VS暑慧鬼 R2
騒めく観客たち。
リングの上には大の字で寝転ぶ王者の姿。
その近くでは、幼女がマットをペチペチ叩いてカウントをとっている。
「やったんですの!?」
くっころさんがそんなこと言いながら近づいてくるが、そんなこと言っちゃいけない。
「がはははは……シルコの結界を破るとかとんでもねぇな!!」
がばりと起き上がる四天王。
ほら、言わんこっちゃない。
王者の復活に観客は大歓声をあげる。
流石四天王、これで終わりっていうわけにはいかないか。
何気にカンパチを除けば、ばぁちゃんの一撃を耐えた相手は初めてだな。
「ふむ……ルールも破られたわけじゃが……手伝いは必要かの?」
「いんや、いらねぇ。乱入者とか燃えるじゃねぇか!!まとめてかかってこいやぁ!!!」
ゴングの元へ戻る幼女と、雄たけびを上げる四天王。
空気がビリビリと震えるのがこちらまで伝わってくる。
『もっちゃんをいじめるのは許さないよぉ』
そんな四天王に怯むことなく、新聞紙をブンと一振りするばぁちゃん。
いつになく頼りがいがあるな。
てか、ゴキブリを前にしているのに、あぁなってないぞ。
不思議に思いよく見れば、光の球が3つほど引っ付いていた。
……あっ、くっころさんの光魔法か!!
リングの中央で静かに向かい合う四天王とばぁちゃん。
始まりのゴングが鳴った瞬間、両者共に地面を蹴り上げる。
と、俺が認識できたのはそこまでだった。
ばぁちゃんの動きが速すぎて、上手く目で追えないのだ。
時折、リングの床が大きく凹んだり、ポールやロープが大きく弛み、その度に四天王は激しくダンスしていた。
多分ばぁちゃんの攻撃を躱しているのだと思う(ヤムチャ感)。
その様子をリングの端でぼーっと眺める俺。
いや、さぼっているわけではない。
さきほど負傷した箇所をくっころさんに治癒魔法で治療してもらっているのだ。
治りしだい加勢するつもりなのだが……
「先ほどは少々と言いましたが……その、実際に使えるのはキュアドロップだけで……それに、正直なところあまり得意ではありませんの」
と、本人が申し訳なさそうに事前申告していたとおり、お世辞にも手際がよいとはいえず、すでにかなりの時間を観戦&休息に費やしていた。
いや、それ自体は構わない。
厚意で治療してもらっているわけだし、大変有難い話だ。
だが、くっころさんはそれはそれは一生懸命に治療してくれており、治癒魔法をかけるために密着体勢になっていてるのだが……今くっころさんはラウンドガールの格好をしているわけで……しかも、元々はあの幼女のために用意されたサイズなわけで……何よりも、クロワッサンから醸し出された熟れた桃の花のような香りが嫌が応にも鼻孔内を満たしているわけで……まぁ、なんだ……意識を逸らすためにも、禄に見えもしない戦いを注視するしかないわけだが、正直さっきから何度も危険水域に入り……
“パンッ”
自らの頬を思い切り叩き、内なる戦いから外の戦いへしっかりと意識を向ける。
どうやら、四天王はばぁちゃんの一撃の重さを警戒してか、回避に専念しており、合間に隙が少ない炎魔法で反撃しているが、高速で跳び回るばぁちゃんに当たる気配は一向にないようだ。
当然、四天王は大技を放つタイミングを計っているが、ばぁちゃんも無理に当てにいかず、隙を作らない立ち回りをしているために、現状は膠着状態となっている……。
幼女がマイクで楽し気に実況する内容を聞く限り、現在の戦況はそんな感じらしい。
だが、その膠着状態はすぐに解かれることとなる。
