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これはベンですか? いいえ、これは

 「彼らは骨格の構造上オーバースローで物を投げられないんだ。でも、球速やコントロールが悪いわけじゃない、それは見ての通りだね。ふふふ、ははははは!こんなに笑ったのは久しぶりだ。これだけ人がいるというのにね、余程君のことがお気に召さなかったとみえる。ほら、そこのトイレで顔を洗ってきなよ。あっ、そのハンカチは返さなくていいからね……」



“パッアァーーン!”


“パッアァーーン!”


 夕陽が差し込む練兵所に反響する破裂音。

 一定のリズムで壁に叩きつけられるソレは、壁の一角を既に黒く染めあげ、床に広がる泥塊をどんどんと肥大させていた。

 

 俺の目の前には、いつぞやのように全身の毛を逆立て、大きく振りかぶる一頭のゴリラ……いや、将軍がいた。


 尻からひねり出したそれを、美しいアンダースローのフォームで流れるようにスイング。

 うねりを上げながら壁に一直線へ向かったそれは、壁にぶつかると軽快な破裂音を伴って盛大に飛散し、跳ね返りの一部が頬につくのを感じる。


 俺は一体何を見せられているのだろう……。

 兵士たちと共に、快投劇を観覧しながらそんなことを思う。



‐時は遡ること二刻前‐


 

 まるで真冬のように冷え切った執務室。

 真っ先に動いたのは、メープルだった。


 「ばっ、馬鹿!!大変失礼いたしました!!ほら、お前も!」

 そう言うなり、俺の頭を押さえつけ、力任せに下げさせる。


 「もっ、申し訳ございませんでした」

 

 「この者は異世界の出ゆえ、こちらの常識に疎いのです!どうかご容赦いただけないでしょうか!?」


 「えぇ、もちろん。このようなこともあるだろうと、書簡に書かれていましたから」

 そう言ってにこやかに笑い、机の上の手紙に目をやる将軍。

 どうやら、砦長さんのおかげで命拾いしたようだ。


 「寛大なご配慮ありがとうございます」


 「ふふ、こんなナリですので、よく大猩々(ゴリラ)の亜人と間違われるのですよ」

 おどけた表情と仕草でそう告げる将軍。

 

 こちらが責任を感じぬように、あえて、そう振舞ってくれたのだろう。

 事実、場の雰囲気も幾分か和らいだ気がする。

 将軍はできた人だと砦長さんが言っていたが、本当のようだ。


 「一応伝えておくが、大猩々(ゴリラ)じゃなくて、大猩々(ゴリラ)だからな」

 耳元でメープルがそう囁く。

 しかし、悲しいかな、俺には両方同じに聞こえるんだが……。

 これも翻訳の都合なのだろうか?

 さっきはつい口が滑って大失言をかましてしまったようだし、メープルの忠告通り、相手の種族については細心の注意を払ったほうがよさそうだ。



 「さて……書簡にはあなた方の処遇について判断して欲しいと書かれていました」

 偉い人が座ってそうな椅子に腰かけ、書簡に目を通しながら、徐に話し出す将軍。


 「本来なら、教会本部へ報告し指示を仰ぐのが筋でしょう」


 「教会本部……ですか?」


 「えぇ、魔族と戦うのであれば、教会指揮下の北方(ほっぽう)万頭(まんじゅう)軍に所属するのが一番ですから。しかし、その前に一度、あなた方の意向を確認したいと思い、今回御呼びしました」


 「意向といいますと?」


 「軍に所属すれば、自由に動くのは難しくなります。そして、忌々しいことですが、現状人類が優勢とは言えず、アルファ大森林北を防衛ラインとし、魔王軍の侵攻を何とか防いでいるのが実情です。とてもではありませんが、すぐに魔王の首に手が届くことはないでしょう」


 去年もザッハ砦も堕とされかけたみたいだしな。

 おそらく、魔族はクッキーと同程度の戦闘力をもっているのだろう。

 あのバグった身体能力に加えて魔法まで使うのだから、正面から戦って万人族側が勝つのは相当難しそうだ。


 「あなた方の旅の目的は魔王の討伐と伺っております。相当な実力者とのことですし、もし、別のプランやビジョンをお持ちのようでしたら、そちらを優先してくださって結構です。教会本部には私のほうから上手く伝えておきましょう」

 

 有無を言わさず前線に放り込まれたり、いいようにこき使われる可能性も危惧していたのだが、随分と融通を効かせてくれる。

 


 しかし、別プランか……。

 魔王がどこにいるか知らないが、脳筋でなければ前線に出てくることはないだろう。

 そうなると、敵地に潜入し探す必要があるが、周りは敵だらけ。

 街にも寄れず補給すらままならないだろう。

 だとしたら、提案に乗り、軍属して軍勢で領地を広げていったほうが確実だろうか?

