立てば人型座れば毬藻落ちる姿は栗の梂
ザッハ砦。
オーセン平原とアルファ大森林の境界にある砦の一つで、元々は森に暮らす民族との交易や関所として、森を切り開いた丘の上に建てられた。
しかし、大森林が魔族に支配されると、軍事用の砦として改築され、以降は魔族との戦いの最前線となっている。
実際、去年の秋には魔族に包囲され、陥落の危機にあったが、優勢だった魔族側がなぜか全軍撤退。
それ以降は大軍で攻めてくることはなく、森の中で散発的に会敵する程度らしい。
砦までの道すがら、メープルたちから説明を受ける。
「ふぅん、じゃあ最近は平和なわけだ」
「……オオきいセントウはナイ」
「今朝は久しぶりの実戦だったな」
シフォンたちが言うには、今朝は巡回中に魔族と遭遇したそうだ。
戦力差から逃亡を選んだが、追いつかれたために、止むを得ず戦闘を開始。
そこへばぁちゃんが加勢という流れらしい。
「いやぁ、しかし、あんな数の魔族がなんであそこにいたんだろうな」
「確かに偵察にしては多かった」
「こっそり森を抜けるつもりだったのか……隊長に報告した方がいいだろうな」
どうやら、あの数の魔族と会敵するのは珍しいことのようだ。
「餅太朗と千代子さんの加勢がなけりゃ危なかった。改めて礼を言うぜ」
「いや、困ったときはお互いさまさ」
まぁ、俺は見てるだけだったけどね。
「千代子のあの戦い方、目を見張るものがあった」
「確かに千代子さんの動きは凄かったな。何と言うか鬼気迫るといった感じでさ」
「ムソウだった、スゴイゾ」
ばぁちゃんが褒められ、こそばゆい気持ちになる。
「砦に帰ったらぜひ手合わせを願いたいものだ」
シフォンがそう言うが、腰の曲がった老婆に手合わせを願うなよ。
「ところで今更だけど、どこかケガしたりしていないか?」
「出発前に確認したけどばぁちゃんは大丈夫だよ。俺が少し頬を切ったくらいかな」
本当に今更だなと思いつつ、頬の絆創膏に指で軽く触れる。
「何だ、言ってくれれば治療したのに!」
「その珍妙なネコの絵札は、顔飾りじゃなかったのか」
「クッキーはイヌだとオモったゾ」
「大した傷じゃないし大丈夫だよ」
ネコでもイヌでもないんだけどなと思いつつ、そう答える。
「でも、放っとくと腫れるぜ。ほら、ちゃちゃっと魔法で治すからこっち来な」
メープルはそう言い、近くの樹の下に移動する。
治癒魔法!やはりあるのか!
「そうか、じゃあお願いするかな」
異世界の雑菌とか怖いし、ここは大人しく指示に従うことにする。
「シフォンたちは先に行っててくれ」
「あぁ、わかった」
シフォンたちと別れ、木陰まで来ると背中からばぁちゃんを下し、絆創膏を剥がす。
「あぁ~、結構ザックリ切れてんなぁ。ちょっと待ってな」
メープルはそう言うと、懐から陶器のボトルを取り出す。
「消毒液か?」
「簡易的な聖水だ」
メープルは少し濁った液体を手のひらから腕までかけると、俺の頬に手を近づけてくる。
そして、メープルの顔が真面目なものに変わり、どことなく厳かな雰囲気となる。
「万人の守護者たる双水の女神よ、敬虔なる信徒の願いを聞き届け給え。我、清冽なる癒しの水を求める者なり。聖なる水を依代に、己が魔力を供物とし捧げん。静謐を湛えし手掌にて彼の者をすくい給え。万界揺蕩う水の精霊たちよ、女神の眷属たる其方らに望む。その身に宿しマナを我らの力に。彼の者に癒しを……キュアドロップ」
メープルの手が淡く光ると、じんわりと傷口が暖かくなるのを感じる。
「……よし、これで大丈夫だ」
「……プハッ。すまないありがとう」
メープルが離れるのを見て、息を吐き出す。
ちゃちゃっと言う割には随分と長かったじゃないか。
手を頬にやれば、なめらかな肌の感触。
「凄いな……傷跡すら消えてるや。メープルは治癒魔法が得意なのか?」
「まぁ、これでも神官の端くれだからな」
……お前その見た目で神官だったのか。デカい斧とかぶん回してそうなのに。
よく見れば、マントだと思っていた赤紫色の布には袖がついていた。おそらく、神官のローブなのだろう。
「さっ、治療も済んだしボチボチ行くか」
「あぁ、そうだな」
そう言ってばぁちゃんを背負おうと思ったのだが、いつの間に傍にいない。
「ばぁちゃん?」
顔をグルリと回せば、少し離れた樹の下で屈んでいるのを発見。
「ばぁちゃん、何かあった?」
そちらへ歩き始め、樹の下に近づく。
“ペキッ!”