ばぁちゃんが突然静止し、だらりと腕を垂らしたのだ。
「オウオウ、どうした!もう終わりか!なら今度はこっちの」
『キ……』
「あぁ!?」
『キェェェェェエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーー!!!』
いつもの奇声と共にその場から消えるばぁちゃん。
「ちっ!!」
飛びのいた四天王の脇腹を、ばぁちゃんの攻撃が軽くかすめた。
そのまま追撃するも、四天王のその大きな腕で薙ぎ払われ吹き飛ばされる。
一瞬肝が冷えるが、ばぁちゃんは吹き飛ばされた先のロープに着地すると、反動をつけて勢いよく再度四天王へ突っ込む。
先ほどから一転、両者の攻撃が当たることが増えてきた。
ただし、こちらがカス当たりばかりなのに対し、向こうは重たい一撃を当ててきている。
というのも、光の球の効果が切れたばぁちゃんは猛攻を仕掛けているのだが、攻め方が前がかり気味になっているようで、捕捉され手痛いカウンターをもらってしまっているのだ。
だが、どういうわけか、四天王は辛そうにしており、逆にばぁちゃんはピンピンしている。
このままいけば勝てるかもしれない。
とはいえ、このままばぁちゃんが傷ついていくのを、ただただ見ているわけにもいくまい。
何より、これ以上は俺の方がもちそうにないのだ。
心配するくっころさんにお礼を言い、身体に鞭を打って無理矢理立ち上がる。
さぁ、作戦開始だ!
土壇場で立案した今回の作戦。
俺とくっころさんだけなら危ない綱渡りだったが、ばぁちゃんがいるのならば話は別だ。
想定が外れた場合のケアも容易だし、何より成功率はかなり高まった。
何しろ、一番の難関だった四天王の足止めができているのだから。
俺はくっころさんに一つ目の合図をだす。
「本当に本当にこんな凶行に及ぶんですの!?」
「はい、お願いします」
「あとで恨んだり、苦言を呈したりしないと約束してくださいます?」
「えぇ、もちろん!遠慮なく全力で撃ち込んでください!」
「もうっ!分かりましたわ!破砕の戦槌よ、打ち抜け!羊羹ハンマー!」
俺の目の前に来るなり、腕を上へ向け両掌でお椀を作るくっころさん。
お椀の中に生成された大きな羊羹は、くるくると回転しながら次第に大きくなっている。
二つ目の合図を出す。
「閃羚役者!」
その呪文とともに、くっくろさんの全身が淡く光り始めた。
嫌が応にも引き寄せられた視線は、その神秘的な光に釘付けとなる。
俺や観客はもちろん、ばぁちゃんと四天王すら一時的にその動きをとめ、こちらを見入っている。
「今です!!」
思い切り振り降ろされる両腕。
“スッパァアアン!”
気もちのよい音を立てながら、俺の顔面に羊羹が叩きつけられる。
一瞬止まる呼吸と爆ぜ散る羊羹。
場の空気が止まった気がした。
顔の上に載った羊羹を手で払い落とし、口を開く。
「思い切り当たったけど、痛くも痒くもないなぁ!」
響き渡る俺の大声。
瞼から羊羹を滴らせながら周りを見渡せば、皆一様にかたまっている。
そして、次の瞬間には……
雷に打たれたかのようにガクガク震え始めた。
おっしゃ、来た!来た!世界の修正!!
当然、四天王も例外でなく、白目を剥きながらガクガク震えている。
そして、今この場で動けるのは俺だけ……ではない。
『キェェェェェエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーー!!!』
新聞紙を両手で握ったばぁちゃんが四天王へ飛び掛かる。
“スッパパパパァアアアアアアアアアン!”