 

 いや、それだと時間がかかりすぎるし、そもそも万人族側は押され気味なのだ。

 こちらにはばぁちゃんがいるとはいえ、個の力では限界があるだろう。

 そうなると、やはりRPGよろしく少数精鋭で敵地へ乗り込むのが正解か?

 せめて、魔王の所在地さえわかれば……待てよ?


 《女神さま、魔王の所在地って調べられませんか?》

 窓の桟に座り外を眺める女神に尋ねる。


 《そういった流動的な情報はアカシックレコードには載りませんので、調べられません》

 そうか……ダメか。


 

 「ふむ、すぐに決めろというのも酷ですかね。では、しばらくこの街に滞在するというのはどうでしょうか?」

 こちらが悩んでいる様子を見てか、将軍は新たな提案をしてくる。


 「違う世界となれば常識や習慣が異なるでしょうし、この世界のこともまだよく知らないのではないでしょうか?この街で力と知識を蓄え、今後の備えをするのです。私の権限で可能な限りですが、必要な人材や物資は派遣しましょう」


 これまた随分とこちらに都合のよい提案がきたものだ。

 条件がよすぎて怪しく思えてしまう。


 「それは大変ありがたいのですが……何故そこまでしていただけるのでしょうか?」


 「悪しき魔王を打倒せよと、あなた方は神に遣わされた。それが神の思し召しとあらば、協力するのは一信徒として当然のことです」

 そう言って胸の前で掌を組み、目を瞑る将軍。


 すぐ横には胸の前で腕を組み、どや顔の女神。

 くっ……ミルク姫の容姿のせいで、そんな態度すらかわいく見えてしまう。



 まぁ、それはともかく、提案自体は悪くない。

 先日の手合わせの時のような体たらくでは、魔王探しになんて行けないからな。

 一度腰を落ち着け、知識を蓄えながら修行をするべきだろう。

 その分帰還が遅れてしまうが、死んでしまったら元も子もないからな。


 『ばぁちゃん、しばらくこの街に滞在しようと思うけどいいかな?』

 『構わないよぉ。久しぶりの旅行でばっちゃ疲れちゃった』

 『そっか、じゃあしばらくゆっくりしよっか』


 「ではお言葉に甘えさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 「えぇ、もちろん。では、部屋を用意してありますので、案内させましょう」

 そう告げ、机の上のベルを鳴らすと、メイドさんが何人か入ってきた。

 おぉ……本物のメイドさんだ!しかも猫耳!!



 リズムよく揺れるしっぽを眺めている内にたどり着いたのは、来賓用と思われる豪華な一室だった。

 ただし、豪華ながらもシックな色調の家具で統一されているためか、嫌みな感じはない。

随分と待遇がいいもんだ。

 入口付近には従者用の小部屋があり、メープルたちは交代でそこに詰めるようだ。

 なお、メープルはクッキーたちに伝えるために一旦宿へ帰っていった。



 ベッドの上で寛いでいると、部屋の扉がノックされる。


 「カキゴリウス将軍より伝言です。ぜひお見せしたいものがあるので、急ぎ練兵所へお越しくださいとのことです」

 扉の向こうからメイドさんの声が聞こえる。


 急ぎ見せたいものとは何だろうか?

 不思議に思うが、特にやることもないので、シフォンと共に部屋を出る。

 なお、ばぁちゃんは疲れたから部屋に残るとのことだった。


 メイドさんの揺れるしっぽを眺めながらしばらく歩くと、広い空間に出る。

 どうやら吹き抜けになっているようで、階下は中庭のようになっているようだった。


 階下からは騒めく声と、一定のリズムで破裂音が聞こえる。

 多分、中庭が目的地の練兵所なのだろう。



 吹き抜けから階下を覗くと、練兵所には兵士の人だかりができており、その中央では将軍がそれはそれは美しいフォームで何かを投げていた。


 「将軍!もうお止めください!」

 兵士たちは青ざめた顔で将軍を止めようとしている。


 将軍はそんな制止も聞かず、徐に腕を背中側に回すと、そのままお尻の位置に手をやる。

 すると、俺の位置からは尻に隠れて掌が見えなくなる。


 そして、再びお尻から腕が出てきた時……。

 

 その大きな掌には、黒い物体が握られていた。


 ……え?

