Q.この設定いる? A.いる
「餅太朗!見てご覧よ!この重厚感に肌の質感!待ちなよ、もっとじっくり見ていこう。これだけ近くで細部を観察できる機会なんて中々ないんだからさ。えっ、クマなら野生でも近くで見れた?……はは、確かに今にして思えば、もう少しじっくりと観察しておけばよかったね。ところで、何故漢字で書くと馬とつくか知っているかい?それはね……」
そんなことを思い出しだしながら、目の前でモシャモシャと草を食む動物を見る。
丸みを帯びたボディ。
どこか愛嬌のある面長の顔。
昔動物園で見たそれと比べると大分小さく、頭や背中には茶色の毛が生えており、なぜか髪型がリーゼントな上、どういう訳かインディアン式住居であるティピーみたいのが背中から生えているが……これはどう見てもあれだ。
「カバだよなぁ……」
「ヒポだゾ」
クッキーは訂正を入れてくるが、幌馬車に繋がれているのはどう見てもカバだ。
「お前、それ河馬人族に言ったら怒られるからやめろよ。あいつら怒ると怖ぇんだ」
メープルが荷物を幌馬車に積み込みながら忠告してくる。
「これはヒポという魔獣だ。主に運搬に使われている」
シフォンがカバの脇腹を撫でながら説明してくる。
傍らではばぁちゃんもカバの脇腹をぺチぺチと叩いていた。
「そうか、魔獣なのか……」
まぁ、リーゼントだしな。地球のカバとは違うのだろう。
「ところで、あとどれくらいで出発するんだ?」
「そうだな、荷物はもうすぐ積み終わるし、全員揃ったら出発するぞ」
「これで全員じゃないのか?」
「あと一人いるんだ……問題児が」
「問題児……」
「あぁ、とんでもないサボり魔だ。クッキー、そろそろミントを呼んできてくれ。流石にもう荷支度も終わってるだろ」
「アア、わかった」
そう言うと、クッキーは砦の中へ戻っていった。
「そうだ、出発前にトイレに行っときたいんだけど」
「トイレ……あぁ、糞か。こっちだぜ」
歩き出したメープルに続いて、門をくぐる。
よかった……こんな生活水準だし、メープルだし、そこらでしてこいよ、とか言われるかと思ったが大丈夫そうだ。
少し歩くと、掘っ立て小屋のようなものの前が見えてきた。
メープルはそのままズンズンと小屋へ近づいていく。
「悪い、先に使ってもいいか?」
「まぁ、い」
そして、こちらの返事を聞くのも待たず、小屋の粗末な扉を開け、中へ入っていった。
チラッと見えた感じ、穴が一つ空いているだけだったが……まぁ、水洗式トイレとかあるわけないよな。
汚らしいファンファーレが奏でられた後、腹をさすりながらメープルが出てきた。
「いやぁ、出た出た!」
そりゃようござんしたね。
入れ替わりになるように、掘っ立て小屋に入る。
こんな環境だからそれなりの覚悟を決めていたのだが……予想に反してまるで臭くない。
メープルが使った直後だというのにだ。
不思議に思いながらも、中央にぽっかり空いた穴の方を見れば……何か違和感を感じる。
じっと凝視していると、何かがチラリと穴からはみ出すのが見えた。
「何だ?」
恐る恐る近づいてみると……
「ウワァ――――!!」
「どうした、餅太朗!」
悲鳴を聞きつけメープルが駆け込んでくる。
「メープル!これ!」
「……あっ?何だ、ただのスライムじゃないか」
そう、指さす穴の中にいたのは、半透明のゲル状物質……いわゆるスライムだった。
「なんでスライムがここにいるんだよ!」
「そりゃあ、糞を食ってもらうためだろ……餅太朗の世界にはいないのか?」
まじか!この世界、スライムにウンチ食わせるの!?
のっそりとした動作で穴から這い出てきたスライムをよく見れば、半透明ボディの内部にモザイクが必要な物体を漂わせていた。
「こんなん、物語の中にしかいないよ」
「ふーん、そりゃ不便だな。爆発後の処理とか大変じゃないか?」
「……は?」
「ほら、糞って爆発するじゃん」
「……え?ウンチ爆発するの?」
「あぁ、腹下してる時とか結構な確率で」
それに答えるかのように、ポンッと小気味いい音と共に、スライムが一瞬だけ膨張した。
「ほら、あんな感じで」
あぁ、メープルさんお腹下してるんですね。
……。
はぁーーーーー!?とんでもない世界だな!
何でウンチ爆発するの!?
なんでウンチまでファンタジーしてるんだよ!
誰もそこにファンタジーは求めてないだろ!
これじゃ野糞できないじゃん!
……しないけどさ!
