御手洗家の流儀
先ほどまでの空気から一転、不安気に騒めく兵士たち。
“パンッ!!“
耳をつんざくような柏手により、一瞬の静寂。
「皆、落ち着きなさい。子細を」
穏やかな声色で伝令の兵士に語り掛ける将軍。
「はっ、タメィゴ望楼に駆け込んだ商人により発覚。急ぎ斥候を向かわせたところ、すでにヴェイニク村を含むいくつかの村落が陥落したとのことです」
「敵の規模は?」
「斥候の報告では推定五千から六千とのことです」
「妙ですね……あの位置の村ならば、ザッハ砦かリンツァー砦、もしくはケーゼ砦を通る必要があるはず。しかし、砦が攻撃を受けた報告は受けていません」
「そういえば……将軍お耳にいれたいことが」
シフォンが将軍に進言する。
「何でしょうか?」
「先日、大森林の巡回中に魔族3分隊と遭遇しました。もしや、連中は分隊単位で森を抜けてきたのでは?」
「なるほど……しかし、巡回の隙間を縫って、数千もの兵士をバレずに移動させるのは現実的ではありません。と、なると……」
「しびれを切らしてワサン盆羊羹から出てきたのだろう」
威厳のある男性が兵と役人を引き連れやってきた。
一斉に敬礼のようなポーズをとる一同。
とりあえず、俺たちも真似して同じポーズをとる。
「火急の事態ゆえ敬式は不要。将軍よ、評定の間へ。軍議を開くぞ」
「かしこまりました。では、餅太朗殿、失礼します」
将軍はそう告げると、兵を引き連れ去っていった。
「異界の旅人よ、慌ただしくてすまないな。夕餉で異界の話を聞けるのを、楽しみにしていたのだが、とても残念だよ。あぁ、自己紹介が遅れたな。私はアンバー。フォールロックの総督だ」
中指と薬指を折った両掌で胸を軽く二度叩き、そう告げる威厳のある男性。
どうやら、この金髪オールバックの渋いおじさんは総督らしい。
総督などと訳されているが、単なる街のトップではなく、実際にはこの周辺一帯を治める辺境伯のような存在だったはずだ(女神調べ)。
「こちらこそ申し遅れ申し訳ございません。私は御手洗餅太朗と申します。お会いできて光栄です。私の故郷の話は、魔族を撃退した祝勝会の場にでも改めて」
見よう見まねで、中指と薬指を折った掌で胸を叩き、そう返す。
「ははは、それは早々に片をつけねばならんな」
「えぇ、人類の勝利を祈っております。もし、何かお力になれることがあればお申し付けください。微力ながらお手伝いさせていただく存じます」
「ふむ……それは有難い。貴殿の心意気、しかと将軍に伝えておこう。では、この後軍議が控えているのでな、失礼する」
そう告げると、総督は兵と役人を連れて去っていった。
こんな状況なので、夕飯は部屋で食べることになり、シフォンとばぁちゃん、それに戻ってきたメープルと食べた。
なお、ミントさんがまだ帰ってこないらしく、クッキーは宿で待っているらしい。
ちなみに、ヌレなんとかだと思われるソテーは、臭みとクセのある脂がクドいほどにのっていて、正直美味しいかと言われるかと微妙なところだった。
メープルと感想や改善案を話し合っている内に、だんだんと夜は更けていった。
-次の日-
乱暴にドアを叩く音で目が覚める。
あと5分……まだ靄のかかった頭でそんなことを考える。
ドアを叩く音はやまない。
……まさか緊急事態か!?
