今明かされる衝撃の真実ゥ!
どこまでも広がる黒の海、その中にポツリと灯る一つの灯り。
静寂の世界を彩る焚き火の音を聞きながら寝転び、空を見上げれば満点の星空。
そして、嫌でも目に入るのは、やけに大きな緑色の満月。
昨日の夜は普通の月だった気がするが、まぁ、異世界だからと納得する。
満月を見て思い出すは友人のこと。
生憎、俺は星には詳しくないが、あいつなら一目で地球じゃないって気づくのかもしれないな。
還ったら見せて自慢してやろうと、すでに随分とバッテリーが減ってしまったスマホをポケットから取り出し、顔の前に構える。
カシャリとシャッターを切った瞬間、視界に大きく映りこんだのは三角の布。
スマホを顔の前からどけると、寝転ぶこちらを覗き込むようにティピーが建って、いや、立っていた。
「それは何?」
相変わらず抑揚のない声で尋ねてくるのは、鞭毛虫人族のチトセさんだ。
声がくぐもって聞こえるのは、ティピー越しに話しているからだろう。
「スマホって言って、遠くの人と話したり、この風景を絵として残したりできるんです」
「見せて」
そう言われたので、先ほどの写真を見せる。
だが、ティピー越しで見えるのだろうか?
しばらくの後、ティピーの切れ目が一部広げられ、片目だけ出てきたので、やはり見えないらしい。
「すごい」
全然そう思ってなさそうな抑揚のない声で、感想が返ってくる。
なお、異世界人であることも明かしたが、先ほどと同じように一言返ってきて終わった。
どうもコミュニケーションがとりにくいと感じてしまう。
声に抑揚がないのもそうだが、顔が見えないのが大きな理由だと思われる。
身体が半透明で中身が見えてしまう以上、全身を覆うは仕方ないことなのだが……。
鞭毛虫人族が何考えているかわからないという話は、この辺りから来ているのだろう。
しかし、先ほどから興味深そうにスマホの画面を覗いているし、何なら俺から奪い去り、パシャパシャやっているので、感情が無いわけではなさそうだ。
ただ、お楽しみのところ申し訳ないのだが、もうあんまバッテリーないんで、むやみに撮るのやめてもらっていいですかね?
夜だから暗闇しか写らないよ?
「ところでどうしたんです?お休みになっていたのでは?」
スマホを返してもらいながら、幌馬車の方に目を向ける。
「お腹すいた」
……まじかよ。
ばぁちゃん主催のバーベキューだが、結局5匹のゴブリンすべてを食べ切った。
チトセさんが。
そう、このティピーの中に5匹のゴブリンを引き摺りこんだのだ。
どうやら鞭毛虫人族というのは相当な健啖家らしい。
「なぜ俺に?」
「異世界の食べ物」
「いや、この身一つでこっちに来たもんで……」
そう言いながら、一応ポッケを探ると、尻ポケットの中で何かが触れる感触。
不思議に思いながら摘まみ出せば、昭和の香りが漂う懐かしの果実飴がでてきた。
ペチャンコに潰れた状態で。
そういや、蔵の整理を始める前に、ばぁちゃんがくれたのを思い出す。
「くれる?」
そことなく声が弾んで聞こえた。
「潰れちゃってますけど、これでよけ」
こちらが言い終える前に、にゅるりと手が伸びてきて、飴を掻っ攫っていった。
トイレでスライムに尻を撫でられた時の記憶が一瞬蘇ったが、すぐに頭を振り打ち消す。
そして、そのままチトセさんは幌馬車の方へ去っていった。
鞭毛虫人族の前評判から身構えていたものの、案外何とかなりそうだ。
そして、入れ替わりになるように、メープルが腹をさすりながらやってきた。
「ふぅ~、でたでた」
そりゃようござんしたね。
薪が爆ぜる音に紛れて、離れた場所で破裂音が聞こえるが気にしないことにする。
俺たちは今、夜番をしている。
今の時間は俺とメープルの担当なのだが、メープルがトイレに行っていたのだ。
なお、護送対象である俺が夜番をするのもどうかと思ったが、現状戦闘では役に立てないのでこれくらいはと申し出たのだ。
考えてみれば、昨日の晩も不寝番をしていたため正直眠いが、まぁ、大丈夫だろう。
「しっかし、初めて食ったけどゴブリンって不味いのな」
メープルはそう言いながら、焚き火の対面にドカリと腰を下ろす。
「やっぱ食うもんじゃないのかあれは」
「魔獣でも食えるやつは食えるんだが、ゴブリンはあんま聞かねぇな。ほれ、口直し」
すると、黒円を出現させ、焚き火越しに何かを投げてきた。
慌ててキャッチすると、干し肉のようだった。
「何の肉だ?」
「山羊。ゴブリンよかマシだと思うぜ」
山羊か……臭いんだよな、と思いながら齧る。
が、全然臭みがないし塩辛くもない。
「いけるな、これ!ハーブか何か使ってるのか?」
「美味いだろ?いくつかの香草で臭みをとってるし、燻すときにも一手間加えてんだ」
「へー、異世界の香草か!興味あるな!」
