高度に発達した魔法は言語を区別できない
「対ではなく体。絶体も絶命も凶星の名で、合わさって絶体絶命。対の文字を使う方だと、この世に絶対なんてない、とかがあるね。はは……両方ともまさにさっきの状況だ。まさか本当に出るとはね……ツキノワグマ。すまない、御手洗君。重くないかい?」
足をくじいた友人をおぶり、追ってくるかもと怯えながら下山したあの時の記憶が蘇る。
絶体絶命の状況。
人生で何度も味わうことがない状況。
いや、異世界に来てからは、昨日のキマイラに続き早くも2度目だな。
異世界やばい……。
喉元に剣先を押し付けられながら、そんなことを考える。
まぁ、何だ、現実逃避ってやつだ。
「隊長!」
「貴様らは離れていろ!」
砦長の一喝でメープルたちが距離をとるのを視界の端で捉える。
「さて、再度尋ねる。貴様は何者だ?」
そして、冷え切った声色でこちらへ問いかけてくるのだった。
現実から逃げようとする思考を何とか抑え込み、頭をフル回転させる。
どうする、何と伝える。
変に言い逃れせずにすべてを伝えるか?
女神に頼まれ、魔王を倒すために別の世界からやってきたって。
……こんな滑稽な話、信じてもらえるのだろうか?
いや、下手したら女神の使徒を騙ったと、状況が悪化するかもしれない。
くそ……こうなるかもしれないから、もう少しこの世界の情報や情勢を知ってから、正体を明かすか考えようと思ってたのに。
“ペシリッ……”
頭の中で考えを巡らせていると、突如、目の前から砦長が飛びのくのが見えた。
そして、再び剣を構えるものの、その切っ先は無くなっていた。
『あらまぁ、そんなもの向けたら危ないよぉ』
背中から聞こえてきたのは、そんな暢気な声だった。
サッと目線だけ向けると、ばぁちゃんが俺の背中から右手を回し、その手には剣の切っ先を握っていた。
『ばぁちゃん!?』
どうやら、先ほどの音は剣が折られた音らしい。
今更素手で剣をへし折ったことに驚きはしないが……これどうするかなぁ。
言っちゃ悪いが、状況がよりこじれてしまった。
明らかに向こうはさっきよりも警戒している。
「その言葉、万語でも魔語でもない……暗号か」
「いや、これは俺たちの故郷の言葉で、実は私は翻訳魔法を使えるんです!」
「そんな出鱈目な魔法聞いたこともない!」
くそっ、やっぱり無いのか。
そうだよな、じゃなきゃ、女神があんなにドヤ顔しないか。
「魔法の長たる森人族に魔法を騙るとはいい度胸だ。その度胸に敬意を示し、貴様は魔法で沈めてやろう」
砦長はそう告げると、剣を鞘に仕舞い、髪をほどく。
そして、両手を胸前で合わせ、何やらブツブツと唱え始めた。
すると、初めて会った時のように髪が全方向に逆立ち、ゆらゆらと揺れ始めた。
やばい、魔法はばぁちゃんじゃ防ぎきれない……たぶん!
頭を使え!俺!
向こうは誤解しているだけだ。
俺は魔語を理解しただけで攻撃された。
しかし、クッキーは片言ながら普通の言葉をしゃべり、魔語とやらも話していた。
森人族の砦長だって両方の言葉を使っていた。
予想でしかないが、俺……万人族が魔語を聞き取れ、話せるのが異常なのだろう。
つまり、翻訳魔法が存在し、俺が魔語を理解できるのが問題ないことを示せばいい。
……いやいや、どうやって?
くそっ、そもそも万語、魔語ってなんだよ。
普通の人間は魔族と意思疎通できないのかよ。
そもそも、何で砦長は魔語で話しかけてきた、そしてなぜ魔語で返した俺。
まぁ、色々不信に思ってカマをかけてきたんだろうな。
だって怪しいもんな……森の中で老婆を背負った迷子の男とか。
せめて、俺が魔語を魔語だと認識できたらよかったのだが、聞き取りも発話も違いがまるで分からないのだ。
というか、ぜんぶ日本語にしか聞こえない。
先ほどの発言からして、ばぁちゃんと話している時は、日本語をしゃべっているようだし、翻訳魔法の高性能さが裏目に出ているということだろう。
思い返してみれば、羊羹ウォールなどの魔法の詠唱はカタコトなどではなく、流暢な言葉だった。
つまり、あの時クッキーは魔語で詠唱していたんだ。
そうこうしている内に、対面の砦長の前には大岩サイズの螺旋が発生していた。
風がビュンビュンと唸る音がこちらまで聞こえてくる。
えっ、何あれ、大玉螺○丸?人に当てて大丈夫な奴じゃないよね?
「これは砦攻め用に開発された破塞魔法、果たして耐えられるかな?」
なんてもんをこっちに向けてるんだ!
てか、俺の後ろ、城門なんだけど……撃ったら大変なことにならないか?
この人駄目だ、何とかしないと。
『……消すかい?』
耳元でボソりとばぁちゃんが囁く。
えっ、それ魔法のことだよね?そうだよね?
てか、消せるの?
さっきから風に巻き上げられた石や枝が、甲高い音たてて粉々になってるけど、大丈夫?扇風機の羽根に指を突っ込むのとはワケが違うよ。
やはりここは俺が何とかしなくては。
「話を聞いてください!魔語!俺が魔語を話せるのが不思議なんですよね!」
「あぁ。万人族が魔語を話すわけがないからな。翻訳魔法とやらのおかげだと嘯くか?
