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人類は敗退しました

本日より一章です。


 真夏の太陽の陽を浴び、青々と輝く麦の海。

 時折、熱を孕んだ風が吹けば、それに合わせて麦の海がさざ波を打つ。

 麦の海を縫うように敷かれた一本道を、ガタゴトと不規則な音を奏で、馬車は進む。


 幌馬車の荷台に腰かけた俺は、夏のにおいを鼻の奥で堪能しながら、周りを見渡す。

 一面の麦畑に、点在する粗末な家屋、そしてゆっくりと羽根を回す風車。


 これだけなら中世ヨーロッパを彷彿させる牧歌的な雰囲気だ。


 しかし、空を見上げれば、牧歌的な雰囲気にそぐわぬ極彩色の岩塊群が浮かんでおり、その隙間を縫うように、魚たちが白い羽をはばたかせて泳いでいる。

 一匹の魚が勢い余って岩塊から飛び出せば、次の瞬間には、雲の中から飛び出てきた大魚に咥えられ、雲の中へと引きずり込まれていった。

 そんな光景を見て、ここが異世界なのだと改めて認識させられる。



 こちらの世界ではこうした光景は日常なのだろう。

 村人たちは誰も気にする様子もなく、麦畑の中を練り歩いていた。

 何をしているのか、不思議に思い目を凝らせば、(てのひら)から水を生成し、シャワーのように放出しているようだった。

 どうやらこの世界では一般人も魔法を使えるようだ。

 それこそ、お手伝いと思われる小さな子供でさえ、チョロチョロと掌から水を出している。



 「昨年の秋に大規模な襲撃があったって話したろ?そんときにまわりの村からの避難民を砦に受け入れたんだけどよ、戦いが終わったあとも一部はここに残って村を作ったんだ」

 メープルが横にやってきてそう語る。


 「へぇ、じゃあ出来たばっかなんだ」

 「ふん、ここの方が安全だと思ったのだろう。守るこちらの身にもなってほしいものだ」

 幌馬車の奥に片膝立ちで座るシフォンがぶっきらぼうにそう呟く。


 「本当はよ、ザッハ砦は軍事拠点だから、避難民を匿うだけの余裕や備蓄はなかったんだ。でも、将軍は避難民を拒まなかった。そんときゃ正直どうかと思ったんだが……この光景を見てると、守ってよかったって思えるよな」

 「ふん、おかげで随分とひもじい思いをすることになったがな」

 「こんなこと言ってるけど、こいつ自分の配給を避難民に分け与えてたんだぜ」

 「あっ、あれは小僧共が泣き喚くのがうるさかったから」

 「それから毎日配ってたくせに~?犬のにいちゃんとか呼ばれて慕われてたじゃねぇか」

 「うっ、うるさい!俺はもう寝る!何かあれば起こせ」

 そう言うなりシフォンは不貞寝してしまった。



 お手伝いに飽きたのか、子供たちが笑い声をあげながら追いかけっこを始める。

 親らしき大人がそれに気づき、叱咤なのか何かを叫んでいる。

 そんな光景に自然と笑みがこぼれるのを感じながら、ふと気づく。


 村人はみな普通の西洋人の見た目をしているのだ。


 よくよく思い返してみれば、砦ですれ違った兵士たちも、ほとんどが普通の人間の見た目をしていた。

 この世界では獣人や虫人は珍しいのだろうか?