「おっ、餅太朗も料理したりするのか?」
「それなりにね」
丸焼きの時点で、何となく察しがつくかもしれないが、ばぁちゃんは料理ができない。
それも壊滅的に。
ついでに言うなら家の女性陣は皆同様の有様なので、御手洗家の台所はじぃちゃん、父さん、俺と継承されてきたのだ。
「あのゴブリンもなぁ、せめて、血抜きをしっかりして香草で臭みをとってやれば、もう少し食えた味になったと思うんだけどな」
「あとは、酒に漬けたり薬味と一緒に煮たりな」
「なっ。余裕があれば、森まで足を伸ばしてマンドラ……」
まさかメープルと料理の話が盛り上がるとは。
意外にもほどがあるが、砦でメープルが淹れたお茶は美味しかったのを思い出す。
人は見かけによらないということか。
料理談義に花が咲き、夜は更けていった。
「ところで、魔法の方はどうだ?ちったぁコツは掴めたか?」
干したデーツのようなものを齧りながら、メープルが聞いてくる。
「うーん、さっぱり。そもそも、魔力を練る感覚がまるでわからん」
同じくデーツのようなものを齧りながら、そう返す。
「こればっかは感覚だからなぁ」
「はぁ……練習あるのみか。そもそも魔力に魔法にマナ。分からんことだらけだ」
「こっちじゃ物心つくと自然と覚えていくもんだからな。ところで、茶飲むか?」
「おっ、砦の時のお茶か?あれすげぇ美味かったぜ」
「へへ、あれもこだわってんのよ」
焚き火を回りこんでこっちに来る。
メープルは黒円を出現させると、中から陶器と植物性のコップを取り出す。
「あー、容器が魔法だ。形や大きさで発動する魔法の種類や威力が異なる」
……突然どうしたんだ?
「で、水がマナで茶葉が魔力だ。この容器がお茶で満たされたら魔法が発動するが、全部茶葉で埋めるのは大変だろ?だから、水に茶葉を浸透させてお茶にする」
「……もしかして、魔法の仕組みか?」
「で、詠唱はレシピ。必要に応じて容器の大きさや形をいじったり、水を温めたりする。お湯にすると茶葉が浸透しやすくなるだろ?ただ、所詮レシピだからなくてもいける」
「分かり安いな!シフォンもそう教えてくれればいいのに」
「カッカッカ、あいつは才能があるから、感覚でなんとなくできちまうんだよ。さっきの話だと無意識に器を大きくしたうえで、濃いお茶を淹れたりな」
そう言いながら、鍋と瓶を黒円から取り出し、瓶の中身を鍋に注いで火にかける。
「俺はメープルたちみたいに魔法が得意じゃないからよ。詠唱だってしっかり必要だし、魔力でマナを染めるのも上手くない。でもよ、急いで沸かしたお茶よりも、丁寧に抽出したお茶の方が美味かったりするだろ?」
そう言って、ニカリと笑うメープル。
優れた選手が優れた指導者になるわけではないってやつか。
その観点でいけば、メープルはいい指導者なのかもしれないな。
「まっ、これ全部師匠からの受け売りなんだけどな」
「師匠?」
「全く魔法が使えなかった昔の俺に、魔法を教えてくれた師匠だ」
「へー、この世界で魔法が使えないとかあるんだな」
「まぁな。だからよ、餅太朗の気持ちもよくわかるぜ」
「でも、今では魔法が使えるようになったんだから凄いじゃないか」
「いや、完全に師匠のおかげだな。出来の悪い俺に根気強く教えてくれてよ」
「へー、いい師匠だったんだな」
「おうよ。師匠、森人族のくせに魔法が苦手だったから、出来ない側の気持ちが分かるってのもあったんだろうな」
「へー、森人族だったんだな。……あれ?でもお前、砦長さん以外の森人族に会ったことないって言ってなかったか?」
「……あ」
「あ?その反応はもしかして」
「余計なこと喋っちまったな。へへ内緒だぜ……」
はー、だから砦長さんと気安い感じだったのか。
そういや、砦長さんもメープルだけ苗字じゃなくて名前で呼んでたもんな。
「まっ、あの頃はまだ隊長じゃなかったけどな。ところで、万物にマナが宿るってのは聞いたか?」
露骨に話題を逸らしてくるじゃないか。
「えぇっと、確か聞いたはず」
「食いもんは臓腑に辿り着き、分解される。そんときに、食いもんに宿る魔力やマナは魔臓に送られる」
腹の下辺りに手を当てるメープル。
「魔臓?」
「魔法を使うための臓腑だ。魔力をマナに分解し、マナを魔力に変化させる」
「へー、そんな臓器があるのか」
「でだ、お茶にこいつを入れる。ポカポカ暖かいマナを内包した魔法薬だ」
そう言いながら黒円からボトルを取り出し、ちょろりと鍋に入れる。
「ポカポカは徐々に体内を移動するが、あるばしょで消える」
「なるほど、そこが魔臓か!つまり、その周辺に意識を向ければ」
「あぁ、魔力を練るコツを掴めるかもな」
「おぉ!ありがとうメープル!」
「いいってことよ。まっ、これも師匠の受け売りだけどな」
《……ぅ》
これで、少し巧妙が見えた!目指せ魔法無双!