防御態勢もとれぬ四天王へばぁちゃんの一撃がきれいに入る。
四天王はもの凄い勢いで打ち上げられ、風の膜に跳ね返って、真っ逆さまに頭からリングの上へと落ちた。
ベキョリッと嫌な音が、止まった世界に響き渡る。
そして、世界は動き出す。
「あなた本当に大丈夫ですの!?」
涙目で焦った表情のくっころさんが俺の顔をペタペタ触ってくる。
「えっ、えぇ見ての通りです」
「まったく……先に結果だけでも教えるべきですわ。心配したのですわよ」
そう言うと、明後日の方向を見ながら、小声でごにょごにょ言っている。
「そういえば、暗黒四天王は!?」
きょろきょろ見渡すくっころさん。
そして、リングの中央に大の字で倒れる四天王に気づき、両掌を口に当てて驚く。
観客たちも当然気づいたようで、今まで以上に騒めきだす。
「えっ……何が起こって……いつの間に?」
「おそらく、度重なる攻撃で限界が来たのでしょう」
「ということは……あなたの勝利?これで……これで終わりですの?」
四天王はピクリとも動かず、ばぁちゃんもじっと佇んでいる。
「えぇ、俺たちの勝利です!」
俺たちっていうか、ほぼばぁちゃんだけど。
その言葉を聞いた瞬間、感極まった顔になり、ついには泣き出してしまうくっころさん。
数日とはいえ、たった一人で魔族のもとで人質になっていたわけだ。
助かるとわかれば、泣きたくだってなるだろう。
こういう時、スマートに気の利いたセリフの一つでもかけられたらいいのだろうが、生憎そのようなスキルは持ち合わせていない。
俺にできるのは、これからのことを考えることぐらいだ。
ばぁちゃんは佇んでいる。
周りにまだたくさん魔族がいるというのにだ。
仮説でしかないが、リングを覆っている風の膜に何かしらの仕掛けがあるのではないだろうか?
では、試合が終わって風の膜が解除されたら?
周りは相変わらず魔族だらけ。
ばぁちゃんの暴走も心配だが、それよりも弔い合戦だとか言って、大量に乗り込まれたらそれこそ詰んでしまう。
そこでだ。
「シルコさん。一つ聞きたいんですが」
「18……19……なんじゃ?」
マイクでカウントを叫ぶ幼女へ問う。
10カウントじゃないのかよ。
「勝者は姫の総どりってルールでしたが、それは仲間になってくれるってことですか?」
「ふむ……あやつが勝手に言ったことじゃが……まぁ、考えてやらんこともないのじゃ」
ぐいっと袖を引っ張られる感覚がする方を見れば、ばぁちゃん……じゃなく、くっころさんがその大きな目で睨んできた。
巾着袋の口を開け、ばぁちゃんのハンカチを拝借し手渡すも……そうじゃないみたいな顔をされる。そうだよな、さっきの泣いてたタイミングで渡すべきだったよな。
「仲間になってもらえるなら、風の膜を解除するのを待ってもらえませんか?」
そう、ここは戦場のど真ん中だが、包囲戦である以上いずれは味方がたどりつくはずだ。
……大負けしてなければ。
なので、それまではこの風の膜の中で休息させてもらおうではないか。
戦っている味方には悪いが、敵将を討ち取る大金星をあげたのだ。文句は言われまい。
「今から勝った時の話をするとは気が早いのぉ」
そう言いながら、クスクス笑う幼女。
「……?だって試合はもう終わって……」
「う……うそ……」
震える声で袖をグイグイ引っ張るくっころさん。
なんだかとてつもなく嫌な予感がする。
恐る恐る震える指が差す方を見る……
そこでは、四天王がよろよろと立ち上がっていた。
おいおい、嘘だろう!?
