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古耳姫

 そこは真っ暗な世界だった。


 ここは天国……?いや、天国は白かったし、となれば地獄か。


 ふむ……どうしてなかなか地獄というのも悪くないじゃないか。

 柔らかく包まれているし、何より無臭だった天国とは違い、すごくいいにおいがする。

 嗅ぎなれた甘ったるいにおいに紛れながらも……確かに感じられる熟れた桃の花のような素晴らしい香り……あれ?このにおいは。


 

 顔の上に載せられた羊羹の塊を手で振り払い、顔をあげる。

 そこには、大きな瞳をさらに開いたくっころさんの姿。

 次の瞬間にはその双眸から大粒の涙をボロボロと流しはじめる。

 そして、嗚咽(おえつ)をあげながら、床に落ちた羊羹を掬いあげては俺の顔に塗りたくってきた。


 「……えっ!ちょっと何し……モゴッ!」

 抗議しようとするも、押し付けられた羊羹が口に入り、上手くしゃべれない。

 

 くっころさんはそんなことお構いなしに、次々と俺の顔の上に羊羹を載せてくる。



 「ちょっと!大丈夫ですから!」

 力任せに上半身を起こす。

 

 ちょっとしたハプニングがあったが、まぁ、それはおいといて……どうやら、ここはまだリングの上のようだ。


 辺りには相変わらず霧が立ち込めているが、ドームの中には誰もいなくなっている。


 あれからどれくらい経っ……


 てか、何で無事なんだ俺!?


 慌てて自分の身を振り返る。

 俺の掌にはちゃんと5本の指がついているし、全身どこにも傷がない。


 「ありがとうございます!!治してくれたんですね!」


  くっころさんへ向き直り、心からのお礼を言う。

 しかし、くっころさんはこちらと目を合わせようとせず、顔を真っ赤に染め上げていた。


 「ワタクシじゃありませんわ。それよりも、そろそろこれを着てくださる?」

 そう言いながら、渋い柄の大きめの布を渡してくる。


 改めて自分の姿を見てみれば、たしかに俺はほぼスッポンポンの状態だった。


 いくら治癒魔法といえ、燃え尽きた服までは戻ってこないか。

 とりあえず、腰に巻くが……うーん、微妙な丈の長さだ。

 アングルや立ち位置によっては色々と……。

 むしろ、まぁ、いいか。


 「それで、くっころさんじゃないなら……」

 「妾じゃ」

 ふよふよと浮かびながらこちらへ近寄ってくる幼女。

 

 「そうだったんですね!ありがとうございます」

 

 「勝者死亡で終幕というのも後味が悪いからのぉ……サービスなのじゃ」


 「ありがとうございます。それにしても、すごい治癒魔法ですね!」

 

 「ふむ……厳密にいえば治癒魔法ではないのじゃが……」

 

 「そうですわ!あのような治癒魔法は聞いたことがありませんし、妖しい邪法に違いありませんわ」

 「でも、その邪法のおかげで助かってよかったじゃろう?のぅ?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべる幼女を、くっころさんはキッと睨みつける。


 さっきも睨みつけてたし、人質生活中にこの二人何かあったのだろうか?

 くっころさんに羊羹を顔に塗りたくられながら、そんなことを考える。


 ……てか、何でさっきから羊羹塗ってくるの!?


 「あの……何で羊羹を塗ってくるんですか?」


 「へっ……だって、こうすれば傷が癒えるのでしょう?」

 「へっ……何言って?」

 「へっ……?」


 お互いの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。


 ……あっ!

 もしやこれ羊羹ハンマーの時の世界の修正のせいか!?


 多分そうだな。

 いやいや、一体どういう修正の仕方されたんだよ!!


 「もう塗らなくて大丈夫ですから」

 「でっ、でも、妖しげな邪法ですし、あとから傷が開いたりするかもしれませんわ」

 「いや、この通りピンピンしてますから。傷が開いたら、またくっこ……ラクラさんにお願いしますから」

 「……わかりましたわ。でも異変があったらすぐにおっしゃってくださいまし。あと、その……どうしてもそう呼びたいとあなたが言うのであれば、とくべつにその……くっ」


“ボコボコボコボコボコボコボコ”

 突如響き渡る、もの凄い勢いで何かがせり上がってくる音。


 ゆるんだ意識を引き締め直し、周囲を警戒する。


 どうやら音の発生源は、リングに開いた小さな亀裂のようだ。


 どんどんと音は大きくなる。


 そして、音は一瞬止む。


 次の瞬間には、メキメキ音を立てながら、亀裂周りのリングの床が盛り上がり……。


 そこから飛び出てきたのは、巨大な黒い蛇!!