《……がぅ》
……?
《違う違う違う、全然違います!!!》
急に頭の中で文字が浮かぶ感覚。
……女神さま!?
《気になってこっそり覘いていたら、まるで違うじゃないですか!!》
……えぇっと、違うってのは?てか、そっちから接続できたんですね。
《魔法の話ですよ!!あまりにも間違ってます!これでは私に教わる時に二度手間どころの騒ぎではないのですよ!!》
そんなに違いましたか?
《それはもう!!人の子が未熟なのは知っていましたが、ここまでとは!むしろよく魔法が発動するなと感心するレベルですよ!魔法少女神としてこれは見過ごせません!》
……えぇっと、具体的には?
《まずですね!そもそも魔法の理解自体が根本的に間違え……》
それから始まる怒涛の説明。
よくそんな長々としゃべれるものだと思いながら、メープルからお茶を受け取る。
やはり、とても美味しい。
確かに理論が間違っているのかもしれないが、この世界の人々がそれで魔法を使えているのだから問題ないのではないだろうか。
筋肉の構造や神経伝達の仕組みが解明される前から、人々は手足を自由に動かしていたし、現代人だって禄に仕組を理解せずにスマホや車を手足のように操っている。
知りたいのは車のエンジンや内部機構の仕組みではなく、実際の運転方法なのだ。
確かにエンジンの仕組みを理解すれば燃料消費少なく運転ができるのかもしれないが、それは運転ができるようになってから覚えても遅くないのではないだろうか。
車に乗るどころか、アクセルとブレーキの違いすら知らない状態で、車線変更のルールや省エネな走り方の説明されても、理解が追い付かないのだ。
少なくとも、メープルの説明の方がよっぽど分かりやすかった。
フォールロックの美味しいパスタ屋の話が終わったあたりで、頭の中が静かになる。
あちらの話も終わったようだ。
《はぁ……はぁ……わかりましたか?勇者餅太朗》
はい、ありがとうございます。目から鱗が落ちるようでした!流石女神さまですね。
《ふふん、そうでしょう、そうでしょう。では、ついでに魔力を診て差しあげましょう。特別に私直々に!》
魔力を……ですか?
《えぇ。どのような属性の魔法が得意なのか、魔法核の構成力や魔法膜の伸縮性など。それを理解できていれば、自分に合った魔法を覚えられるでしょう?》
それは確かに!是非お願いします。
《ふふん、我ながら素晴らしき計らい。ちっぽけな人の子を慮れるなんてなんと出来た女神なのでしょう》
……流石女神さまですね。
《ふふん、存分に感謝いたしなさい。さて、どれどれ……》
ドキドキ
《……あれ?……あっ!》
……どうかしました?
《無いですね》
無い……?それって無属性ってことですか?
《いえ、魔法が使えないですね》
……え?
《魔臓が無いので魔法が使えません》
……え!?魔臓ってマナから魔力を造りだすっていう!?
《正確には不活性魔素を魔力化し、貯蔵する器官ですね》
ガラガラと崩れ落ちる音。
実際に崩れ落ちたのか、視界の端でメープルが駆けつけてくるのが見える。
目の前が真っ暗になる。
使えない?魔法が?
今まで魔法が使えるようになるだろうという前提で、物事を考えてきた。
膨大なMPで無双するのを夢見てきた。
しかし、それは本当に夢になってしまったようだ。
魔法無しでこの過酷な異世界を生き抜けるのか?
人サイズのゴキブリを倒せるのか?
元の世界に還れるのか……?
絶望が押し寄せてくる。
はは、そうだよな。魔法がない世界から来たんだ。
魔臓なんてもっているはずないよな。
何で都合よく考えていたのだろうか。もっと早く気付くべきだった。
《いえ、地球の人の子も持っているはずなのですが……何か心当たりは?》
……いえ、何も。
《そうですか……おかしいですね。地球では虫垂と呼んでいたはずですが》
……あれ?
虫垂?それって盲腸の先端の虫垂?
《はい、そうですね》
あ……それなら虫垂炎の手術で取りましたわ。
え?魔臓って虫垂なんです?
《はい》
……まじかよ。
地球のみなさん、虫垂は無用の長物じゃなかったみたいですよ!!
がっくりとうな垂れるのだった。
毎日投稿は今日までの予定でしたが、次話でややキリがよいため、明日も投稿することにしました。




