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別れのkissから始めよう

幼なじみ編

この一話で終わります。


二度あることは三度ある。

こんな場面みたいわけじゃないのに、なぜか修羅場に遭遇するんだよね。


修羅場を作り出しているのは、有田啓介25歳。彼女多数の自他共に認める、女たらし。それに、あたし前野美津子(同じく25歳の幼馴染)は凄い確率で出会うのである。

わざと狙っているのかと思うくらいに。

それもこれもあいつがあたしの務めている会社に就職するから!就職が別々になって、やっと…やっと女同士の争いに巻き込まれなくて、平穏無事の人生が送れると安堵していたのに、啓介が勤める会社が倒産してこの会社に吸収合併された。

こればかりは啓介が悪いわけじゃないけど。


ここまで腐れ縁だとある意味疫病神に取り憑かれている気がする。

今度お祓いにでもいこうかしら?



それにしても…。本当に飽きないよね。不毛な戦い。

啓介も初めからあんなだし、女性たちも分かっていて付き合っていると思ってた。

だって、付き合う時も

「俺、言ったよね?君だけじゃないよって。それでもいいと頷いたのは、あんただ」

そうだね。ひどい言い草だけど、ある意味優しだとほざきながら言ってたよ。

何故か告白をされるシーンもよく見るのだ。

やっぱり、なにかに取り憑かれているとしか思えない。


大体この書類を届けるにしても、目の前で爪を磨いている子に頼めばいいのに、嫌われたくないおじさんの心理なんか理解したくない。その為にこんな目にあったのだ。

総務部長に頼まれた書類を5階の営業部に届けるために、気分転換の為に非常階段を下りたのがまちがいだったのだが、普通は仕事中にそんなところに出会う方がおかしいのだ。

ところがバッタリとこの場面に出くわした。以前もそれでやらかしたのに、忘れてたよ。

あんたたち、仕事しなさいよね。


――仕方ない。ここを通るのが近道なんだけど、エレベーター使って降りよう。

靴音を立てないように、ゆっくりと回れ右をしてその場を後にした。


良かった。見つからなかった。

恋愛なんて体力を消耗するだけなのに、よくやるわ。


書類を渡してすぐに自分の部署に戻る。本当なら少しでも運動不足解消のために動きたいのだけど、あの調子なら絶対に終わっていない。溜息をつきながら、エレベーターのボタンを押した。

「あ」

ドアが開いた途端に思わず声が出てしまったあたしを、誰も責められないと思う。先ほどの彼女たちが乗っているなんて、予想外だ。

しかもにらみ合いが続いたまま。

なんでよ!あなたたちの階は3階でしょ?そもそも会社が違うのに、どうしてこの階に用事があるわけ?

引き攣った顔のまま、お先にどうぞとエレベーターから一歩下がった。

「あんたのせいね」

なにが!

立派な大学出て立派なお嬢さんが、そんな日本語では困るでしょ。

わかってる。わかってて、現実逃避したいだけだ。


啓介!おまえ何した!!


先ほどまで睨み合っていたというのに、この連携何?二人がタッグを組んであたしの腕をとり、エレベーターに引きずり込んだ。

啓介、今日という今日は絶対に許すまじき!あんたの家に行っておばさんにチクらせてもらう。

その前に、このお嬢さん達をどうにかしないと。

エレベーターが着いた先は、お約束の屋上。

ポケットに忍ばせていた携帯に指紋認証で画面を立ち上げ、履歴から啓介の名前にタッチしてコールさせた。

さて、あたしは何故拉致されたのでしょう。


「あのー、あたしに何のようですか?」

「しらばっくれないで。あんたが元凶でしょ!」

ああ、またわかんないことになってる。幼なじみってだけで、絡むのは止めてくれないかな。

「ほーんと、迷惑」

「なんですって!」

とうとう頭にきて、心の声が漏れちゃたよ。事なかれ主義で生きてきているのに、なんだってこんなにもトラブルに巻き込まれ体質なのか。

「あたしはあなたたちを知らないし、関わりたくもない。啓介が幼なじみという事実は変えられないから仕方ないけど、だからといって、あなた方の問題をあたしに絡めるのは止めてくれない?迷惑なんだけど」


「…それに、他の会社の社員を拉致してここに連れてきて、ただで済むとでも?このことがあなた達会社の信用問題に関わること、理解出来てる?ああ、出来てたら普通ここには連れてこないか」


嫌みの応酬をしていると、ちょっと気が晴れてきた。顔色も悪くなっていくし、ことの重大さに気付いたようだから、ここで解放してあげよう。元々は何股も掛ける啓介が悪い。それに早く戻りたいのよね。ここ風が強くて寒いし。


