俺の手札は3枚の意味不明の魔法。これでどうやって戦えばいいんだ!
「長らく無用の長物と思われていたけれども、最近の研究では善玉菌の……おっと、すまない、今話す内容ではなかったね。でも大事にならなくて本当に良かった。倒れたと聞いて本当に心配したんだよ?しかし、昨日の蛙にあたったのかと思ったらまさか盲腸とはね」
いや、あたったよ昨日のカエル……いや、ゴブリンに。
朦朧とする意識に紛れ、過去の記憶がフラッシュバックする中、胃の内容物を勢いよく黒円の中へ吐き出す。
口一杯に広がる酸っぱいにおいに、喉奥から再度逆流してきそうになるが、ぐっと堪える。
そして、顔が仰向けになるよう身体を回転させると、黒円も一緒に回転する。
中身は零れないのだなと無駄なことを考えていると、おでこにひんやりとした感触。
ばぁちゃんが濡れたタオルを頭に載せてくれたらしい。
『ありがと。ばぁちゃん』
『もっちゃん、お薬飲むかい?』
『さっき飲んだから大丈夫』
ガンガン痛む頭に火照る身体、そして、こみ上げる嘔気。
霞む視界と覚束ない思考の中、思い出されるのは昨夜のこと。
虫垂もとい魔臓を切除したために、魔法が使えないという事実がもたらした衝撃は相当に大きく、しばらく呆然としていたが、直に夜番交代の時間となった。
幌馬車の中で横になり、眠ろうとするものの、頭の中を支配するのはネガティブな感情。
魔法なしで一体どうやって戦えばいいのだろう。
剣?武術?
いやいや、そんな心得は俺にはない。
今まで和菓子修行ばかりで、部活などをやってこなかったツケがここに来て響いている。
そもそも、武器を持てば魔族と近距離で戦う必要がある。
思い出されるのは、あの丸太のように太くて大きな両腕。
殺意をもってこちらに迫ってくる相手を前に、果たして立ち向かえるのだろうか。
嫌が応にも、不安要素ばかりが頭に浮かんでしまう。
だが、連日の夜更かしや慣れぬ環境に身体は悲鳴を上げていたらしく、直に意識は薄れていく。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
胃の中の物がせり上がってくる感覚で、目が覚めた。
「アイテムボックス」
咄嗟にアイテムボックスの魔法を発動し、黒円の中に盛大に嘔吐を繰り返す。
脳裏に浮かんだのは昨夜のゴブリンの姿。
瞬時に毒を疑うも、すぐ横ではメープルが盛大にイビキを立てて眠っている。
となれば、食中毒か何かだろう。
現代日本育ちという出自と、徹夜明けというバッドコンディションが祟ったか?
一過性のものであることを期待したものの、症状は回復せず、冒頭に戻るというわけだ。
「餅太朗ちゃん、なるべく安定するようにしてるけど、辛かったら教えてくれる?」
顔を少し傾ければ、心配そうにこちらを見つめ、手をかざすミントさんと目が合う。
「……ありがとうございます、大丈夫です」
蚊の鳴くような声で返事を返す。
ちなみにだが、今俺は浮いている。
雰囲気的なことではなく、物理的に浮いているのだ。
そう、ミントさんの魔法で床から10cmほど浮いているのだ。
最初は俺の体調が悪いということもあり、出発を遅らせる案も出た。
しかし、諸事情により予定通り出発することになったのだ。
しかも、急行で。
当然、大きく揺れる馬車の床の上が快適なはずもなく、もう中身もないのにリバースを続けていたところ、見かねたミントさんが魔法で浮かせてくれたというわけだ。
馬車の後方では、難しい顔をしたメープルとクッキーが空を見上げている。
「やはりニワカーメがキそうだナ」
「あぁ、餅太朗には悪いがもう少し速度をあげるか」
そんな会話が聞こえてくる。
にわか雨か……この地方の雨はそんなに激しいのだろうか?