 そして、それを鷲掴みする、土まみれになったばぁちゃんだった。


 『ばぁちゃん!?』


 ばぁちゃんは危なげなくリングの上へ着地する。



 『もっちゃんよかった、目が覚めたのねぇ。お医者様は大丈夫って言ってたけど、ばっちゃ心配したんだよぉ』

 ばぁちゃんはそう言いながら、まだまだ穴の中へ続く蛇の胴体を引き出そうとしていたが、邪魔になるので一旦やめてもらう。


 『それで、これどうしたの?そもそも、何で穴の中に?』


 『ばっちゃね、うっかり包丁を落としちゃったの。もう、恥ずかしいわぁ。慶喜さんにはナイショだよぉ?』

 そう言うばぁちゃんの手には、アルティメットキマイラの爪が握られていた。


 そうか、あの深い穴の中から回収したのか。


 ごめん、ばぁちゃん。それ落としたの、俺なんだ。

 いや、最後の一撃は背中に刺さったソレをばぁちゃんが思い切り叩き落とし、それが勢い余って地面を切り裂いていったわけだから、ばぁちゃんが落としたってことになるのか?


 今回の作戦のリーサルウェポン。

 アルティメットキマイラの爪。


 その牙は万物を砕き、その爪は時空すら切り裂く……

 女神の説明通り、黒円を貫通し、炎の膜も切ることができて、本当によかった。


 『それで、その黒い蛇は?』

 『お医者様がねぇ、もっちゃのために滋養強壮にいいものを獲ってきてあげなさいって言ったのぉ。だから、ほら、ウナギだよぉ』


 『はは……そうなんだ、ありがとうばぁちゃん……』

 え……これ、ウナギなの?

 確かに黒いけど、なんか俺の知ってるウナギと違うよ?

 ウツボみたいな顔してるし、開いた口からは大剣みたいな牙がずらりと並んでるし。

 第一、頭だけでも3m近くもあるんだよ?全長はどんだけあるんだって話だよ。


 「パリタウナギなど久しぶりに見たのぉ」

 幼女がそう呟く。

 そうか、ウナギなのか。

 異世界のウナギはイカツイんだな。


 『活きがよかったから、きっと美味しいよぉ。今日のお夕飯はかば焼きにしようねぇ』

 そして、そうか……今度はおなか壊さないといいな。

 毒がないことを切に願う。


 「血は人には猛毒な上に、肉は固く臭みがある。細かく切ってしっかり血を抜き、濃い味付けでよく焼くのがおススメなのじゃ」


 いや、そのパターンで美味しかったこと今まで一度もないんだよなぁ。

 この世界の住人の食レポはアテにならんのだよ。

 だが、血は猛毒らしいし、ばぁちゃんには悪いけどここは俺に任せてもらうか。

 ウナギなら……肝吸いも作りたいな。


 『ばぁちゃん、今日は頑張って疲れてるだろうし、飯は俺がつくるよ。代わりに悪いんだけど、もう少し身を引き出してくれる?』

 

 『わかったよぉ。あっ、お医者様も食べてってくださいねぇ』

 

 「ふむ、ご相伴にあずかるのじゃ。では、味付けにはこの秘伝のタレを使うといいのじゃ」

 

 いつの間にか壺を取り出している幼女。

 壺の中にはナミナミと黒い液体が入っている。

 恐る恐る指で掬い、においをかいだあと、口に含む。


 「美味っ!!」


 「絶品じゃろう?3000年モノじゃからの。妾の分は丼で頼むぞ」

 そう言うと、白米が入った袋と大きな鍋をどこからとなく取り出す。


 この世界、米あるのか!!テンションが急上昇する!

 それは何としても確保せねば。

 しかし、こんな美味いタレは初めてだ。

 久しぶりにごはんが楽しみだ。

 腕によりをかけて用意しようじゃないか。



 「ちょっと……」

 腰の布がぐいっと引っ張られる。

 見れば、くっころさんが不満そうな顔をしている。


 「あなたたち、何呑気に食事の準備を始めているんですの?まだ!戦いは!続いているのですわよ!」

 そして、キツメの口調でこちらを諫める。


 ははは……たしかに言う通りだ。

 雰囲気に流されていたが、ここは戦場ど真ん中。

 今もあの霧の向こう側では、味方が魔族と戦っているはずだ。


……?


 何気なく周りを見渡し、おかしなことに気づく。

 いやいや、これはどういうことだ?

 

 ここで試合前に感じた違和感を思い出す。


 そして、そこから導き出される、あまりにも馬鹿馬鹿しい一つの仮説。

 

 しかし、あり得ないと言い切れない……何せ、ここは異世界で、魔法があるのだから。


 「そろそろ結界を解除するかの?」

 こちらの思考を先回りして幼女がそう聞いてくる。


 「いえ……その前にいくつか質問に答えてください」

 「ふむ、よかろう」


 「まず、ここはどこですか?」

 「変なことを聞くのぉ。そうか、このリングか。これはアヤツが部下に運ばせたものじゃ」


 「では、つぎに……外側に張られているは……本当に結界ですか?」

 「……ほぅ?さっきから可笑しなことばかり聞くのぉ」


 この反応は……ビンゴか?

