パンがなければ羊羹を食べればいいじゃない
「あれは?」
「岩だな」
「これは?」
「小石ダナ」
「なら、これは?」
「……」
地面を指で指すと、言葉に詰まるシフォンとクッキー。
「石や岩が細かく砕けて平らになったものだな」
いや、土か地面でいいだろ。毎回その長ったらしい名前で呼ぶつもりか。・
「クッキーはワカルゾ。ロームだ」
「ふん、ロームという呼び方もあるそうだ」
ロームって確か土壌区分のひとつだったか……友人の蘊蓄を思い出す。
どうも、みなさん御手洗餅太朗です。
どうやら、俺たちが転移したのは土魔法が羊羹魔法になった世界のようです。
半年前の女神さまの奇跡によって、そうなったみたいです。
いやぁ、すごいですねぇ。
《ふふん、そうでしょう》
いや、褒めては……はぁ。何で羊羹にしちゃったんです?困りませんかね?
《あら、そうでしょうか。飢えることがなくなって万々歳なのでは?》
少なくとも、私は身体中が羊羹まみれになって困ってますね。
というか、この世界の人々にはどう見えているんですか?羊羹でスロープ造ったり、砦の補修してましたけど。
《おそらく、今までの土魔法と同じ要領で使ってるのではないでしょうか》
おそらくって……。本人たちは使ってておかしいと思わないんです?
《思ってないからそうなっているのでは?》
いや、まぁ、そうなんですが。おかしく思わないのがおかしいと思うのですが。
《まぁ、考えられるとしたら、不都合が出るたびに世界の修正が入っているのでしょう》
……世界の修正?
《えぇ。奇跡により改変をおこなうと、それまでとの差異から、どうしても帳尻が合わない箇所が出ますからね。そうした事象や認識のバグを修正するのです》
あー、もしかして羊羹で持ち上げられたときに3人が固まってたのって。
《おそらく世界の修正でしょうね》
うわっ、やっぱそうなのか。
……あれ?でもそれなら何で私は無事なのですか?
《世界の修正は、その世界にいるその世界出自のものにしか効果がないのです》
なるほど。つまり、こういうことでしょうか。
あの時、本来の土魔法だったら崩れずに柱の上に乗れたはずなのに、羊羹だったせいで柱自体が崩れた。
その本来なら有りえない状況に対して、世界の修正が入ったと。
それで、私がこの世界の人間だったら、認識の修正をくらって、同じように不思議にも思ってなかったと。
《あの時がどの時か知りませんがおそらくそうでしょう》
いや、女神さまも鑑定魔法で繋がってた時でしたけど……。
《あぁ、うっかりで月を爆散させてしまった話をしてた時ですね》
いや、その時かどうかは知りませんがおそらくそうですね。てか、何やってんですか。大惨事じゃないですか。それと、大分前の時点で魔法の話終わってたんですね。
あとは、羊羹でできたスロープにズブズブと首まで浸かってたのは?
《おそらくすでに認識の修正後なのでしょう》
本人たちは土でできたスロープを上っているつもりだったということですか。
しかし、羊羹でできていたので、踏み抜いて羊羹に埋まっていたと。
《そういうことでしょうね》
首まで浸かってても上れているように錯覚するとか、世界の修正怖いな。
あれ?先ほどの話だと世界の修正には認識だけでなく、事象の修正もあるのですよね?
《はい》
なら、事象の修正で羊羹を土にするなり、硬くした方がいいのでは?
《かかるコストが段違いなのです》
つまり、今後もあのスロープを使うたびにメープルたちは羊羹まみれになると。
《そうなりますね》
可哀想に……。
《変革に多少の犠牲はつきものです》
その変革が必要なものだったかは議論の余地がありそうですけどね。
《長い目で見れば必ず感謝することになるでしょう。なにせ、この世界の人々はもう飢えに苦しむことはないのですから》
まぁ、住か食かどちらが生きるのに必要かと言われれば、確かに食でしょうが……。
そもそも、何で羊羹なんです?
変えるならパンとかでよかったのでは?
《美味しいじゃないですか、羊羹》
まぁ、それは和菓子屋の息子として同意しますが。
《……》
えっ?理由それだけですか?
《はい、ほかに理由が必要でしょうか?》
それだけの理由で、この世界の人々は土魔法を羊羹にされたのか……。
まぁ、煉羊羹はカロリーが高くてかなりの長期保存ができる。飢えないという点だけに焦点をあてれば、いいチョイス……なのかもしれない。
ところで、この世界の人々は、土を羊羹だと思ってるのですか?
それとも土魔法が羊羹魔法になったと思っているのですか?
《さぁ、どうなんでしょう》
さぁ……って。女神さまが起こした奇跡ですよね?
《奇跡を起こしたのは私ですが、行使しているのはこの世界の神なので》
……?
この世界は女神さまが管理しているのでは?
《えぇ、世界を統括管理しているのは上位女神である私です。しかし、私は5つもの世界を管理する忙しい身。ひとつの世界にばかり構ってはいられません。そのため、それぞれの世界に下位神を置き、平時の管理運営は任せているのです》
上司と部下の関係みたいな?
《そんな感じですね。なので、今回も私がおこなったのはメインプログラムのコードの書き換えと仕様変更の要点の伝達、あとはポイントの譲与までです》
今度から土魔法が羊羹魔法になるから、こんな感じであとはよろしくって感じですか?
《そんな感じですね》
それ、部下に丸投げする図では?ちなみに部下さんの仕事は?