「が……はは……さすがに効いた……ぜ」
『キェェェェェエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーー!!!』
間髪入れずに飛び掛かるばぁちゃん。
「シルコォオオ!!秘密兵器だ!」
「うむ、ほいきた」
四天王が炎に包まれるのと、何かが高速で四天王の元へ飛んでいくのと、ばぁちゃんが新聞紙を振り抜いたのはほぼ同時だった。
ばぁちゃんが振り抜いた新聞紙は四天王を真芯でとらえた。
しかし、四天王は仁王立ちのまま、ずっしりと構えている。
見れば、新聞紙は肌まで到達しておらず、身体表面を覆う炎で止まっていた。
そして、四天王は手に持ったパイプ椅子を大きく振りかぶると、思い切り振り抜く。
そんな大振りな一撃、当然ばぁちゃんは回避……せずに、思い切り吹っ飛ばされた!?
『ばぁちゃん!!』
ポールに激突し、ずるりと落下するばぁちゃん。
「がははは……秘密兵器炸裂ってな」
豪快に笑う四天王。だが、その声色には覇気がない。
まさかの逆転劇に会場は大盛り上がりだ。
だが、四天王は観客に応えるのでもなく、ばぁちゃんに追撃しにいくのでもなく、露出した口元を歪ませて苦しそうにしている。
そこへ復活したばぁちゃんが襲い掛かるが、やはり攻撃は炎の膜に阻まれる。
そして、パイプ椅子で吹き飛ばされる。
だがやはり追撃にはいかない。
その間にも四天王の全身を覆う炎はその勢いを増しているのだが、どうにも変な感じだ。
一定の周期で波打つというか、心臓の鼓動のように脈動しているのだ。
なんだか、炎の形をした生物に蝕まれているような……。
それを裏付けるかのように、さきほどまでは無事だったマスクやサラシが燃え始める。
観客たちも不審に思い始めたのか、歓声は減っていき、騒めく声が増える。
そして、マスクが燃え尽き、その素顔が明らかになると、会場は謎の沈黙に支配された。
どうしたのかと四天王の顔を見れば、複眼の間、額の中心に丸いランプが灯っていた。
そして、カラータイマーのように点滅しており、それに合わせ全身を覆う炎が脈動し、その度に四天王は苦しそうにしている。
「おおっと、なんと長らく隠されてきたマスク・ド・カルナバルその素顔が明らかに!なんと驚き!暑慧鬼ゼンザイ!魔族でありながら蛍人族の特徴を備えていた!そして、蛍人族の代名詞、蛍の光はもう始まっているのじゃ!」
静まり返った会場に響く、幼女の実況。
次の瞬間、会場は悲鳴に包まれ、蜘蛛の子を散らすように観客は一斉に霧の中へ逃げ出す。
ついには数えるだけの魔族しかいなくなってしまった。
「がははは……随分と数が減ったじゃねぇの……恐れをなして逃げたか。たく、情けねぇ」
苦しそうにそう吐き捨てると、こちらへ向き直る四天王。
「いいことを教えてやる。この魔法はどんな攻撃も防ぐが、術者を蝕み最後にゃ自爆する。まぁ、一度きりの奥の手ってやつだ」
つまり、ほっといてもこちらの勝ちってことか。なら……
「おおっと!逃げるだなんて冷めた真似しないでくれよなぁ……シルコォ!」
幼女が指を弾くと、リングを覆う風の膜が何重にもなったようで緑色に変わる。
くそっ、ばぁちゃんに背負ってもらって、無理やり離脱しようと思ったのに。
しかし、不味いな。
自爆するまでに倒せば解除されるのか?
いや、そもそも攻撃が通らないんじゃどうしようもない。
今もばぁちゃんが背後から襲い掛かるも、炎の膜を破れない。
「さらにこの秘密兵器だ」
パイプ椅子で吹っ飛ばされるばぁちゃん。
「こいつのまわりでは、お互いに攻撃は受けなければならない」
は……なんだそりゃ!?
だからばぁちゃんが回避もせずに食らっているのか。
でも、自分は炎に守られてるとか、糞ゲーすぎんだろ!
「さぁ、奥の手に秘密兵器と出せるもんは出した。最終ラウンドといこうぜぇ!」
正真正銘の最終ラウンドが今始まる。




