紋章の強制力に抗い、血を吐きながら剣を杖代わりに立ち尽くしていた。
神という名の、この世界最大の「独裁経営者」。
その前では、人間の意志など、無価値なノイズに過ぎないのか。
絶望が広場を支配しようとした、その刹那。
カツ、カツ、カツ。
神の威圧を真っ向から踏み潰すような、規則正しい靴音が響いた。
「――『永劫の業務命令』。……ひどく不適切で、時代錯誤な就業規則ですね」
黒いロングコートを風になびかせ、ゼノンが天使の目の前に立った。
「また貴様か、人間の分際で神の意思に異を唱えるか」
「神の意思だろうと、労働契約である以上、私の管轄内です。
天使ザドキエル。……天界が発行している『勇者の加護』。
これ、事務的には『有期契約の特殊技能付与』と定義されていますが……。
更新手続きも、休日の設定も、ましてや退職規定すら記載されていない。
――これ、契約書ではなく、ただの『奴隷名簿』ですよ」
ゼノンは事務的にバインダーを開き、眼鏡を冷たく光らせた。
「ルナ。……天界のサーバーへ、最終通告を」
『お任せ、ゼノンさん! ――天界の「運命管理システム」へハッキング完了!
「勇者」というジョブの利用規約に、勝手に一行付け加えちゃいました。
【注:本職種は、本人の自由意思により、いつでも解約可能とする】!
ついでに、これまで神が勇者たちに強制した「無償の奇跡」に対する、数千年分の利息計算書も送りつけておきましたよー!』
「なっ……何をしたッ!? 神聖なる加護を改ざんするなど……!!」
「――アンバインド・デスティニー(運命の解放)」
ゼノンが杖を天に掲げた。
パリンッ!! と、世界全体が鳴動するような、硝子の砕ける音が響く。
その瞬間、アルフレッドや勇者たちの胸から、赤黒く光っていた紋章が、剥がれ落ちるように消滅した。
「……消えた。……熱くない……。……自分の足で、立っていられる……」
「……ああ。……もう、天からの声は聞こえない。……僕の心は、僕だけのものだ……!!」
勇者たちが、自らの意思で武器を構え直した。
「管理局、王国、帝国、そして最後は神。……あなた方は、常に『代わりはいる』と言って、個人の尊厳を削り取ってきた。
だが、見てください。……誰も、もうあなたの命令には従わない」
「お、おのれぇぇぇッ!! 人間風情がぁぁぁッ!!」
激昂したザドキエルが、黄金の炎を纏った槍でゼノンを貫こうとする。
だが。
「――そこまでだ。天の使い」
アルフレッドの聖剣が、ザドキエルの槍を真っ向から受け止めた。
その剣には、神から与えられた「加護」ではなく、共に戦ってきた仲間たちを想う「真の勇気」が宿っていた。
「ゼノン殿の言う通りだ。……僕たちは、神の道具ではない。
今日、この場所で、僕たちは天からの支配を『退職』する!!」
ドォォォォォォォォォン!!
アルフレッドと下請け勇者たち全員の闘志が、一つの巨大な光となってザドキエルを飲み込んだ。
「ぐ、ぁぁぁ……ッ!! 神罰が……神の秩序がぁぁッ!!」
叫びと共に、天使は光の粒子となって霧散し、空を覆っていた黄金の雲が晴れていく。
後に残ったのは、本当の意味で「自由」を手に入れた、勇者たちの歓喜の嵐だった。
ゼノンは、静かにバインダーを閉じた。
「……お疲れ様でした、アルフレッド様。
これにて、本件の退職代行、すべて完遂いたしました」
「……ゼノン殿。……君がいなければ、僕たちは一生、見えない鎖に繋がれたままだった。
心から……感謝する」
「感謝など不要です。……私はただ、事務的な不備を正しただけですから」
ゼノンは一度だけ、薄く微笑むと、背を向けた。
「……さて、ルナ。……次の現場ですが」
『あ、次はですね、南の「海洋都市」の船乗りさんたちからです!
「24時間、海の上で休めないのは海の男の宿命だ」って言われて、10年も上陸させてもらえないみたいで……』
「……宿命、ですか。
……その古臭い労働基準、まとめて海に沈めて(アンバインド)差し上げましょう」
ゼノンの黒いコートが風にたなびき、彼は新しい依頼者の待つ港へと、確かな足取りで歩み始めた。
彼がいる限り、誰の心も、二度と搾取の鎖に繋がれることはないだろう。
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