不器用なボーカル
演奏が終わり…廻がバルコニーに行った直後。僕もバルコニーへ向かって歩を進めた。僕はシルクハットを深く被りながら…こんな言葉を口にする。
「あーあ…出番取られちゃったなぁ〜。」
そうしてバルコニーの柵に体重をかけて空を見上げている廻のそばに寄り…廻に語り始めた。
「おつかれ。まさか出番取られるとはね。」
そんな僕の言葉に廻は、ため息をつき空を眺めたままこんな事を言ってきた。
「悪いな…あーでもしないと…僕の気が済まないもんでね。」
その言葉の後僕は「ふーん」と言いながら笑顔を浮かべる。それを見ていた廻はぶっきらぼうな態度で僕にこんな質問をした。
「何がおかしい?」
その廻の質問に僕は軽く逃げるようにこんな言葉を吐き空を見上げる。
「いいやぁ〜?別に?」
正直に言ってしまうと…廻が英語歌詞を歌えるようになったのは…僕の影響が大きい。つい三日前…廻は僕にこんな事を頼んできたのだ。それを思い出すと…どうしても笑いが込み上げてしまった。
三日前。夜中の練習が終わり僕は家に帰ろうとしたが…廻に呼び止められた。理由は何故か分からなかったが…僕はそれをすぐに知ることになる。
「すまないな…呼び止めてしまって。」
そう言った廻に僕は気にしていない様な素振りを見せた。だって…その日は完全にオフの日で予定があったとしても昼からだったからだ。
「いや!朝は特に予定は無いから大丈夫だよ…で…君が僕を呼び止めるなんて…どうしたんだい?廻?」
僕がそんな質問をすると廻は、自分のエレキギターとその横にある机の上の写真立てをを見てから…こんな事を僕に言ってきた。
「ああ…なぁ?恭太郎?お前って英語歌詞歌えたよな?その…僕にも教えてくれないか?」
意外だった。廻が歌うTHE BLUE HEARTSは英語歌詞が殆ど無い。なのに何故英語歌詞を学びたいのだろう?そんな疑問を頭によぎらせていると廻がこんな事を言葉にする。
「お前も知ってると思うけど…僕に残された時間はもう僅かだ。なら…それなら僕が誰かのために…できる何かを作っておきたいんだ。」
そんな廻の言葉に無言になり…僕はキーボードを仕舞う手を止める。それでも廻は僕に語った。
「…でもそれじゃ単なる僕の傲慢な願いに過ぎない。でも…もしそれが…このバンドのためになるなら…それも悪くない…って。」
そう言い廻は静かに笑った。僕は近くのハンガーラックに、かかったシルクハットを深く被り声に出してないが…小さく微笑みを浮かべた。そうして廻に僕はこんな言葉を口にする。
「なぁ廻?もしそれが本当に単なる傲慢な願いだと思うかい?僕はね…思うんだ。このバンドを通して…互いに前を向いて歩いてる…って…だからさ…廻のその頼みは…「単なる傲慢な願い」じゃないよ。」
そうして僕は、三日間廻に英語歌詞を教える事になった。学生時代の時からだが…廻は飲み込みが早い。だから僕がある程度教えたら…すぐに出来るようになっていた。だが…もう一つ変わっていない所がある。これは、ある意味廻のいい所でもあり…悪い所でもあるのだろう。
「…ふっ…不器用なボーカルだな。」
そう廻にも聞こえないような小さな言い空を見上げる。その直後廻はバルコニーを後にする。
「とりあえず…ありがとう。恭太郎…お前のおかげで出来ることが増えたよ。こんな残り僅かしかない僕が出来ることが…ね。」
その言葉と共に「カララ…」とアルミの引き戸が開く音が僕の後ろで聞こえ…「ぱしゃ…」と冊子が閉まる音が聞こえた。そうして一人缶コーヒーを開け飲もうとする。しかし…僕の背後から廻でもなければ…侑李でも無い人物の声がした。
「今の…聞きましたよ。」
その言葉が聞こえた方へ首を動かすと…そこにいたのは琴葉君だった。僕は少しばかり無言を貫こうとするが…僕の隣に来ては琴葉君は僕にこんな事を問いただしてきた。
「あの…恭太郎さん。廻が英語歌詞を歌えるようになったのって…恭太郎さんが教えたから…なんですかね?」
僕は琴葉君の質問に対して動揺を隠せない。すると…僕の動揺に気付いたのか…琴葉君は僕に興味深い事を教えてくれた。それは…廻に関する興味深い事だった。タイミングが良いのか…侑李や裕二もバルコニーに出てきている時に…僕らは本人は簡単に語ってくれない廻の過去を知ることになる。
「もしそうだとしたら…なんで教えてくれなかったんだろう…ってこんな事今回だけじゃないんですがね。実は…」
琴葉君が出そうとする言葉に僕は唾を飲む。そして…
「中学の時私や祐に何も言わず相談もせず…荒れていったんですよ…。」
僕や裕二は廻が荒れていたのは知っていた。だが…その理由を知らないままでいる。そんな中…一番廻に近い人物は廻の何を語るのだろうか…。