「だからね…」

「大丈夫か!美津子」

近づいてきた啓介に一発ボディブローをお見舞いした。

「あんたが、悪いよね?後始末が出来ない奴はそもそも彼女を作るな。今度こんなことがあったら、縁切り地蔵に行って幼なじみの縁を切るからね!よーく考えて行動するように。あなたたちもよ?わかったなら、早く会社に戻って。このことは内緒にしておくから」

頭を下げバタバタと二人は去って行った。

「啓介もこれに懲りて、誰か独りに絞りなさい」


言いたいことを言ったあたしは、屋上のドアに手を掛けた。

今思えば、かなり油断していたのだと思う。

後ろから羽交い締めのように抱き込まれたのだ。


「なにするのよ。バカ啓介」

「おまえが…」

「なに!いいから早く返して」

「おまえが、俺を見てくれないから」

「はあ?」

「おまえが、俺を男として見ないからだろ!いい加減気づけよ。いつだって、誰よりもおまえのことを優先してきたんだ。風邪を引いたときは飲み物持っていったし、おまえが彼氏と別れて泣いていたときも傍にいたし、誰よりも近くにいたのに、誰よりも遠かった」


ああ、もう意味が分からない。

本当に、こいつ阿呆だ。それで分かれとか、どこのエスパーだ!どこ部分をとっても幼なじみの範囲から離れてないし、何人も女泣かす男を誰が好きになるものか。

「あんたみたいな男が、一番大嫌い!」


腕が緩んだ隙に啓介を蹴り飛ばして、屋上からあたしは去った。

その後啓介がどうしたのか、どうなったのかは知らない。


部署が違うと意外会わないことに、今気がついた。それにしては家の近くじゃなくて、よくこの会社内のビルで会ってたような。

まあ、いい。

あれから流石に懲りたのか、啓介の浮いた話は話題に出てこなかった。それよりも仕事を頑張っているという評価が出てきたのは、凄く意外で何となくホッとした。


お目付役は、これで終わり。

手の掛かる弟がやっと独立した感じ?といえば、わかりやすいかも。


あたしもこれで少しは前に進めるかな。

元彼に二股掛けられてもう恋なんてしたくないって思ってたけど、あの、啓介が心を入れ変えることが出来るくらいなら、昔に囚われることなく前を向いて見ようかと思う。

ちょうど人肌が恋しくなる季節だし、後輩に誘われていたコンパにでも行ってみようかな。



って、なんでここに啓介が居るわけ?

心入れ替えたなんて、嘘だったってこと?

「前野先輩。どうかしましたか?」

「ああ、ううん。何でもない。それよりも、オシャレなところね」

「ここ、有田先輩が教えてくれたんですよ」


相変わらずフェミニストだこと。これは小さいときからだから、変わりようがないか。

「じゃあ、ご飯は美味しいってことだね。楽しみ」

「もう、前野先輩。食べることだけじゃなくて、折角コンパに来たんですから、色んな方としゃべりましょ?」

「うーん。それもそうね。気が合う人が居たら」


あははっ。

あたしって会話音痴だ。ここまで来て仕事の話とか、終わってる。あ、ごめんね。石川君。あなたが悪いわけじゃないから。

それに啓介。そんな不機嫌そうな顔して、目の前の女の子に失礼でしょ。

あーでもアイツの場合、笑いかけたら面倒なことが起きるのか。可哀想な奴だ。


「あ、その唐揚げちょうだい」

「はい、どうぞ」

「ん、ありがとう」って誰だ?

