たらいまわしは勇者の美学
来客用の部屋なのだろうか。
質実剛健といった雰囲気の砦にはそぐわない、豪華な一室の机の向かい側。
頭を抱え、云々と唸る人物が一人。
この砦を任されているノエル砦長さんだ。
「つまり、貴殿らは異なる世界の人間で、魔王を討伐する勇者だと?」
「まぁ、そういうことになりますね」
そう答えながら、赤べこみたいなモアイ像や何とも形容しがたい壁飾りに目を向ける。
世界が変わればセンスも変わるということだろうか……。
「精々、人外魔疆からの越疆者か何かと思えば異世界だと……有りうるのかそんなことが……しかし、実際に」
砦長さんはブツブツ呟きながら再び顔を机に伏す。
どこだか知らないが、人をとんでもないとこの出身にしないでほしいものだ。
そう、結局俺たちは全部正直に話すことにしたのだ。
目が覚めたら完全に尋問ムードだったからね、仕方ないね。
異世界人もとい異世界の存在をどうやって証明しようかと思ったが、スマホ取り出して写真を撮ったら一発だった。
むしろ、メープルとクッキーが興奮してあちこち撮りまくるので、収拾をつけるのに苦労したくらいだ。
シフォンも二人を止めていたが、ズボンの辺りがモゴモゴしていたので、本当は撮りたかったのかもしれない。
あと、転移ぶりにスマホを触ったのだが、友人からたくさんメッセージが来ていた。残念ながら、しばらく返せそうにないな。
「お茶入りましたよっと」
ドンッという音と共に扉が開き、メープルがお盆に載せたお茶を運んでくる。
足で扉を勢いよく閉めるのを、砦長さんがジト目で睨んでいる
「ほれ、熱いうちに飲みな」
そう言いながら、ウツボカズラのような植物性の容器を目の前に置く。
持ち方のせいか指がお茶に浸かっているので、こちらもジト目でメープルを睨む。
「どうしたんすか?二人ともそんな怖い顔して」
いや、これはお前のせいだけどな。
「いやぁ、にしても餅太朗が異世界人ねぇ。確かに変な奴だとは思ってたけどさ」
そう言いながら、ちゃっかり自分の分も淹れてきたお茶を、ズズーと音を立てながら飲む。
「これだけ未知のものを見せられては信じるしかあるまい」
砦長さんは机の上に置いてある、スマホや硬貨紙幣に目をやる。
「そもそも、キンツバードの他に世界とかあったんすねぇ」
この世界、キンツバードっていうのか……お茶に口をつけながらそう考える。
てか、美味いなこのお茶。
翻訳魔法でお茶と訳されているだけで、全然違うものである可能性も危惧したが、上等な紅茶の味がした。
「でもよかったですね、目的が魔王の討伐なら完全に味方じゃないっすか」
「ふむ、まぁそうだな」
「でも、勇者は不味いっすね」
「あぁ、そうだな」
「えぇっと……もしかして、勇者を名乗るのに資格がいるとか?」
「いや、勇者は教会に神敵認定されているのだ」
「神敵……何があったんですか?」
「45年ほど前だったか……まだ赤子だった聖女が攫われる事件があった。後に首謀者は勇者と名乗り、聖女との婚姻を発表。教会は勇者を神敵と認定した」
おいおい、勇者禄でもないな。
「その後も、希代の魔法使いや聖騎士など、優秀な人材を度々攫っていてな」
本当に勇者禄でもないな。
「故に、勇者と名乗れば教会と敵対しかねん。勇者という呼称に拘りがないのであれば、名乗るのはやめておいたほうが無難だろう」
「そうすることにします」
「ただ、それ以上に功績もあげてるんだけどな。魔王軍と長年戦っていて、暗黒四天王を何人も打ち破ってるんだぜ」
「へぇ、強いんだな」
「おうよ。前に遠目に戦う様子を見たことがあるけど、まさに一騎当千って感じでよ。それこそ千代子さんの強さは勇者を彷彿させるぜ」
「そうなのか……」
勇者という呼称に出鱈目な強さ……これ、あのポンコツ女神が絡んでないか?