ぼーっとする頭でそんなことを考えていると、車輪の音が更に激しくなるのが聞こえた。
それに伴い、周りの荷物やミントさんが不規則に大きく上下に揺れる。
しかし、ミントさんの腕がよいのか、魔法で浮いた身体には影響がないようで、魔法の有難味が身に染みる。
が、すぐに自分には魔法が使えないのだという厳然たる事実がのしかかってきて、浮かぶ身体に反して気分は沈んでいく。
どこまでも続く平原を北へ北へと馬車は進む。
次に目を覚ました時、視界いっぱいに映ったのは知らない天井だった。
頭を起こそうとすると、カビた埃と草のにおいがする。
視線を右下へ向ければ、どうやら筵のようなものの上に寝かされているようだった。
「おっ、気が付いたか?」
青臭いにおいを漂わせ、メープルが近づいてくるのを視界の端で捉える。
「……ここは?」
「最寄りの村だ。急いだ甲斐あって、予定より早く着いたぜ。ほら、これ呑みな」
メープルはそう言いながら陶器をすぐ近くに置いたのだが、とんでもなく青臭いにおいがする。
「ねつさましと腹下しの薬草を煎じた茶だ。一気に飲み干すことをおススメするぜ」
言われるがままに陶器に口をつけるが、一口飲んで思わず顔を顰める。
「カッカッカ、言ったろ?一気に飲み干すことをおススメするって」
今度は助言通りに一気に飲み干すが、喉に張り付いて口内に青臭さが充満する。
水の入った陶器を追加で渡されたので、それも飲み干す。
「千代子さんが道中で狩ったヌレピソステウス・デーモン・テリマルを村人に振る舞ってるが……その様子じゃあ、まだやめた方がよさそうだな」
元気だったら、なんだその生物は聞き返しただろうが、そんな余裕はまだない。
「あぁ、まだ無理そうだ。メープルもそのヌレなんとかを食べてきたらどうだ?」
「俺はさっき食べてきたから大丈夫だ。水飲みたかったら汲んでくるから言ってくれ」
「ありがとう」
「いいってことよ、ゆっくり休みな」
その後もメープルは濡れタオルを交換してくれたり、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
やけに手際がよく、また、普段とは比べものにならないほど動きが静かだ。
だが考えてみれば、メープルはあれでも神官なのだ。
病人の世話も慣れてるんだろう。
一通りの世話を終えたのか、少し離れたところにすっと座るメープル。
しんと静まりかえる室内。
村人たちが騒ぐ声がかすかに聞こえる。
「なぁ、メープル」
「どうした?糞か?」
「俺さ……魔法が使えないみたいなんだ」
「身体に引っ張られて心も参っちまったか?なに、俺だって使えるようになったんだ。よくなったらまた一緒に頑張ろうぜ」
「駄目なんだよ……俺、魔臓がないみたいなんだ」
「魔臓が?……そんなこたぁないだろ」
「そんなことあるんだよ!だからさ、どんなに頑張っても使えるようにはならないんだ」
「いや、だって魔法使ってただろ」
「……何言って?」
「ほら、馬車の中で収納魔法使ってただろ。とんでもない使い方だったけどよ」
「いや、あれはアイテムボ……」
言いかけて気づく。
たしかに何で使えてたんだ?
「それにこうして言葉を交わせるのも翻訳魔法とやらのおかげなんだろ?」
その言葉を聞き、はっとする。
言われてみれば確かにそうだ。
にわかに希望の光が見えた気がした!
こうしてはいられない、早速検証だ!
そう思い、ぐっと起き上がろうとするが、起き上がれなかった。
「何を思いついたか知らんが、今は身体を休めな」
どうやらメープルに肩を押さえられたようだ。
「じゃあ俺は向こうに行ってるけどよ、何かあったらこれで呼んでな」
小さなベルを置いて去っていくメープル。
身体の調子はよくないし、大人しく寝るか?
否。
光明が見えて興奮した今の状態で寝ることなどできない。
「鑑定」
ボソリと小声でつぶやく。
《どうしました?勇者餅太朗》
心なしか、いつもよりも早く繋がるパス。
女神さま教えてください。
私は魔法が使えないということですが、翻訳魔法やアイテムボックスは使えていますよね。
これは魔臓がなくとも魔法が使えているということではないのでしょうか?
《それは魔法じゃなくて奇跡だからですね》
……奇跡?
思っていたのとは違う回答が返ってきて困惑する。
それは魔法と違うんでしょうか。
《はい、全然違いますね。昨日教えたばかりのはずですが?》
あー、そうでしたね。すみません、今熱がありまして記憶があやふやになってるんです。
なんとなく声色が怪しかったので、とりあえず謝っておく。
たしかに、メープルたちと砦に向かう途中でそんなことを言っていたような……。
《人の子というのはなんとも不便なものですね。仕方ありません、もう一度教えましょう》
ご温情深く感謝いたします!
《ふふん、存分に感謝なさい。いいですか、魔法は術者の魔力で核をつくり、周囲の活性魔素からエネルギーを吸収し発動します。一方で、使徒の奇跡は大気中の活性魔素を利用して核をつくり、その周りを不活性魔素で覆います。そして、不活性魔素にエネルギーを充填し活性化させることにより発動します》
ええっと、それはつまり……奇跡の発動には魔力が必要ない?
《えぇ、その通りです》
おお!奇跡はどうやったら覚えられるのですか!?
《神から授けられるのが一般的ですね》
思い出されるのは、白い空間で身体の中に入ってきた光る玉。
えぇっと、もしかして自力じゃ覚えられないのですか?
《基本的には》
何てこった!
ちなみに、つかぬことをお聞きしますが、追加で奇跡を授けてくださったりは?
《貢献点を捧げるのなら対応しますが、何せ遠隔ですので相当コストがかかりますよ?》
参考までにどれくらいでしょうか?
《標準的な魔族の戦士30万体分くらいですかね》
あっ、はい、結構です……。
……追加は無理臭いな。
ということは、やはりアホみたいにあるMPも無駄ということか。
そもそも奇跡ならMPを消費しないのか?
いや、ステータス魔法の時もMPを消費していた……あれ?魔法が使えないなら、あれも奇跡だったのか?