「あ、俺今度営業部に配属になった有川です」

「あたしは「前野美智子さんですよね。とても興味があったんで、このセッティングして貰ったんです」」

「興味?鋼鉄の女って?」

「まあ、ある意味そうかもしれませんね。あの有田の幼なじみで、有田を一番見てきたあなたが、堕ちてない理由が知りたかった」

「一番、見てきたからじゃない?」

「そういうもんかなー」

「そういうもんよ。何にでもタイミングはあるし、未来が見えないまたは見えすぎるのも、逆に身構えてしまうから」


それからたわいない話をみんなでして、一次会は終わった。

「前野さん、二次会は?」

「うーん、今日はやめておく。また、誘って」

「誘っていいなら、誘います」


みんなと別れて、大きな歩道を歩く。ちょっと酔ったお酒を抜くには歩くのはいい距離だけど、流石に危ないからしない。大通りに出て、タクシーを拾うことにした。


停まったタクシーに乗り込むと、何故か啓介までが乗り込んできた。

「あんた、何やってんの」

「美津子と帰る」

「あ、っそ」


行き先をいいタクシーを出して貰う。当然タクシーの中は始終無言。そういえば啓介を屋上で蹴ってからここ一ヶ月は口きいてなかった。

お金を払い、外に出た。

家はもうすぐだ。


「なあ、家に行っても良いか?」

「ダメに決まってるでしょ」

「話がしたいんだ。ちゃんとまじめな話」

今まで見たこともない男の顔で、熱い目で見られて答えに困る。

――だけど、啓介がけじめを付けたいというのなら、ちゃんと話をしよう。逃げてきたのは、あたしも同じだから。

「わかった」


鍵を開け、中に入る。誰も居ない真っ暗な部屋に、明かりが灯るとちょっとだけホッとする。

母は父がラブの人で単身赴任について行っているから、一軒家に一人で住んでいる。

帰ってきて明かりがないのはちょっと寂しい。

「お茶、煎れるね」


硬い表情のまま、ずっと見られているのは正直居心地悪い。

「どうぞ」

「ありがとう」

「で、話って」

「俺、美津子と幼なじみでいるのを、やめたい」

どういう意味で。


気がつけば、啓介に唇を奪われていた。

「ちょ、」

続きの言葉も言わせて貰えず、合間に息継ぎをするのが精一杯で、息が上がる。

もうダメだと思った時に、やっと離して貰えた。

あんたどういうつもりで。

「これでもう、ただの幼なじみとは言わせない」


「ずっと、ずっと好きだった。高校生の時から美津子しか居なかった。幼なじみという程よいぬるま湯に浸かっているのが心地よくて、別れを意識するのが怖かった。美津子じゃない誰かとなら、別れは簡単にできると思った。実際に来る者拒ます去る者負わずでも、辛くなかった」


「うん」


「どれだけ迷惑を掛けても、美津子は俺を見捨てなかったし、幼なじみ枠で助けてくれた」


「そうだね」


「だけど、俺と縁を切ると美津子が言った」

「言ったね」

「切られるくらいなら、幼なじみ枠に別れを告げて、新しい関係を作りたいと心から願った。今すぐにとは言わない。俺は最低なことをしてきたから。でも一度でいい。俺だけを見て欲しい。それでもダメだというのなら、また頑張るから」


啓介は佇まいを正した。

「俺と付き合って下さい。美津子が、好きです」


言葉と共に、掌に乗せられた物を見た。

「これって」

どこかのお祭りで売られていたおもちゃの指輪。お小遣いで買って、嬉しそうにずっと指に嵌めていた。だけど泥遊びをしていたときに、抜けてしまったらしく無くしたと泣いた覚えがある。


「もしかして、探してくれてたの?」

「見つけたのは、兄貴だ。それが悔しくて兄貴から奪い取って、隠してた。いつか長い髪に似合うリボンを買って、一緒に渡したいと思っていた」



ああ…、掴まりたくなかったな。

こんなことを言うなんて、狡いよ。

いつかこうやって幼なじみの立場から、攫ってくれるのを待っていたなんて、自分が乙女チックなこと、そんな事実知りたくなかったな。

啓介がロマンチストだって笑えない。

啓介の横で嫉妬して、惨めな思いをするのがイヤで幼なじみを選んだ。いつも目踏みする女の視線に、堪えられなくて、逃げたのに。もう逃げられないじゃない。


でもこれってあたしの願望とか夢、じゃないよね?

Kiss、したんだよね?


「信じてくれた?」

「あ、うん。夢じゃなくて?」

「夢になんてさせない」

並んで座っていたソファの上で、押し倒された。身体の上に乗る重みが夢じゃないと告げている。あたしの全部を覆って啓介は囁いた。

「恋人のkiss、しよう」


優しいkiss。

唇を啄み微笑んで、また啄む。繰り返されるkissに静かに目を瞑った。

それが合図だったかのように、隙間無く重なった唇から僅かにもれる吐息までも呑み込んで、唇の動きは激しさを増していく。

Kissってこんなに激しいものだった?

思考の全てを奪ってあたしに馴染んでいく唇は、きっとこれから拒めない。


Kissだけで上がっていく息に、自分の中の女を知った。


やっぱり、啓介が好き。

もう、幼なじみではいられない。


「責任、とってよね」

ちょっと拗ねたような物言いになるあたしは、可愛くない。

それでも啓介は満面の笑みを浮かべた。

「望むところだ」

啓介のkissで、身も心も解かされていった。

『もっと、kissをして』


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