「だが、そこでも問題があってな。奴は敵対する相手でさえ仲間に引き入れるのだ。挙句の果てには、四天王にトドメを刺さずに仲間に引き入れてな。教会は身柄の引き渡しを要求したのだが、断固拒否。引き渡していれば、多少は関係も改善できたろうに」
「何でもその四天王はもの凄い美人だったって話だぜ」
おい、勇者禄でもないな。
「それでな、その四天王ってのが実はシフォンの……」
「おい、何を勝手にしゃべっている」
カチャリッという音と共に、ばぁちゃんとシフォンが部屋に入ってきた。
「餅太朗、千代子に悪くなかったと伝えてくれ」
『ばぁちゃん、シフォンが楽しかったってさ』
『あらまぁ、ばっちゃも久しぶりに体動かせて楽しかったわぁ』
「ばぁちゃんも楽しかったってさ」
「ふん……そうか」
そっぽを向くが、訓練着からはみ出た尻尾がブンブンと揺れている。
シフォンとばぁちゃんは中庭で手合わせをしてきたようだ。
「あれ?クッキーは?」
「あぁ……今は整備をしてもらっている」
「整備?」
「少しばかり興が乗り過ぎてな……その……中庭が大変なことになってしまってな」
どうやら、大分ハッスルしたらしい。
それで後始末としてクッキーが地面を均しているということだろう……あれ?それって、中庭が羊羹まみれになっているのでは?
「それで?俺の名前が聞こえたが」
「御手洗千代子殿と餅太朗殿が、勇者と名乗るべきでないという話をしていたところだ」
「ふん、それは賢明だ。今後の活動を考えるならあの屑と同じ呼称は避けるべきだ」
「シフォンと勇者って何かあるのか?」
メープルを引き寄せ、小声で聞く。
「さっきの話の四天王と勇者の間にできた子が、こいつの母親なんだよ」
こちらの意に介さず、デカい声で答えるメープル。
「……ちっ。そうだ、忌々しいことにあの屑の血が俺には流れている。まぁ、会ったことはないがな」
「会ったことない?」
「あぁ、あの屑共はまだ幼かった俺の母親を谷から突き落とした。母は生まれつき耳が聞こえず喋ることもできなかったから、それを不気味に思ったのだろう」
勇者ド屑じゃねぇか!
「谷底を通る商隊の幌馬車の上に運よく落ちたらしく、死なずにすんだものの……幼い身一つ、それはそれは苦労したと聞いている」
「そりゃひどい話だな」
「奴は魔王軍との戦場に度々現れる。こうして最前線の砦に詰めていればいずれ会えると思っていたのだが……どうもあてが外れたな」
シフォンは唸り声を上げた後、フッと息を吐き出す。
「音も言葉も知らない魔獣の子。親も愛も知らない魔獣の子。恨むは親か神かこの現世か。しかし、獅子は蛙子を生まず。受け継ぎしは偉大な才覚。街を駆ける魔獣の子。投げられし罵声も石もまるで届かず。ある日出会いしは、正義に燃ゆる憲兵の若者。幾度に渡る衝突の末、二人はやがて恋に落ち、魔獣の子は言葉を知り、愛を知った。そして、授かりし子もまた、偉大な才覚を受け継ぐのであった……」
神官という職業柄だろうか?
低音の効いた無駄にいい声で、まるで物語を紡ぐようにメープルはそう語る。
「フォールロックじゃ有名な話だぜ。ようするにサラブレッドなのよ、こいつ。おばさん、今は幸せそうだし、気にすることないと思うんだけどねぇ」
そう話し、煎餅みたいなお菓子を机上の皿から摘まみあげ、ボリボリと食べ始める。
「フォールロック?」
毛足の長い絨毯に菓子の欠片が次々と沈み込んでいくのを見ながら聞き返す。
とりあえず、お前はもう少し気にした方がいいんじゃないかな?
「あぁ、この砦の北にある大きな都市。俺とこいつはそこの生まれなんだ」
「それだ!」
ガバリと砦長さんが顔をあげる。
「ふむ、考えてみれば一介の砦長でしかない私が判断するには重すぎる問題だ」
顔を上げた際にずれたメガネを直すと、サラサラと何かを書きだす。
「カンファーノ隊に任務を与える。御手洗千代子、餅太朗両名をフォールロックまで護送し、彼らの処遇について将軍に指示を仰ぐこと、以上」
そして、書類をしたためつつ、キリッとした声で指示を出す。
「カンファーノ隊畏まりました!」
こちらもビシッとした雰囲気になったメープルとシフォンが、敬礼らしきものをする。
「準備ができたら、すぐに出発すること。移動には馬車を用いよ」
「はっ!」
これはあれか?
RPGお家芸のおつかいイベント……たらいまわしってやつか。




