勇者の孫
「皆さま右手をご覧ください。ブラン山脈を塞ぐようにそびえたつ漆黒の巨岩が見えますでしょうか。あの巨岩こそ、フォールロックのシンボルであり、その名の由来ともなった巨大隕石……通称エアラクリスでございます」
言われた通りにそちらを見れば、もはや山ではないかと疑ってしまうほど巨大な黒い岩がそびえたっている。
俺たちを乗せた舟は隕石の方へ舵を切る。
そして、船はゆっくりと隕石へ近づいていくが、近づくにつれその巨大さがより一層感じられ、圧倒される。
何をしてるかって?見ての通り観光だ。
昨日、街に入ってすぐにメープルが将軍へのアポをとりにいった。
その結果、次の日の夕方……つまり、今日の夕方に会えることになったらしいのだが、それまでヒマになったので、こうして観光をすることになったのだ。
そういうわけで、隕石くぐりツアーに参加しているのだが、どうやらフォールロックといえばコレ、というくらいにド定番な観光名所らしい。
メンバーは俺とばぁちゃん、メープル、そしてシフォンだ。
街中だし護衛は一人いれば十分ということで、当初はメープルだけが付き添う予定であり、シフォンなんぞは、ふん、隕石くぐりなんて子供の頃から飽きるほどしているから俺はいい、などと宣っていた。
だが、今朝迎えに来たメープルと共に宿を出ると、向かいの建物の壁に寄り掛かるシフォンの姿。
空気を読んで誘うと、仕方ないなと言いながらついてきて、現在は尻尾をブンブン振りながらばぁちゃんに得意げに解説をしている……分厚いガイドブックを片手に。
楽しそうだね、君は。
ちなみに、ばぁちゃんも異世界語なんてわからないだろうに、相槌をうっている。
そして、楽しそうといえば、もう一人。
視線を右上へずらせば、乳白色の長髪をたなびかせ、ふよふよと浮かぶ掌サイズの天使の姿。
《大きいですね!勇者餅太朗!今からあれをくぐるのでしょう?人の子も珍妙なことを考えますね!隕石の下などくぐって何が楽しいのでしょうね!》
そう、女神だ。
舟に乗りこんだ途端に鑑定が勝手に発動し、左下のウィンドウから飛び出てきたのだ。
そんなことが出来たのかと驚くと同時に、観光情報をやけに熱心に調べていた理由に合点がいった。
どんな理屈かは知らないが、この状態だと女神も見たり聞いたりできるほか、俺から離れすぎなければ、ある程度自由に動き回れるらしい。
ただし、物を持ったりはできず、姿や声も俺にしか知覚できないそうだ。
しかしながら、いつの間にかドット絵じゃなくなってるし、ガイドさんと御揃いの服装になっているし、本当に何でもありだなこの奇跡。
今まで使ってなかったので、この前の奇跡改変の際に得た能力なのだろう。
あれ?待てよ。
そういえば設計が難航したとかで、最初の申告よりも随分とMPを持ってかれたのだが……まさか。
《勇者餅太朗!何やら興味深い話が始まりましたよ!耳を傾けるのです!》
もう心の声は聞かれていないはずだが、絶妙なタイミングで話を逸らしてくる。
「皆さま、万魔大戦はご存知でしょうか。今から約200年前、オーセン平原の支配権を賭け、万族と魔族が総力をあげてぶつかりました。しかし、凶悪な魔獣を使役する術を覚えた魔族の前に、人類は敗れてしまいます。首都ルーデルまで撤退する人類。追いかけてくる魔王率いる魔王軍。民間人を伴うこちらの撤退速度は遅く、このままでは全滅必死。そのときでした。少数の護衛を連れ、聖女リコリスが魔王軍へ決死の攻撃を仕掛けたのです。しかし、いくら聖女といえど多勢に無勢なのは明白。そう、聖女は皆を逃がすため、その身を犠牲にしたのです。そして、神々は人類を見捨てはしませんでした。空から現れたのは、漆黒に輝く巨大な隕石。隕石は全てを砕き、魔王軍を殲滅し、魔王にも深手を負わせました。聖女の祈りが奇跡を起こしたのです。その後、人類は反撃に転じ、オーセン平原を取り返しました。そして、聖女の命と引き換えに人々を救ったその隕石は、この都市の象徴となり、偉大な聖女リコリスの名からエアラクリスと呼ばれるようになったのです」
《へぇ、そんなことがあったんですね!》
「あれ?女神さまが起こした奇跡なのでは?」
《いえ、知りません。精霊神の誰かでしょう》
「えぇっと、この世界を管理してる下位の女神でしたっけ?」
《その通りです!こんなやり方をするのはおそらく……あっ、何か浮かんでますよ!》
そう言うなり、舟から飛び出す女神。
行き先へ目をやると、水面に無数の白い花が浮かんでいるのが見えた。
視線を周囲に巡らせば、湖の水際にはその白い花が群生しているようだった。
《なんの花なんでしょうか?きれいですね!》
いつの間にか戻っていた女神だが、その髪にはミニチュア版の白い花を挿していた。
「白い……彼岸花ですかね?」
女神が挿していたのは、彼岸花だった。
この世界だとこんな時期に咲くのだろうか?
