呼死姫
「ゼッタイにテキタイダメなヨウヘイダン3つある」
「ふふ、魔族陣営の話だけどね。一つは魔族とそれに関わる者全てをどんな手を使ってでも殲滅する、魔族に恨みをもつ万人族だけで構成された国家公認傭兵、万傭衆」
「ユウシュウなミカタをヒきヌきサラってく、羊羹マドーシンがヒキいる、拐風僧」
「そして、決して金では動かず、気まぐれで各陣営に力を貸すも、最終的にはいつも敵味方関係なく滅茶苦茶に荒らし回る歩く災害。たった一人の傭兵団、古耳姫」
「ミント、古耳姫はオトギバナシだゾ?」
「そう思うのも無理はないわ。でも、たしかに古耳姫はいるのよ。伝承を紐解いていくと、歴史を変えるような大きな戦いには決まって彼女は現れる。最後に現れたのは200年前の万魔大戦……」
「クッキーそのオハナシスキだゾ!タシかそのトキついたナは……」
いつの日か馬車の中でした会話を思い出す。
くそっ!伝承じゃなかったよ!目の前にいるよ!古耳姫!!
ふよふよと宙に浮かび、妖艶な笑みを浮かべる幼女。
聞いてねぇぞ!とんでもない大物じゃねぇか!!
ボス2連戦とか聞いてねぇぞ!!
てか、何ならさっきよりも不味い。
何故なら、相手が魔族じゃないからだ。
つまり、ばぁちゃんは積極的に攻撃してくれない。
そして、相手は少なくとも砦長さん以上の魔法使い。
やばいぞ!これ!
「さぁ……精々楽しませるのじゃ」
そう言うと、優雅な手つきでこちらを指さし、指先には小さな竜巻が……。
「ストップ!ちょっと待ってください!」
「ふむ……なんじゃ?」
よかった!とりあえず止めてくれた。
考えろ!考えろ!俺!
「あなたの仕事は終わったんですよね!もう私たちが戦う必要はないじゃないですか!」
「ふむ……だが、戦わない理由もないのじゃ。何せ、妾は今回魔族陣営と契約しており、まだ報酬をもらってないからのぉ」
「……でも、仕事は達成したなら、とりあえず契約は終了でしょう?では、新しく雇わせてもらえませんか?」
「ほぅ……?言っておくが、妾は金では動かぬぞ」
「あの爪でどうでしょう?」
ばぁちゃんが手にもつ、アルティメットキマイラの爪を指さす。
折角回収してきたばぁちゃんに悪いが、交渉のテーブルに出させてもらう。
「ほぅ……?」
「貴重な品ですし、切れ味はご存じの通りです」
「ふむ……見たところ確かに貴重な物のようじゃな?これをどこで手に入れたのじゃ?」
「そうですわ!あんな神秘的な輝きを放つ刃物は見たことがありませんわ」
「……独自のルートで、とだけ。ただ、我々も血の滲むような努力と大変な思いをさせていただきました。それでまぁ、運にも恵まれましてね、ようやくのことで手に入れさせていただいたのです。いやね、手にした瞬間には思わず快哉を叫んでしまいましたよ」
「ほぅ……?」
「そうなんですの!」
「更にですね、まぁ色々とありまして、実はこちら……現存する最後の一本となります。かつ、その素材の特殊性故、今後新たに生成されることはないと断言できます。つまり、現在未来を含め、一点限りの限定品となります。その希少性から価値は図り知れません」
「ほぉ……!」
「まぁっ!」
よしっ、食いついてるぞ……何故かくっころさんまで。
「このような経緯があるものですから、我々としても決して手放したくない逸品なわけです。しかし、しかしですね、命あっての物種と言いますし、これでそちらに矛を収めてもらえるのであれば、潔く手放すのも吝かでもないと思っております。先程申し上げた通り、この機を逃せば、今後手に入れることは叶わぬかと……いかがでしょうか?」
「……」
腕を組んで黙り込む幼女。
「その……そちらで不要なのであれば、当家で買い取らせていただきますわよ?」
こちらの意図を理解しているのかどうか分からないが、援護射撃も入る。
「よいのじゃ、それで手を打とう」
満面の笑みでそう答える幼女と、少し残念そうな顔のくっころさん。
よかった!!口先三寸で乗り切ったぞ!
「では、もらうぞ」
幼女が指をパチンと鳴らすと、いつの間にかその手にはキマイラの爪が収まっていた。
そんなことできるのかよ。やっぱ敵対しなくてよかっ……
“パァアアアアアアアアアアアアン”
“ドシャッ”
……は?