 「なぁ、メープル。普通の人……えぇと、万人族か。万人族以外って珍しいのか?」

 「万人族が多いのは確かだけど、そんなことはないぜ」

 「でも、兵士や村人は皆万人族に見えるんだが」

 「そりゃ、そうだろ……そっか、餅太朗は異世界人だもんな」

 「?」


 「万人族と魔族が戦争をしているのは知ってるか?」

 「あぁ、それで去年の秋も砦を襲撃されたんだろ?」

 「そうだ。じゃあ、この戦争がどれだけ続いていると思う?」

 「……さぁ?5年とか?」


 「ずっとだ」

 「ずっと?」


 「ああずっとだ。それこそ有史以来、万族と魔族はずっと争っている」

 「そりゃまたよく続くな」

 「お前も魔族と会ったから分かると思うが、万人族と魔族は相容れない」

 たしかに会った時、強烈な不快感を感じたな。

 「会えば問答無用で殺し合いを始める。相手がたとえ兵士じゃなく民間人であろうとな」

 「あー、だから避難するのか」

 「あぁ、魔族に見つかったら、たとえ女子供だろうが容赦なく殺されちまうからな」

 ばぁちゃんが容赦なく魔族を惨殺するのを、穏やかな心で見ていた自分を思い出す。

 きっと魔族側も同じような心境で、万人族を躊躇なく殺すのだろう。


 「でだ。この殺し合うってのは万人族と魔族の間の話で、他種族だと話が違ってくる」

 「他種族ってシフォンとかクッキーたちのことだよな?」

 「そうだ。この世界には多様な種族がいるんだが、様々な理由で万人族側や魔族側の陣営に味方している」

 「住んでいる場所とか?」

 「あぁ、歴史的背景や種族的な要因、個人や一族の主義などそれこそ色々だ。ただし、戦争に臨む意欲は総じて低い。万人族と魔族は問答無用で殺し合うが、他の種族に対してはお互い寛容的だからだ。捕まっても殺されず、逃がされることも多い」

 「逆に万人族と魔族は意欲が高い?」

 「あぁ、それこそ負けたら、自分だけじゃなく、故郷の家族もろとも虐殺だからな」

 「だから兵士は万人族が多いのか」

 「そういうこと。中には他種族でも本気で戦うやつもいるが、ほとんどは死なない程度にほどほどに戦うってスタンスだな」

 バチバチにやりあってるのは万人族と魔族だけで、それ以外の種族はそこまで本腰を入れていないと。

 いつまでも戦争が終わらないのは、そこら辺に理由があるのかもしれないな。


 「そういうわけだから、もしこないだの襲撃で砦が落とされてても、隊長やシフォンは無事だったろうな。俺含め、多くの兵士や避難民は万人族だから、殺されてたろうけどな」

 「軽く言ってるけど防衛できて本当によかったな……」

 そこまで言っておいて、ふと気になった。


 「あれ?クッキーは?」

 「あー、クッキーは昨年までは向こう側だったから」

 「向こう側?」

 「そっ、魔族陣営だったんだよ」

 「つまり敵ってことか!?」

 思わずすぐ横に目をやる。

 そこには先ほどからずっと仁王立ちし、後方を見張っているクッキー。


 「クッキーはヨウヘイだ。そういうこともあるゾ」

 何てこともなさそうにサラリと答えるクッキー。


 「でもこっちに来たってことは、かつての仲間と戦うことになるけど大丈夫なのか?」

 こちらの問い立てに首をかしげるクッキー。


 「餅太朗は、昨日まで隣で戦ってた仲間と、刃を交えるのに苦悩はないかってさ」

 「アァ、モンダイない。クッキーのナカマはミントだけだ」

 クッキーは淡々とした口調でそう答えた。


 ドライだな……傭兵ってそういうもんか。

 しかし、相変わらずクッキーには言葉が通じにくいな。

 難しい言い回しにしたメープルの方が通じているのは、何か複雑な気分だ。



 「でもさ、万年戦争じゃ疲弊するだろ。停戦とかしないのか?」

 「実質、冬の間は停戦してるな」

 「雪でも降るのか?」

 「この辺りだとそんな積もらんが、やつらは冷血だからな」

 「……冷血?」

 「餅太朗の世界は冷血もいないのか!?」

 「クッキーも冷血だゾ」

 クッキーが冷血?似合わないな。


 「夏の間元気で冬になると動きが鈍くなるのが冷血。逆に年中動ける俺たちは熱血だ」

 「あー、なるほどそれならいるぞ」

 変なネーミングだが、ようは熱血が恒温動物で、冷血が変温動物ってことか。

 魔族はゴキブリなわけだから冷血で寒さに弱いと。


 「魔王軍は冬になる前に南に帰るから、実質戦争は春から秋までの間だな」

 「クッキーのケイヤクもハルからアキまでだ」


 「あれ?それならザッハ砦を取られても冬には取り返せたんじゃね?」

 「砦の守護兵は魔族じゃないから戦意が低いし、簡単に取り返せたと思うぜ」

 「それ魔族側が攻めてくる利点って何かあるのか?」

 「万人族憎しの一心だな」

 「そりゃ和解も終戦も無理そうだな。魔族が寒さに弱いなら、いっそ魔族が攻めれないくらい北上したら駄目なのか?」

 「駄目だな。北は険しくてマトモな作物が育たん」


 「結局は土地の取り合いか。早く魔王を倒して戦争を終えたいな」


 「……ん?何言ってんだ?」


 「え?だから、早く魔王を倒して戦争を終えたいなって」


 「いやいや、魔王を倒しても次の魔王が出てくるだけだぞ?」


 まさかのリボルバー(我を倒しても第二第三の魔王が)方式!