 おいおい、嘘だろ?


 そして、先ほどと寸分変わらぬ美しいアンダースローのフォームで、握りしめたそれをスイングし、壁にぶつかったそれは軽快な破裂音を伴って盛大に飛散した。



 いやいや、まさかとは思うが、急ぎ見せたいものってあれじゃないよな?

 

 「これ以上はお止めください!」

 再度兵士が止めに入る。

 

 「いえ、まだです!客人にお見せする以上、もっと仕上げなくては」


 ……あっ、これだったわ。

 急ぎ見せたいものこれでしたわ。


 えっ……帰っていいかな?


 「精が出るな、将軍」

 人だかりに貫禄のある男性が加わる。


 「相変わらず見事な腕だ。客人もさぞ驚くだろうな」

 うん、すっごく驚いたよ。だから帰っていいかな?

 

 「いえ、まだまだです。弾筋が安定していませんし、本番でかような失態を見せるわけにはまいりません」

 いや、これ自体が失態そのものなんですが。

 

 「そうか、だが無理はしないようにな」

 そう告げて、貫禄のある男性は去っていった。



 ……よし、帰るか。


 俺にはあぁいうのを見て喜ぶ趣味はない。

 いや、もしかしたら、この世界じゃよくある出し物なのかもしれないが……文化の違いってやつだな、うん、これは受け入れられんな。


 「おい!降りて来ないのか!?」

 先に降りたシフォンがこちらに呼びかける。

 余計なことを。


 将軍にも気づかれたので、仕方なく降りる。



 「えぇっと……お待たせしました」

 「いえ、よく来てくださいました。夕餉まで今しばらくかかるとのことでしたので、少しばかりお見せしたいものがありましてね」

 夕食前に見せるのがこれかよ。


 「ノエル砦長の書簡に、魔法での戦い方を指導してやってほしいと書かれていました。聞けば魔法のない世界から来たのだとか。であれば、魔法がどういったものなのか一度お見せしようと思ったのです。実は私、こう見えても羊羹魔法には自信がありまして」

 そう言うなり、お尻に手をあて再度黒い塊を出す将軍。



 あー……羊羹、羊羹ね!!


 やっ、やだなぁ!勿論わかっていたさ、当たり前だよな。

 それしかないじゃんね、うん。

 むしろナニと勘違いしてたんだよなって話だよな。


 『もっちゃん、ゴリラさんがウン』

 咄嗟にばぁちゃんの口を掌でふさぐ。

 うん、ちょっと黙ってようか。


 しかし、魔法での戦い方か……。

 どうやら、砦長さんが気を利かせてくれたようだが、残念ながら教えてもらっても、魔法使えないんだよな。


 だが、この流れで別にいいですとは断りづらい。

 シフォンも何かを目で訴えかけてきている。

 しかし、いざ指導されたのに、いつまでたっても使えないのも角が立つんじゃなかろうか。


 何か断るのにいい方便はないだろうか?

 そう考えながら、将軍の顔を改めて見ると、顔が真っ青だった。


 「あー、折角のお申し出大変ありがたいのですが、失礼ながら、体調が優れないようにお見受けしますが」


 「将軍、この者のいう通り、本日はもうお休みください!大変な顔色をされていますよ!」

 年配の兵士が具申する。


 「皆様も心配されているようですし、また日を改めてはいかがでしょうか?」

 さぁ、これでどうだ?


 「はは、お構いなく。少しキレが悪くなりましたが、まだまだ捻り出せます」


 そう言うなり、再びスイングを始める将軍。 


 ……。


 「魔力をこれ以上捻り出すのはおやめください!御身体に障ります!」

 

 あー……魔力、魔力ね!!


 やっ、やだなぁ!勿論わかっていたさ、当たり前だよな。

 尻から捻り出すモノのなんて魔力しかないじゃんね、うん。

 むしろナニと勘違いしてたんだよなって話だよな。


 『ゴリラさんがウン』

 だから、ちょっと黙ろうか。


 《勇者餅太朗、何ゆえあの者はウン》

 《女神さまも少し黙ってましょうか》


 折角人が必死にそう思わないようにしているんだから、二人とも協力してほしいものだ。


 「しかし、腹の具合がよくないせいか、どうも水っぽくて形が保てませんね」

 そう言いながら、腹をさする将軍。



 ……やっぱウ〇コじゃねぇか!!


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