こちらの衝撃を他所にメープルはスライムを抱きかかえ、穴に戻していた。
表面には漂ってないとはいえ、よく素手で触れるな。
「糞すれば勝手に取り込んでくれるからな。そうそう、鞭毛虫人族にスライムって言ったら怒られるから止めろよ。あいつら何考えてるか分からなくて怖ぇんだ」
鞭毛虫人族ってなんだよ、本当に人なのかそれ。逆に見てみてぇよ。
「あと、これ良かったら尻拭くのに使えよ。使い終わったらスライムにやればいいから」
そう言いながら、メープルは空中に黒い円を出現させると、手を突っ込み、中から大振りの葉っぱを取り出した!
「えっ……あれ?……それって?」
「あぁ、バタスコッティの葉だ」
「いや、そっちじゃなくて、その黒円は……」
「収納魔法のことか?へへ、これは俺も無詠唱で使えるんだ」
「収納魔法……!つかぬ事を聞くけどさ……中に入れたものを取り出せる?」
「そりゃそうだろ」
そりゃそうだよね!
あのクソ女神!あるじゃないか、アイテムボックスみたいな魔法!
しかも、上位互換!
こういう転移モノで、現地人の方が優れたバージョンを持ってるの初めて見たよ!
「まっ、俺だとあんまり容量がないんだけどな」
その点だと勝ってるが、いくら容量が無限とはいえ、取り出せないんじゃねぇ。
葉っぱを受け取り、メープルは外へ出ていく。
「さて、どうするか……」
穴の中でウネウネ蠢くスライムを見て考える。
郷に入っては郷に従えと言うが……。
いや、海外だと豚が便器の中にいるところもあるって、友人が言っていた。
それに比べればマシだろう!
意を決してズボンとパンツを下げ、ヤンキー座りをする。
瞬間、ヌルリと何かが尻を撫でる!
「いや、無理無理無理!!」
勢いよく立ち上がる。
撫でてくるのは無理!実が引っ込むわ!
えっ、これトイレの度に撫でられるの?
……これは入れないタイプの郷ですわ!慣れる気がしない!
でもこの世界じゃウンチ爆発するらしいし……。
いや、待てよ。この世界だと爆発するんじゃなくて、この世界の人だから爆発する可能性。
異世界人なら爆発しない可能性……あるんじゃないだろうか!
いやいや、リスクがデカすぎる!これから狭い馬車の中だぞ!
くそ……どうするか。
やばい、なまじ一度出そうとしただけに決壊が近い!
決断しなくては!どうする俺!
嫌な汗を全身に感じつつ、握りしめた葉っぱを見た瞬間、突然の閃き!
「アイテムボックス!」
手の先には直径25cmほどの黒円。
手をゆっくりと尻の下へもっていけば、黒円もそれに追従する。
「異空間なら爆発しても問題ないな!」
なんとも罰当たりな使い方だが、どうせ取り出せないのだ。
有効活用と言えるだろう。
こうして、俺の異世界のトイレ問題は解決した。
なお、後日談なのだが、野営中にばぁちゃんがお花を摘みに行った際、破裂音が聞こえたので異世界人のウンチも爆発するようだ。
ばぁちゃんは超反応で避けたらしい……すごいね。
メープルと連れ添って戻ると、何やらキレイな音色が聴こえてきた。
幌馬車へ近づくほどその音は大きくなる。
門を潜ってみると、美しい女性が幌馬車の荷台に腰かけ、竪琴を奏でているのが見えた。
足元には小鳥たちが佇んでおり、何羽かは音色に合わせ女性の周りを飛び回っている。
何とも絵になる光景だ。
「おーい、ミント!!」
そんな光景にまるで意に介さず、ずかずかと割って入るメープル。
小鳥は大慌てで飛び去り、音楽も鳴りやんだ。
「餅太朗、こいつがさっき言ってた、問題児のミントだ」
そして、大きく手を広げこちらを見やるメープル。
「問題児なんて失礼しちゃうわ」
「今朝の巡回だってサボったじゃないか」
「だって……眠かったもの」
美しい女性は気だるげな表情でそう告げると、優雅な仕草で幌馬車から降り、こちらへと近づいてくる。
見た目の印象はエキゾチックな美人だろうか。
波打つ長髪にスラリと長い手足。
長いまつ毛を伴った垂れ目に泣きほくろ。
太めのカチューシャでおでこを出しており、おでこには二つの大きな複眼。
そして、扇情的な衣服からは黄緑色の肌が覗き、お尻では長い二本の触覚が遊ぶようにユラユラと揺れていた。
「ミント・ペパー・カクテルよ。螽斯人族の成体。よろしくね」
「よっ、よろしくお願いします。御手洗餅太朗です……」
急に美人に迫られドギマギしてしまう。
「ところで、クッキーは一緒じゃないのか?お前を迎えにいったはずだが」
「あら、知らないわよ」
「あー、入れ違いになったか」
「ミント!!!」
少しすると、クッキーが慌てて近づいてきた。
「あら、クッキー遅かったじゃない」