《あー、なるほど!なんでも近々、英霊を弔う祭があるのだとか。明かりを灯した彼岸花を川に流すのですが、とっても幻想的な光景で一見の価値あり、とアカシックレコードに記載されていました。ぜひ見にきましょう!》
「いや、観光に来たわけじゃないんですが」
てか、アカシックレコードをる〇ぶ感覚で使って大丈夫なのだろうか。
「おい、さっきから誰と話している?」
ふいにシフォンが心配そうに尋ねてきた。
やべっ、そういやさっきから声に出ていたか。
なまじ女神の姿が見えるからか、どうも声に出ちゃうな。
「それに虚空を見つめて……まさか、精霊さん!?精霊さんがそこにいるのか!?」
いや、違ぇよ!……いや、精霊神が下位の女神なのだから、上位のこの女神も精霊みたいなものだとすれば、違わないのか?
こちらの喧騒を他所に、舟は白い花畑を割っていく。
「やはり隕石くぐりはいいものだな、洞窟内のあの仄暗さがまた神秘的な……」
《楽しかったですね!勇者餅太朗!後でもう一度乗りましょう、今度は後……》
両側から聞こえる雑音に相槌を打ちながら、尻を持ち上げて椅子に座りなおす。
そして、欠伸を噛み殺しながら窓の桟に腕をつき、外の雑踏に目をやる。
目の前は大通りになっているようで、異国情緒を感じられる雑多な店が所狭しと立ち並び、そこに集まる人々の活気と熱気で満ち溢れている。
石造りの建物の軒先では、犬耳の女将が寸胴鍋の横で虫取り網を掲げ、集まる衆人に何かを呼びかけ、すぐ隣の中東のバザール風の店の前では、褐色肌の怪しげな商人が、4本の腕で色とりどりな虫取り網を持ち、客にひけらかしている。
見渡せばやはり万人族が多いものの、他の種族もよく見かける。
今も猫獣人の集団が、思い思いの虫取り網を携え、はしゃぎながら通り去っていった。
「あらまぁ、ジャガランディなんて珍しいねぇ」
どうやら猫じゃなかったらしい。
「あれはクマかな?」
「きっとビントロングだよぉ」
「あー……鹿?」
「シフゾウじゃないかしら」
「あれは分かる、虎だよね?」
「トラ柄のネコちゃんだねぇ」
何だそのひっかけ。
てか、ばぁちゃん詳しいな。動物好きなのは知ってたが、凄いな。
動物要素なんて耳や角、ちょこっと生えてる毛くらいなのによく分かるもんだ。
「何やってんだ?」
扉が開き、小奇麗な恰好をしたメープルが入ってきた。
「うーん、種族当てクイズ」
「へー、見ただけでわかるのか?」
「まぁね」
分かるのかって?ばぁちゃんが猫と言ったなら、それは猫なのだ。
「だけど、種族を探られるのを嫌うヤツもいるから、面と向かっては言わない方がいいぜ」
「ふーん、そういうもんか」
「シフォンみたいに種族に誇りをもってるヤツも同じくらいいるけどな。まっ、そろそろ行くぞ」
ようやくか。
そんなことを思いながら、夕陽の差し込む窓際から離れ、伸びをする。
今だ興味深そうに窓の外を見つめるばぁちゃんと手を繋ぎ、出口へと歩き出す。
そして、荘厳な装飾の施された柱や壁に掛けられた風景画に目をやりながら、廊下を歩けば、数人がかりで大鍋を運ぶ役人や、虫取り網の束を担ぐ兵士とすれ違う。
「なんか忙しそうだな」
「ふん、もうすぐ祭だからな。その準備だろう」
「祭ね……鍋はなんとなく予想がつくんだけど、虫取り網は何に使うんだ?」
「あぁ、それは」
「しっ、着いたぞ」
辿り着いたのは、重厚な扉の前。
「ザッハ砦所属カンファーノ隊、メイプルカンファーノです。御手洗千代子、餅太朗両名をお連れいたしました!」
ノックをし、そう告げるメープル。
「入りなさい」
扉の向こうから、低音の効いた渋い声が聞こえる。
それを合図に恭しく扉を開くと、部屋の奥で背を向ける人物が一人。
夕陽を受け浮かび上がるシルエットは大男そのもので、背丈は優に2m以上ありそうだ。
大男はゆっくりとこちらを振り返る。
まず目についたのは逆三角形の立派な体躯に、軍服をはち切らんばかりに膨れた筋肉。
そして、全身真っ白な毛に、ペンキでもこぼしたように頭部の一部が赤く染まっている。
極めつけは彫の深い大きな顔。
これは俺も何の動物か分かるぞ。
「初めまして、異界の旅人よ。私はここフォールロックで将軍位に就いております、カキゴリウス・カキゴリウス=フォン=羊羹・ベーレンゲイと申します、以後お見知りおきを」
そう告げながら、両手で胸を何度か叩く将軍。
「やっぱり大猩々(ゴリラ)だ!!」
そう言った瞬間、場が凍り付いたのがわかった。
青ざめた顔でこちらを見るメープルとシフォン。
あっ……やべ、またオレやっちゃいました?