ふいに何かが潰れた音が足元から聞こえる。
不思議に思い足をどけると、靴の下からメガネが出てきた。
「何でこんなところにメガネが?」
メガネを摘まんで持ち上げる。
これは漫画のガリ勉キャラがかけている、いわゆるグルグルメガネだ。
レンズは相当分厚いようで、向こうの景色がかなり歪んでいる。
また、技術的な問題からかレンズは白く濁っており、見え辛そうだ。
そして、踏んだ拍子にツルの部分が曲がってしまったようだ。
『あらまぁ、もっちゃんのメガネかい?おしゃれだねぇ』
『違うよ、ここに落ちてたんだ。ばぁちゃんはどうしたの?』
『ばっちゃはこれが落ちてるのを見つけたの』
ばぁちゃんが両手で作ったお椀の中にあったのは、白地に黒い桜の花があしらわれた細く短い帯だった。
表現するなら、やたら花の主張の強いチロリアンテープといったところか。
『何でこんなものがここに?』
「どうしたんだ、行かないのか?」
メープルが近づいてくる。
「悪い悪い、今行く。ばぁちゃんが変な帯を見つけたみたいでさ」
「あぁ~?変な帯?……って、そりゃあ、隊長のリボンじゃねぇか」
「隊長のリボン?」
「ここにいたのか。ちょうどいいや、お前らのことを紹介するぜ!ちょっと待っててな」
すると、メープルは大きく息を吸い込む。
咄嗟にばぁちゃんの両耳を塞ぐ。
「隊長~!!!そこに居ますか~!!!」
響き渡る大声。
近距離からモロに食らったせいで、耳がキンキンする。
メープルに一瞥をくれるが、本人はまるで気にした様子もなく、上を見上げている。
釣られて上を見上げれば、20mはあろう樹の天辺に何かがいるのが見えた。
太陽光が眩しくてよく見えないが、シルエットはまるで大きなマリモだ。
マリモは徐に立ち上がると、シルエットが人の形となり、そのまま樹から飛び降りた!
思わず距離を取ったものの、いつまで経っても落ちてこない。
不思議に思い、再度上を見上げれば、件のマリモはまだ空中に留まっていた。
まるで重力なんて知らないかのように、ゆっくりと下降している。
これはあれか。風魔法でコントロールしてるとか、そんな感じか。
たっぷりと時間をかけて地面に降り立ったそれ。
まず目につくのは、四方八方に突き出た金色の長髪だろう。
まるで膨らんだハリセンボンのようだ。
そして、自然の色合いの縦帯が幾重にも重なった、ミノムシのようなポンチョで身体は覆われている。
話の流れ的にこれが隊長なのだろうが……何の生き物だこれ。
「……朝からうるさいぞ。メープル隊長」
凛とした高い声色。
「隊長!今朝の日光浴は終わりっすか!」
「あぁ、誰かさんのせいでな」
そう言うと、全方向に突き出していた髪は、呪縛が解けたかのようにふんわりと本来の柔らかさを取り戻し、重力に従って下へと垂れる。
そして、貞子のようになった前髪をかき分ければ、絶世の美女が顔を出した。
病的なまでに白い肌に、冷たさを感じさせる淡い紫色の眼。
「リボンとメガネは……あぁ、貴殿らが持っていてくれたのか」
ばぁちゃんの持つリボンを摘まみあげると、長い金髪を後ろで一つに纏め、リボンで結ぶ。
すると、特徴的な尖がった耳が露わになる。
この端正な顔立ちと尖った耳と言えばまさか。
「なぁ、メープル。この尖った耳ってもしかして」
「あぁ、珍しいだろ?ご明察のとおり、何とあの、森人族だぜ」
異世界モノのド定番来たコレ!!!