《3つとも構造が複雑で魔法だと出力不足だったので、奇跡として開発したのです》
ありがとうございます!
危うく3種の魔法全部発動しないところだったよ。
《ところで、さっきから出てくる、まじっくぽいんととは何ですか?》
……はい?
えっと、ステータス魔法を使ったら出てくる板に書いてあったんですが。
MP……つまり魔法を使う際に必要な魔力の残量なのでは?
《あぁ、MPのことですか》
めがみポイント!?
《相手陣営の敵を倒せば得られる貢献点のことですよ》
えっ……じゃあ100万近くあったのって?
《地球の魔王を倒した時の貢献点ですね》
……まじかよ。
この3日間、無双を夢見て眺めていたのは、まったく意味のないステータスだったのかよ。
《意味はありますよ。それこそ、奇跡の発動に必要です。一度発動してみなさい》
「ステータス」
唱えると目の前で光が集まり石板が落ちる。
手を伸ばし石板を確認する。
御手洗餅太朗 18歳
万人族 男
HP:20
MP:1000811
勇者特典:暴君の蒐集
あ、前見た時より増えてる。
《道中で魔族を倒したのでしょう。ではもう一度発動なさい》
あー、メープルたちと出会った時の戦闘のことか。
「ステータス」
御手洗餅太朗 18歳
万人族 男
HP:20
MP:1000807
勇者特典:暴君の蒐集
少し減ってますね。
《奇跡の発動のために消費したのです》
これ消費しきったらどうなるんですか?
《当然奇跡が発動しなくなりますね》
……もしかして翻訳魔法も?
《はい》
やべぇ!あんま無暗やたらに使ってると言葉が通じなくなるぞ、これ。
さっきの話だと魔族を倒せば点が入るみたいだし、積極的に倒さねば。
しかし、そうなると、どうやって倒すのかという話に戻ってしまうのだ。
新しく奇跡を覚えられないのなら、戦闘力不足は解消されない。
……待てよ?
何も俺が倒す必要はないのか。
考えてみれば、魔族を倒したのは俺ではなくばぁちゃんだ。
つまり、ばぁちゃんが倒しても俺にポイントが加算されるということだ。
《はい、得られた貢献点の一部はパーティーメンバーに分配されます》
やはりそうなのですね!
これはパーティーの合計保有ポイントが魔王一体分に届けば、二人とも地球に帰還できるという認識でよろしいでしょうか?
《パーティーメンバーの総意であるのなら、それで構いません》
よかった!少し光明が見えた気がする。
何も直接戦闘するだけがすべてではない。
きっと俺にもできることがあるはずだ。
ただ、やはりばぁちゃん一人に戦わせるのは気が引けるし、心配だ。
少しでも戦えるようになればいいのだが……。
《こほん……勇者餅太朗には暴君の蒐集という勇者特典があるではないですか》
ありましたね、そんなの。
《私直々に選んだ特典なので、大いに役立てなさい》
……ソウデスネ、ガンバリマス。
《それに授けた奇跡も私特製ですからね、意外と応用が利くのですよ》
ステータスやアイテムボックスがですか?
《はい、例えば現在の体調のことを思い浮かべながら、すてぇたすの奇跡を唱えなさい》
「ステータス」
言われた通りに唱える。
そして、目の前に落ちてくる石板。
何だか今までのよりも少し大きい気がする。
御手洗餅太朗 18歳
万人族 男
HP:20
MP:1000803
体調:絶不調
精霊(Gobmonella.gaubre serobar Toad)による感染性胃腸炎
勇者特典:暴君の蒐集
体調の欄が増えたようだ。
何々……ゴブモネラ?
《精霊の一種ですね。この種なら毒性もすぐ消えるので、明日の朝にはよくなってると思いますよ》
本当ですか!?
しかし、こんなことができたんですね。
《ふふん、何たって自信作ですから。色々と試してみなさい。きっとあなたの力になってくれるはずです》
そうだよな、持っている手札もきちんと把握できていなかったのだ。
どう考えても戦闘向きではないが、工夫すればどうにかなるかもしれない。
女神さまありがとうございます。俺、やってみます!
《えぇ、明日から存分に励みなさい》
その言葉が聞こえるや否や、急にぼやける視界と思考。
何かされたのだと気づくのと同時に、俺は意識を手放した。
目覚めると、昨夜までの不調が嘘のように身体が軽い。
精神は身体に引っ張られるというが、昨日までの鬱屈さはなく、気分も晴れ晴れだ。
これもメープルや女神さまのおかげかもしれないな。
先はまだまだ暗く、問題も解決もしていないが、今ある手札で何とかやっていくしかない。
決意を新たにし、朝日が差し込む入口の方へ歩き出すのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後の投稿ペースですが、ストック次第ではありますが、なんとか週に一回は更新できたらと思います。
とりあえず次回更新は来週の金曜予定です。
投稿ペースが落ちてしまいますが、今後もお付き合いいただければ幸いです。
また、ブックマークや↓の☆☆☆☆☆で応援いただけると、作者のモチベになりますので、よろしければお願いします。