 「それ……戦争終わらなくない?」

 「魔族をこの世から駆逐し尽くせば終わるぜ」

 すげぇいい笑顔で両手サムズアップするメープル。思わず苦笑いするしかない。


 「まっ、冗談だ。やつら一人見たら30人いるとか言うし、終わらないと思うぜ」


 いや、まじでこれ終わりのない戦いだな。

 しかし、考えてみれば王を倒したら次の王が出てくるのは当たり前か。


 これ、俺とばぁちゃんが魔王を倒しても、世界が救われないどころか、無意味かもな。

 いっそのこと、例の屑勇者が魔王倒してくれないかな……なんてな。


 ……瞬間、嫌な思い付きが頭をよぎる。



 「なぁ、メープル。魔王って倒されたら次の魔王が出てくるんだろ?」

 「あぁ、そうだな」

 「今の魔王は長いのか?」

 「教会の発表だと、300年くらい君臨してるはずだ」

 「もし、魔王が倒されたら次はどうやって決まるんだ?強さか?血か?」

 「え?いや、知らねぇよ」


 「鑑定、鑑定!鑑定!!」

 幌馬車の垂れた幌を見ながら鑑定魔法を唱える。


 《ふわぁ~……どうしたのです?勇者餅太朗》

 幾分かの後、女神とのパスが繋がる。


 女神さま、つかぬことをお聞きしますが、もし別の者に魔王を倒されてしまったらどうすればよいのでしょうか?


 《……その内また新しいのが出てきますので、それまでお待ちなさい》


 その内……ですか。

 その……具体的にどれくらい?


 嫌な予感がしつつ尋ねる。


 《遅くとも10年以内には》


 でたよ!女神スケール!

 遅いよ!10年たったら三十路になるわ!


 やばいやばいやばい!これは誰かに倒される前に俺たちが倒さねば。


 《人の子はせっかちですね》

 そっちが悠長すぎるんだよと思いたくなるのを、すんでで飲み込む。


 あともう一点いいでしょうか?

 たしか倒した敵の強さによって得られる貢献点が変わるのですよね?


 《えぇ、その通りです》


 魔王はどのような基準で選出されるのでしょうか。最初から強いのですか?


 《これも決めているのは魔樹なので明確には言えませんが、才能ですかね。魔王の死後に生まれた赤子で王印と王角を有していれば、その子が魔王です》


 つまり、生まれたての魔王を倒しても得られる貢献点は少ないということですか?


 《そうなりますね》


 まじかよ!ますます、今の魔王を倒さなくちゃいけないじゃないか!


 《魔王だと特別点が入るのでよっぽど大丈夫だと思いますけどね》


 いや、それにしても10年は長いですからね。

 ところで、さっきチラっと出た魔樹というのは?


 《魔王を生み出すのが魔樹です》


 もしかして、その魔樹とやらを倒してしまえば、もう魔王は生まれてこないのでは?


 《えぇ、そうなりますね。でも、倒してはいけませんよ》


 え……何でですか?


 《シナリオが終わってしまうではないですか》


 シナリオ?


 《最初に言いましたよ?あなた方と魔族が争うシナリオの世界を5つも管理してると》


 そういえば最初会った時にそんなこと言ってましたね。


 《魔樹とその守護者である魔族、そして万樹とその守護者である万族。その二陣営が争うというシナリオなのです。キンツバードはまだシナリオクリアの段階ではありません》


 じゃあ、この世界の人々は争い続けなくちゃいけないわけですか!?


 《今はその時ではないだけです。来たるべき時にはクリアします》


 そんな……


 《まぁ、クリアしても負けた陣営の樹と王が消えるだけで、万族と魔族の戦いは続きますけどね。()()()()()()


 ……ん?


 何て言いました今?


 《まぁ、クリアしても倒された方の樹と王が消えるだけで、万族と魔族の戦いは続きますけどね。地球のように》


 ……え?

 地球のシナリオって、もう終わってるんですか?


 あれ?でもちょっと待ってください。


 ……倒された方の王が消えるってことは。


 脳裏に浮かぶは、転移前に見た虹色に輝くあいつ。



 《えぇ、あなた方の世界、地球は魔族……ゴキブリに敗退したシナリオになりますね》



 衝撃の事実!


 知らぬ間に、人類はゴキブリに敗退していたようです。




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