何が起きたかわからない。
わかるのは、突然の破裂音と何かが床へ激突する音がしたこと。
リングの亀裂から、幼女のものと思しき足が出ていること。
そして、すぐ傍にはばぁちゃんが佇んでいて、その手に握った棒状に丸めた新聞紙からは、何かを擦ったような黒い煙が立ち上ぼっていること……。
『人の物勝手に盗っちゃ駄目だよぉ?』
ちょっと困惑気味に、そう呟くばぁちゃん。
ばぁちゃん!?
え?いやいや、ちょっと何してくれてんの!?
折角何とかなりそうだったのにさ!!
ちょっと困惑してるみたいだけど、困惑したいのこっちだよ!?
いや、まぁ、ばぁちゃんは悪くない。
異世界語が分からないんだからな。
ばぁちゃんからしたら、突然MY包丁を取り上げられたように見えたのだろう。
いわばこれは不幸な事故だ。
うん……。
いや、マジでどうしよ。
相手はそうは思ってくれないよな。
“ズボッ”
亀裂からゆっくりと這い出す幼女。
「面白い真似をしてくれる……」
幼女は能面のような顔をしている。怖い。
「うちの祖母が申し訳ございません!!ちょっとした手違いと勘違いがあり」
「お礼に面白いものを見せてやるのじゃ」
こちらの声に被せるように発言すると、指を鳴らす幼女。
騒がしいはずの戦場に、嫌に響いたのが印象的だった。
「生き残れるといいのぉ。さらばじゃ」
クスりと笑うと、風が一吹きし、幼女は消えた。
計らずとも撃退に成功したわけだが、嫌な予感がビンビンする。
そして、異変はすぐにやってきた。
辺りが急に暗くなったのだ。
遅れて、聞こえる甲高い雷鳴。
周りの兵士たちはどういう訳か戦うのを止め、一様に空を見上げている。
釣られて俺も上空を見る。
そこには空一面に広がる暗雲……ではなく、波打つ巨大な緑色の草。
巨大な草は何層にも重なりあって、その色を濃くし、さらに太陽の光を塞いでいるのだ。
そして、その草を俺はよく知っている。
「……ワカメ?」
「に……ニワカーメですわ!!なっ、何で?そんな兆候まるでなかったのに」
ガタガタ震え、ついにはヘタリと座り込んでしまうくっころさん。
「もうお終いですわ……」
嗚咽混じりにそう呟く。
周りを見渡せば、兵士たちは急いで羊羹のかまくらを作り、その中へ避難している。
えっ……マジで何かヤバイ感じだ。
「ステータス」
時間がかかってしまったが、3人が入れるだけのサイズのつぼ型の石板を出現させる。
リングの端に作ったから、ポールやロープを伝えば入りやすいだろう。
「さぁ、これに入って」
『ばぁちゃんも』
しかし、二人とも動かない。
「ご……ごめんなさい、腰が抜けて」
『なんだか一雨きそうだねぇ。傘はどこやったかしら』
『ばーちゃん、あの壺の中に傘入れてあるから、俺の分もとってきて!』
そう叫ぶと、くっころさんの方へ近づいていく。
その間にも、どんどんと辺りは暗くなってきており、甲高い雷鳴の頻度も高まっている。
「き……きますわ。大粒アンコウ……いや、呼死アンコウが来ますわ!!」
その名を聞いて思い出すのは、馬車の中の会話。
最後にクッキーが言っていた一言。
古耳姫……またの名を
呼死姫。
ポツリと黒い何かが頬に当たる。
不思議に思って空を見上げれば、ワカメから緑色の雨が降り始めていた。
そして、雨の発生源に気づく。
ワカメにずらりと並んで張り付いた、緑色の大きな大きな丸い魚。
その身体の大部分を占める、大きく開いた口からボタボタと涎を垂らしていたのだ。
ふいに、その内の一匹がワカメから落下する。
それを合図に、次々と丸魚たちは飛び降り始めた!
その光景はさながら緑の雨といった様相だ。
丸魚たちは次々と地上に落下し、その重量から土埃と衝撃波を発生させる。
当然、兵士たちのカマクラの上に落ちる魚もおり、カマクラは木っ端微塵に破壊される。
そして、丸魚はカマクラの残骸を漁り、潰れかけの兵士を咥えると、小さな白い羽をはばたかせ、上空に浮かぶワカメの元へと帰っていく。
ただ、飛ぶのはあまり得意じゃないようで、行きほどの速度は出ていない。
丸魚たちの数が多いせいで、上空には大量の風船が浮かんでいるように見える。
そして、そんなものが空中を漂っていれば、アイツらがそれを見逃すはずもなく。
どこからとなく大型の魚たちが白い翼をはためかせながら現れ、次々と丸魚たちへ食いついていく。
丸魚に咥えられた兵士は、そのままデカい魚に食われたり、落とされ地上に赤いシミを作っている。
なんだ、この地獄絵図は……。
そして、当然その地獄絵図はこちらにも降りかかるはずなのだが……
この辺りに降ってきた丸魚は真っすぐには落ちて来ず、進路を急に変えるのだ。
そして、リングの上に寝そべる黒いウナギへ、大口を開けながら飛び込んでいく。
しかし、つまみ食いは許さないとばかりに、近づいたそばからばぁちゃんにセンター返しされているのだ。
おかげで、何とか無事ではあるのだが、いつまでこれは続くのだろうか。
くっころさんに肩を貸し、壺の方へ向かいながらそんなことを考える。
「ひっ……」
耳元で聞こえる悲鳴。
くっころさんの視線の先をたどれば、大型の魚も丸魚も一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。
今度は一体、何が……?