 そもそも可笑しいと思っていたんだ。


 最初は霧を晴らすために……霧やこちらの兵士が侵入するのを防ぐために結界を張ったのだと思った。

 実際、ばぁちゃん以外の侵入者は許していないし、霧や音すら遮断している。

 かつ、逃げ出す観客たちは素通りさせるのだから大した性能だろう。


 これが結界であるのであれば。


 風の輪っかが広がった瞬間から大量の魔族たちにリングは囲まれていた。

 ここで一つ目の疑問点。


 その魔族たちはどこにいた?


 元より霧の中にそれだけの魔族がいたのか?

 リングを囲むように隙間なく詰めかけ、リングの方を凝視し、霧が晴れたとたんに大歓声に包まれる……いやいや不自然すぎるだろ。

 仮にも戦いの最中だぞ。


 そして、何よりあの時抱いた違和感。

 全てが終わり冷静になった今なら分かる。


 観客たちは兵士ではなかったのだ。


 敵陣に突っ込んだとき、魔族は黒い胸当てや甲冑を着こんでいた。

 しかし、リングを囲んでいた魔族や他種族たちは、色とりどりな自由な服装をしており、どう考えても戦いへ赴く装備ではなかった。

 そして、何より、兵士とは思えない年齢や体型の者ばかりだった。


 では、この観客たちはどこにいたのか?

 仮説でしかないが……この結界……バリアじゃなくて、ワープなんじゃないだろうか?


 その場合問題になるのは、どちらがワープしたのか、だ。

 観客たちがワープしたのならいい……だが、このリングがワープしたのだったら?


 そして、観客がいなくなったことにより露わになったリングの周囲。

 なんと、石のタイルが敷き詰められているのだ。


 ここはどこだ?

 本当にフォールロック前の戦場なのか?


 いや、ワープと決めつけるのも早いか。

 ほかの可能性としては、幻覚、または……


 「安心せい、映像の中継じゃ。ここは変わらずフォールロックの前なのじゃ」

 こちらの思考をまたも先回りする幼女。

 「アヤツは覆面レスラーとして興行をおこなってての、それの一環じゃ」


 よかった、最大の懸念点は解消された。幼女が嘘をついていないならだが。


 そして、最後の最も重大な質問。


 「シルコさん、あなたは味方ですか?」



 幼女はため息を一つつくと、返答の代わりに指をパチンと鳴らす。

 

 音もなく割れる、リングを囲う結界。

 キラキラと破片が舞い散る光景が妙に神秘的だ。


 次いで、霧を押し留めていた結界も割れるが、現れたのは晴れ渡った青空だった。

 

 そして、無数の怒号や剣戟が飛び交う、真っ赤な世界。

 その世界の中でリングの周りだけが別の世界のようにポッカリと孤立している。

 

 しかし、すぐに充満していた空気が一斉に流れ込むかのように、人の業を煮詰めたようなにおいが漂い始め、強烈な吐き気を覚えるも、寸でのところで耐える。

 

 

 「残念じゃ。妾としてはこのままピクニックでもよかったのじゃがの」

急浮上し、何が可笑しいのかクスクスと笑う幼女。


 「敵対する……ということですね?」


 「考えてやらんこともないと言っただけじゃしの。妾も雇われの傭兵。依頼された仕事をこなすとするかの」

 

 幼女が指を弾くと、風の塊が発生し、周囲の物を吸い込みながら急成長する。


 この魔法を俺は知っている。


 「これは砦攻め用に開発された破塞魔法、果たして耐えられるかな?」

 あの時の砦長さんの言葉が頭をよぎり、冷や汗が止まらない。


 何せ、幼女の周りには、あの時より二回りは大きな螺旋が5つも浮いているのだから!


 軽やかな手つきで掌を振ると、螺旋は独特な軌道を描きながら、フォールロックその城壁へと迫る。

 

 城壁を守るように張られる障壁魔法。

 一つを正面から受け止め、二つの軌道を逸らす。

 しかし、残った二つは範囲外だった。


 物凄い爆発音と同時に吹き飛ぶ城壁。

 ガレキや破片が容赦なく街へと降り注ぐ。


 そして、出来上がったのはあまりにも大きな二つの侵入口。

 当然、そこへ群がる魔族の兵士たち。

 


 最悪だ……。

 これならば、幼女の言っていた通り、ウナギを調理していた方がどれだけよかったか。


 幼女は満足そうに頷くと、どこからと扇子を取り出し、妖艶な笑みを浮かべる。


 「これで依頼された仕事は達成なのじゃ。さて……余った時間で遊ぶとするかの」


 そして、バッと扇子をこちらへ向ける。


 「ゼンザイなど所詮前座と思い知るがよい!真打、古耳姫シルコ参る……なのじゃ!!」


 ボス2連戦とか聞いてねぇよ!?


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