《仕様変更の細部の詰めやメインプログラム以外のコードの書き換え作業、および、改変によってエラーを吐いた箇所の修正作業。奇跡行使後は、管轄世界の神殿など各所への通達や、不具合が生じた際の世界の修正での対応などですね》
いや、仕事量多くないですか?
《世界の管理が彼女らの仕事ですから。そういうことですので、触りしか係わっていない私は詳しい奇跡の内容を知らないのです》
部下さんも大変ですね。
《ちなみに、担当者は土の精霊神、いや、今は羊羹の精霊神ですね》
羊羹の精霊神!?
あとこんな感じでよろしくと丸ごと仕事を押し付けられ、日夜、滅茶苦茶な仕様変更のせいで生じたバグの修正してる中、そうそう、今日から君が司るのは土じゃなくて羊羹になったからって上司から告げられたってこと?
ちょっと不憫すぎるんだが。
《でも、今回の奇跡の内容を伝えた時、泣いて喜んでましたよ》
悲しみの涙だと思いますよ。
女神さま、羊羹の精霊神さんに謝ったほうがいいですよ。
《それが、あれ以降忙しいのか、連絡がつかないのですよ》
いや、怒ってるんじゃないですか!それ!忙しいのも事実でしょうけど!
《いえね、どうも世界の修正が多いようでしたので、アドバイスでもしてあげようかと。あまり修正ばかりしてると、私の奇跡が失敗だったみたいに見えますし》
いやいや、余計なことしない方がいいですよ!火に油ですよ!
《あとついでに、勇者たちを送り込んだから面倒を見るようにと、勇者餅太朗は神殿の宝物庫とか荒らすかもしれませんが怒らないように、と伝えようと思っていたのですが》
その流れで私たちの件を差し込まないでくださいよ!
下手したら精霊神や神殿を敵に回しかねないじゃないですか!
《神殿を敵に回すって、すでに聖獣を一体屠ってるではないですか》
ぐっ……あっ、あれは、見つかってないからノーカンです。
《そういうことですので、私は詳細を知りません。それこそ、彼らに聞いてみては》
ということで冒頭に戻るわけだ。
俺たちは今、砦から少し離れた地点で、地べたに腰を下ろして休憩中だ。
そして、シフォンとクッキーに土魔法、もとい羊羹魔法のことを聞いている。
メープルは一人で砦に向かっていった。助けられたとはいえ、得体の知れぬ二人組。
勝手に連れていっては不味いということで、許可をとってくるらしい。
色々聞いてみた結果、どうやら土という名称が消えているようだ。
土や地面は名状しがたい何からしい。
なお、岩や砂は普通に岩や砂のままのようだ。
また、土魔法は昔から羊羹魔法だったという認識らしく、例えばクッキーは昔から羊羹魔法の使い手だと思いこんでいるようだ。
しかし、羊羹ウォールの時もそうだったが、何か最近上手く発動しないな、くらいの認識はあるらしい。
ただし、魔法そのものが変わったとは思っていないので、以前の要領でスロープを造ったり、砦の補修をしていると。
普通ならおかしいと思うはずなのだが、そこは世界の修正とやらで認識を変更し、無理矢理整合をとっていると……。
土と羊羹じゃ性質が違い過ぎて、いくら修正を噛ませても、整合とりきれない気がするんだけどな。
そもそも、認識を修正するから色々と問題がでるのでは?
最初から土魔法が羊羹魔法に変わったのだと人々が認識すれば、今までの使い方を止めて、使えるように使うのではないだろうか。
《その点は私も不思議なのですが、そう決めたのは担当者である羊羹の精霊神ですので》
……色々と不都合があったのかもしれませんね。
「何をしている、千代子!」
シフォンの慌てたような声が聞こえ、意識をそちらへやる。
そこでは、ばぁちゃんがシフォンについた羊羹を摘まんで、モチャモチャと食べていた。
「おい、お前からも言ってくれ」
『ばぁちゃん、おなかすいたの?』
こちらに訝し気な視線を送るシフォンたち。
すると、ばぁちゃんの目がカッと見開かれる。
『……これはウチの味だね』
その言葉を聞き、自分の服についた羊羹を指で掬い、口に含む。
「お前まで何食べているんだ!」
……ホロリと崩れる噛みごたえと滑らかな舌触り。そして、しつこさのない上品な甘さ。
うん、人生で数え切れぬほど食べてきたこの味。間違えるはずがない、ウチの羊羹だ。
「ソンナものタべたらおナカコワスぞ!」
「千代子、はき出すんだ」
ばぁちゃんをユサユサと揺するシフォン。
……あれ?もしかして。
「この世……こっちじゃ羊羹って食べないのか?」
そう言った途端、ものすごい表情でこちらを見てくるシフォンたち。
「羊羹を……食べるのか?」
「食べるぞ」
「……辺境の出身だとは思っていたが、よもやそこまでとは」
「クロウしたのダナ」
哀れみの目でこちらを見てくるシフォンたち。
あぁ、やっぱり。土魔法の要領のままで使ってるから、食べるという発想がないっぽいな。
これ土魔法が羊羹魔法になったというよりは、羊羹が土になってる感じじゃないか?
「食べてみろよ、美味しいぞ」
「いや、遠慮しておこう」
ひきつった顔で断ってくるシフォンたち。
女神さま、こっちの世界の人々は羊羹を食べ物だと認識してないようですし、飢えても羊羹を食べないんじゃないですかね?
ブツンと切れる音と共に頭の中から文字が消えた感覚。
逃げたな。というか、向こうから切れたのか。
何でウチの羊羹の味がするのか聞いておけばよかったな。
「おーい、許可とってきたぞー!」
大きな声がする方を向けば、メープルが手を振りながら歩いてくるのが見えた。