「ミント!オデコだすナ!イツモいってる!」
「いいじゃない、こっちの方が快適なんだもの」
「よくない!ここ万人族ガワ!ケイヤクきられるゾ!」
「いいじゃない、戦闘中じゃないんだから。それに契約を切られたら次に行くわ」
「よくない!契約途中で切られたらお金入らない!また冬を越せなくなるゾ」
「そしたらまた冬の間、面倒見てくれるんでしょう?」
「ぐ……毎度毎度クッキーをアテにするな!ミントも真面目に働く!」
「働いてるわよ。兵隊さんたちのために毎夜毎夜、歌って奏でてあげているもの」
「クッキーたちは傭兵だ!吟遊詩人じゃない!」
「似たようなものよ。ところでクッキー、あなた魔語になってるわよ」
「グッ……しまっタ」
あのクッキーがすごい怒っている。
「驚いたか?」
珍しくこちらの心情を察したのか、メープルが茶化した口調で聞いてくる。
「なんかクッキーがいつもと違うな」
「クッキーとミントは二人組の傭兵なんだけどさ、ミントがあんな有様だろ?しょっちゅう途中で契約を切られて、クッキーはそれで大分苦労してるみたいだぜ」
「ふーん、なら解散すればいいんじゃないか?」
「そりゃあ、おめぇ……察しろよ」
あっ……くそ、そういうことか。爆発すればいいのに。
「まっ、無駄話はこれくらいにして、そろそろ行きますか。お二人さん~、ストーップ」
揉める二人のもとへメープルが近づいていく。
ふいに後ろで気配を感じて振り返ると、そこには砦長さんがいた。
「あれ?砦長さん。お見送りですか?」
「まぁ、そんなところだ。すまないな御手洗殿、結局満足な持て成しもできなかった」
「いえ、美味しい紅茶と茶菓子をいただきましたので」
……茶菓子はメープルがほとんど食ってたが。
「そう言ってもらえると助かる。フォールロックに駐在する将軍は大変できた御方だ。きっと貴殿らの力になってくれるだろう。ただ……」
「ただ?」
「ただ……とても熱心な信徒でな……間違っても彼の前で魔語を使わないように」
「魔語をですか?」
「万人族が魔語を使うことは教会では禁忌とされている。御手洗殿の場合、魔語を使っても気づけないようなのでね」
「はは、ご忠告ありがとうございます。できるだけ気をつけたいと思います」
「あぁ、存分に気をつけるように。私が君を疑った一番大きな要因は、魔語を使ったことではなく、それがバレたことを問題ないと思っている点だったのだからね」
「……」
「万人族は魔語を話してはいけない。子供でも知っていることだ」
あぁ、そうだったのか。
ということは、魔語をしゃべった時、慌ててすぐに弁明すれば、攻撃されなかったのだろうか?
異世界転移して二日目。
言葉は当然ながら、トイレひとつとっても常識がかなり違うことを痛感させられる。
今後似たような状況に陥らないためにも、知識を蓄えておかねばなるまい。
手を振る砦長さんが小さくなっていくのを幌馬車から眺めながら、そんなことを考える。
上り切った太陽が無骨な砦を明るく照らす。
伸びた影の中を進む幌馬車の荷台から砦の方を振り返ると、思わず目が眩んだ。
結局、滞在時間としては数時間といったところだろうか。
折角の中世の砦なのだから、欲をいえばもっと探索したかったものだ。
何とも慌ただしいものだなと感じながら、遠ざかる砦を見ていると、太陽の中から魚が列を成してやってくるのが見えた。
魚たちは白い翼をはためかせ、気持ちよさそうに空を飛んでいる。
そして、魚群はそのまま俺たちの幌馬車の遥か上空を横切り、直に点となって消えた。
今更ながら何で魚が飛んでるんだろうな?
本当に異世界はよくわからないことだらけだ。
「餅太朗、さっき隊長と何はなしてたんだ?」
「おい!餅太朗!千代子がまた羊羹を食べているんだ!何とかしてくれ!」
「あら、その羊羹食べられるの?」
「ミント!オマエまでタベルな!」
ばぁちゃんと二人で転移した異世界。
たった一日しか経ってないのに、随分と賑やかになったものだ。
そんなことを思いながら、幌馬車のカーテンを閉め、中に戻る。
『ばぁちゃん、お腹減ったの?駄目だよ、それ食べちゃ』
こうして俺たちはザッハ砦を後にした。
これにて序章は終了となります。
ここまで拙作にお付き合いいただきありがとうございました。
次回から一章となりますが、一日お休みをいただいて明後日からまた投稿予定です。
また、明後日以降の更新頻度ですが、まだ多少ストックに余裕があるので、8月中は毎日投稿を続けたらなぁと思います。
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ではでは