ばっと、起き上がり、急いでドアを開ける。
ドアを開けた先にいたのは、高貴そうな出で立ちをした少女だった。
「遅い!いつまでま……きゃぁあああああ!!!」
少女は顔を真っ赤にし、叫び声をあげる。
……そういえば、急いで出てきたから裸のままだった。
「あはは……失礼しました」
そう言って掴んだドアノブを引こうとする。
『どうしたの、もっちゃん、叫び声が聞こえたけど?』
部屋の奥からばぁちゃんが出てきた。
「っ!!!なっ、何故二人とも全裸なんですの!?まっ、まさか!!」
そっと、ドアを閉める。
「どうした朝っぱらから。誰か来たのか?」
小部屋の扉が開き、メープルが欠伸をしながら出てきた。
扉の隙間からは、へそ天ポーズでスヤスヤ眠るシフォンも見えた。
いや、君ら護衛なんだから先に出ておくれよ。
寝ぼけてよく考えずに開けてしまった自分が悪いのだが、つい責任転嫁をしてしまう。
……えっ?何故全裸なのかって?
寝る時は全裸。
それが御手洗家の伝統なのだ。
流石に野営中は我慢して服を着て寝るが、安全に寝られる時くらい、衣服という抑圧から解放されたいと思うのは、人として当然のことだろう。
まぁ、そのせいで失態を犯してしまったわけだが……。
乱暴なノックはなくなったものの、おそらく変わらずドアの向こう側にいるだろう相手に応対すべく、ノロノロとクローゼットへ向かう。
聊か気まずいし、あらぬ誤解を解くのも面倒なため、着衣が遅々として進まないのは仕方ないことだろう。
たっぷりと時間をかけ、不思議な肌触りの高級感が感じられる服に袖を通す。
‐5分後‐
恐る恐る扉を開けると、こちらの淡い期待を他所に、変わらず少女が立っていた。
さっきは一瞬だったので気にならなかったが、少女は大きく弧を描いたツインドリルという、なんとも奇抜な髪型をしていた。
茶色い髪色も相まって、でかいクロワッサンに見える。
そんな彼女は、どう見ても特注なブレストプレートの前で腕を組んで仁王立ちし、不機嫌さを前面に押し出した顔でこちらを睨んでいる。
ただ、くりくりとした大きな目のせいか、あまり怖さを感じない。
「……お待たせいたしました」
「遅いっ!服を着るだけでどうしてこうもかかるのです!」
「いやぁ、申し訳ありません。ところでどういったご用件で?」
「将軍がお呼びですわ!」
そう告げるなり、さっと踵を返し、早足で歩きだす。
ばぁちゃんを背負い、急ぎついていく。
一言の会話もないまま、執務室の前にたどり着いた。
「御手洗餅太朗殿、千代子殿をお連れいたしましたわ」
さっきまでと違い、品のあるノックと上品な声色でそう告げる女性。
「ご苦労様でした、お入りください」
何故か少女にキッと睨まれながら、開けられたドアを通る。
「あなたたちは扉の外で警備すること、よろしくて?」
少女はメープルとシフォンにそう告げ、扉を閉める。
そして、自身は扉の内側に陣取る。
執務室の正面。
そこでは将軍が椅子に座り、執務机に目を落として何かを書き連ねていた。
「お呼びだてした上で心苦しいのですが、これを書き終えるまで少しおまちください」
将軍はそう答えるが、昨日に比べ覇気がなく、両目には深い隈をこさえていた。
待っている間にばぁちゃんを隅の椅子へ座らせ、体調を聞いたり軽く雑談する。
そうしている内に、走らせていたペンを置き、近くに控えていた兵士に書類を渡す将軍。
そして、ため息を吐いた後に、こちらに向き直る。
「おまたせいたしました」
「いえ、お構いなく。ところで、どういったご用件でしょうか。やはり……昨日の件で?」
「はい、軍議の結果、本日中に軍を派遣することになりました」
「それは急というか……可能なのですか?」
「まさかこんな位置に突如数千もの魔王軍が出現するとは予測していませんでしたので、正直なところ厳しいですね……」