「まさかそんな……」
突如暗雲の中に差し込む一筋の光。
よく見れば、光の中へ周囲のワカメがズルズルと引き摺り込まれていた。
それにつれて、光の筋はどんどんと太くなっている。
そして、光の中から現れたのは、白い何か。
その白い何かの表面には、目の代わりに悪魔の角が生えた人の顔が無数についており、それが周りのワカメをモシャモシャと食んでいたのだ。
そして次第に全容が明らかになる白い何か。
一応魚っぽいフォルムをしているが、全身に隈なく顔がついており、正直気持ち悪い。
そして、何よりデカい!
白い何かは逃げる大型の魚に身体をこすりつけ、すれ違いざまに無数の顔が魚の肉をえぐり取っていく。
たった一度の接触で、大量の肉を削り取られた大型の魚は、地面へと落下していった。
なんだなんだ、次から次に!!
「ヌ……」
「ヌ……?」
「ヌレピソステウス・デーモン・テリマルですわ!」
「ヌレ……えぇあれが!?」
まじかよ!あんなん食ってたのかよ!そりゃ不味いわ。
まじで知らない方がよかったよ!!
てか、ばぁちゃんはアレ倒したってことか!?
いやいや、あの時のやつは幼体だったんだろうな。
この距離であの大きさに見えるサイズなのだ、実際には相当デカいはずだ。
ほら、こっちへ近づいてくるにつれ、どんどんと大きくなってるし、これはいくらなんでもあの時の村には入りきらないだろうしな。しかし、本当に大きい……
えっ!!何で近づいてきてんの!?
脇目を振らず、リングの方へ向かってくるヌレなんとか。
やばいやばい逃げないと!!
『ばぁちゃん逃げるよ!!』
『おっきいガーだねぇ』
ばぁちゃんは動かない。
そして、腰を抜かしたはずのくっころさんも、何故か俺の元から去っていく。
「くっころさん!?」
一目散へ向かった先には、帯が切れ、半分溶けかけのチャンピオンベルトが落ちている。
「何してるんですか!?今は逃げますよ!」
「あれだけは!あれだけは確保しなくてはいけませんの!」
這い這いな体でベルトを確保するくっころさん。
そして、ばぁちゃんの元へ駆けつける途中で、タイムリミットはやってきた。
辺り一面が影に包まれる。
上を見上げれば、間近に迫るヌレ何とか。
その本体の口が開き、ウナギを摘まみ、ぐいっと引き上げる。
当然ウナギはリングの亀裂から出ているわけで……。
大きく世界が傾いた。
いや、傾いているのは俺たちか。
気づいた時には空中に放りだされており、数秒後には地面を転がっていた。
慌てて起き上がり、周りを見渡すも二人がいない。
上方から聞こえるくぐもった悲鳴。
嫌な予感がする。
そこには大きく傾き、宙に浮いたリング。
そして、ロープと壺に挟まれ、身動きがとれなくなったくっころさんの姿。
「くっころさん!!」
くそっ!俺が壺なんか出したばっかりに。
急いで駆け寄るも、リングはすでに俺の身長よりも高い位置にある。
ジャンプすれば何とかロープに手がかかるか?
助けるには乗り込む必要があるが、そんな時間ないぞ。
さらに上の方からは打撃音が聞こえる。
ばぁちゃんがウナギを駆け上がり、無謀にもヌレ何とかの本体に挑みかかっていた。
上昇を始めたウナギとリング。
上を見ればヌレ何とかがウナギを引っ張っている。
リングが都合よく抜け落ちてくれたりは……しないよな、きっと。
はぁ……仕方ない。
上空には天高く伸びたウナギ。
横を見れば障壁に守られたフォールロックの街並み。
下を見れば、遥か遠くに見える地面と、まだまだ穴の中から出てくるウナギ。
いやいや、どんだけ長いんだよ!
リングはその高度をどんどんと上げていき、ついにはエアラクリスの天辺を越える。
あぁ……どうしてこうなった?
斜めに大きく傾いたリング。
そのロープにひっかかった、杖の形をした石板にぶら下がりながら、そんなことを思う。
いつもありがとうございます。
ここのところ、公私ともにバタついておりまして、来週はお休みをいただいと思います。