「えぇ、そうです!」
「くどいっ!そんな魔法はない!」
「魔語が話せるのを隠しているのなら、魔語に魔語で返すのは変だと思いませんか!?」
「咄嗟のことだからだろう。母様がよく言っていた。作業に集中しているときに問いただせば、男なんてすぐにボロを出すとな……その通りではないか!」
「咄嗟に魔語で返してしまうほど、普段から魔語を使うような生活をしていると?私は万人族ですよ!有りえないでしょう!?」
「貴様、何が言いたい!?」
「俺は翻訳魔法で万語も魔語も聞き取り、話しているので両者の違いは判りません!」
「そんな馬鹿な話があるか!」
「なら、他の言語で話してみてください!エルフの言葉とかありませんか!?」
その言葉を聞き、思案気な顔を見せる砦長。
そして、何を思ったか、突然激しく地面を踏み鳴らし始める。
「……アナタナゼココキタ」
「道に迷ってです!敵意はありません!」
そう言った瞬間、砦長が目を見開くのが見えた。
そして、ため息をつくと、目の前の風の塊が徐々に小さくなっていく。
しまいには風の塊は消滅し、揺らめいていた髪も重力を取り戻す。
「どうやら本当のようだな。疑ってすまなかった。砦で詳しい話を聞かせてもらっても?」
「はい、もちろん」
よかった!誤解が解けたようだ。砦に行くにしても、同行と連行じゃ大違いだからな。
「隊長!!餅太朗!」
メープルたちが駆け寄ってくる。
「よかったな!誤解が解けて」
そして、思い切り肩に腕を回してくる。
「苦しいから離して……」
「おう、悪い悪い」
「餅太朗スゴいナ。イロイロ、コトバハナせるのだナ」
「見た目によらずインテリなんだな!でも、やけに甲高かったけど何語だったんだ?」
「え?エルフ語じゃなかったのか?」
「いや、全然違ったぜ」
「あれは青輝鳥人語だ」
髪を再び後ろで結いながら砦長さんが近づいてくる。
「青輝鳥人語?」
「わざわざそちらから提案してきたわけだし、森人語は習得している可能性があったのでね」
エルフの言語じゃなかったのかよ……食えない人だ。
「本来はタップ音と口からの発音を組み合わせる言語なのだが……直立不動で両音とも口から出されては翻訳魔法とやらも信じるほかあるまい」
だからあの時、地面を踏み鳴らしていたのか。
それに対応できる翻訳魔法すごいな。
「正直不気味だったぜ」
そう言いながら、メープルが両手でサムズアップしてくる……イラッとする。
「御手洗殿。翻訳魔法なのだが、信じてはいるのだが、念のため……もうひとつだけ試させてもらっても?」
「えっ、えぇ。それで疑念が晴れるなら」
「では……これがどういう意味か分かるだろうか?」
こちらの返答を聞いた砦長さんは一度深呼吸をした後、短い言葉を発する。
だが、その単語程度の短さの言葉を聞いた瞬間に、一つの物語が頭の中に流れ込んできた。
「えぇっと、メルロン?は商人を騙すために絶世の美女に化けましたが、見た目を美しくするのに拘りすぎたあまりに、尻尾を消し忘れました。そのせいで正体がばれ討たれてしまい、皮を鞣され売られてしまいましたと。転じて、肝心なことに気づけずに失敗すること……故事成語か何かですか?」
自然と頭に浮かんだ物語の要約を砦長さんに伝える。
「ふむ、羅人族に伝わる古い戒めを示す言葉なのだが……概ねそんなところだ」
すごいな翻訳魔法。
こんなこともできるのか。
「おい、餅太朗、何て言ったか分からんがまた魔語になってるぞ」
何やら青い顔のメープル。
「へ?魔語?」
「そんれはわだすが魔語で語りかけたからだべ。だけんど、羅人族さの古い戒めをば表す魔語なんぞねぇべからよぉ、意味さ通じるように、わだすが即興で作ったん……じゃけど、まさか通じたのには驚きさね」
「えぇっと……つまり造語ってことですか?」
突然の口調の変化に思わず吹き出しそうになるのを堪え、返答をする。
「ふむ……やや訛りの強い南方森人語にも対応か」
「南方森人語?」
突然の口調の変化はそういうことか。
「語りかけられた言語で返すが、本人はそれを理解できていないというのも事実のようだが……実に不可解」
「えぇっと……なんか遊ばれています?」
「あぁ、すまない。森人族のサガかな。珍しい魔法を見ると、探求心がくすぐられてね」
「そうなんですね……まぁ、でも、これで翻訳魔法の存在も信じてもらえましたかね?」
「餅太朗、また魔語になってんぞ」
メープルの切羽詰まった声が耳に入ると同時に、砦長さんの氷のように冷たい声が聞こえる。
「あぁ、理解したとも。君が異端者だということがね」
「へ?異端者?」
気づけば、いつの間にか砦長さんの指が俺のデコに添えられていた
「微睡め、スアマピィ」
そして、その言葉と共に怪しく光り出す指先。
やばいと思ったが時すでに遅く、急激に意識が遠のいていく。
閉じていく視界で捉えたのは、凍り付くような冷たい眼差しをこちらへ向ける端麗なエルフの顔。
くそ……結局こうなるのかよ。