机の上の地図には魔族を模した駒が置かれていた。
駒はフォールロックから続く大きな川のほとりに置かれており、フォールロックと駒、そしてザッハ砦の三点を結ぶと、ちょうど二等辺三角形ができそうな位置関係のようだ。
「素人考えで恐縮ですが、もう少し準備に時間をかけたほうがいいのでは?」
「各砦や町村に通達し兵を集めたいところですが、そうもいかぬのです。今朝方入った知らせによれば、このままだとあと3日もすれば、魔王軍はこちらにたどりつくようです」
「3日!?数千の兵の行軍にしては早すぎませんか?」
大勢の移動というのは、とにかく時間がかかるものだと友人は言っていた。
「それが魔族の恐ろしいところです。健脚で疲れ知らず、そして月明りのない夜でも行動し、かつ、悪食で飢えにも強い。やつらの進軍速度は規格外なのですよ」
なるほど……人型とはいえ、ゴキブリはゴキブリなのか。いやはやタチが悪いな。
「話というのは行軍に参加するということでしょうか?」
「……」
こちらの問いかけに対し、難しそうな顔をして黙る将軍。
やがてゆっくりとその口を開く。
「はい、そういうことになります。力を蓄えたらどうかと伝えた手前、なんとも情けない話なのですが、今は一人でも多くの戦力が欲しいのです。それに急がねば進路上の村々に暮らす人々が……どうか力を貸してもらえないでしょうか?」
そう言うなり椅子から立ち上がり、頭を下げる将軍。
「えぇ、もちろん。こんな状況ですから、協力するのは当然のことです」
「ありがとうございます!」
力強く将軍に握手されたのだが、正直かなり痛い。
安請け合いしてしまったが、仕方ないことだろう。
まぁ、俺はお荷物にしかならないのだが。
そうだな、石板でも生成してばぁちゃんに投げてもらうのはどうだろう?
ばぁちゃんなら遠くまで飛ばせそうだし、軍勢相手にはいいんじゃないかな。
「そのような下賤な者に頭を下げるなんて……名家たる羊羹・ベーレンゲイ家の名を石や岩が細かく砕けて平らになったものに落とすような真似は控えるべきではなくて?」
どこか苛立ちを孕んだ声色に背後を振り返れば、少女が優雅な足取りでこちらへ歩み寄ってきた。
「ラクラ殿、口が過ぎるのでは?彼らは客人であり、女神より遣わされた使者なのですよ」
「あら、本当のことではありませんか。それとも、老婆趣味の露出狂が下賤ではないと?」
「いや、あれは誤解でして……」
「餅太朗……殿?」
将軍がすごい形相でこちらを見てくる。
「それに女神の使者というのも眉唾ものですわ。そのような神託があったとは、教会はおろか、どの神殿からも聞いてませんでしてよ」
「……それは確かにそうですが」
そう言いながら、顎に手をあてる将軍。
……あれ?
なんだか風向きがよくないぞ。
「それに、その貧相な体つきに装備……あなた、本当に戦えますの?」
「いや、戦うのは俺じゃなくて、ばぁちゃんですね」
「御婆様に戦わせるつもりですの!?」
さっきまでの声調から一転、素で驚いた声になる。
「いや、こう見えて女神さまより授かった勇者特典があるんで、とっても強いんですよ!」
「だからといって老人に戦わせるわけにはいきませんわ!それにあなた、愛人を戦わせておいて自分は戦わないおつもり?」
「いや、だからあれは誤解です!それに愛人じゃなくて実祖母です!」
「なお業が深いじゃありませんの!!」
「あー!だからそうじゃなくて!!あと、俺も戦います!……正直弱いですけど」
「勇者……今、勇者と言いましたか?」
底冷えするような低い声が聞こえ、言い争いが止まる。
「神に仇なす神敵……勇者の名前が聞こえましたが?」
恐る恐る二人してそちらを見れば、修羅のような形相で将軍がこちらを見ていた。
あっ……やべ、またオレやっちゃいました?(1日ぶり2回目)




