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kissから始まる恋 ~短編集~  作者: 桜田 律 
3.上司と部下
4/4

恋に落ちた、背徳のkiss

朝から失礼!

夜の勢いで書いたモノで(笑)

この一話で完結です。

ここ2ヶ月営業部全員で取り組んでいたのコンペが成功した。会社の業績に大きく貢献したと社長直々にお褒めの言葉を頂いた。そのご褒美として営業部署全員で、打ち上げをすることになった。


ほぼ毎日のように残業となったので、全員が少し前まで目の下にうっすらとクマを住まわせていた。その為栄養ドリンクが常備品となっていたぐらいだ。

その解放感からだろうか。全員のテンションが少々(?)おかしい。

しかもいつも毅然としている長野課長が、ネクタイを緩ませ胡坐をかいて笑顔で飲んでいるのだから、周りはそれ以上だ。


そんな雰囲気にあたしものまれていた。いつもならお酒が苦手だと断っているのだが、今日ばかりは少しばかり口を付けている。

そのせいかちょっとボーっとする。水を沢山飲んで、トイレに何度も行くことにした。


「藤川さん」

お手洗いから出るとすぐに憧れている長野課長が居た。

「この後時間あるか?」

「はい。大丈夫です」


業務中と変わらぬ表情と平坦なトーンで名前を呼ばれたあたしは、部下として答えた。

「じゃあ、この打ち上げが終わったら二人で抜けよう」

え、課長…。今なんて。

二人で、って言った?


課長が言った台詞があり得ない内容だったので、何度も頭の中で反復した。ただの部下に対していう声ではなく、少し甘さが入った優しく問いかける声だ。

確認するように課長を見れば、耳元で囁かれた。

「いいだろう?」

男の声で囁かれ、ゾクッと背中に電流が流れる。それだけで抗うことなど出来なかった。

頷いたあたしに満足そうに笑みを浮かべ、軽く唇にリップ音を響かせて、課長は皆のところへ戻っていった。

kiss、された…。

憧れは恋へと一気に発展した。


これが最初で最後の夜であったとしても、きっと女として喜びと自信に満ちることだろう。

何故なら歴代の美人受付嬢が課長に挑戦し撃沈していったようで、難攻不落の男だと称されていた。その為何年か、男色を疑われていた程だ。

その課長から誘われkissされたのだ。浮かれてしまってもしかたないと思う。

例え、結婚前の遊びだったとしても。



「おーい、みんなちゃんと生きてるか?」

「「はぁーーーーい」」

完全に酔っぱらいの集団である。

「俺は用事があるから先に出るが、おまえらはもう少し休んでから動けばいい。店にはお願いしておくから」

「えー、長野課長二次会来ないんですか?」

「ああ、ちょっとな」

その言葉で皆がああ、と納得した。


先日長野課長が結婚するらしいと噂を聞いた。営業先の専務の娘さんに一目惚れされ見合いをしたらしい。

女性たちは鳶に油揚げをさらわれるとはこのことで、かなり悔しがった。もちろんあたし藤川凜もその中の一人だったが、最初から諦めていた分、ショックはあっても堪えることが出来たのだ。

このことを婚約者と会うのだろうと、皆勝手に推測したのだ。


本当にあたしと、この後会うの?


皆と課長が話している間に、自分もここで帰ることを周りに告げた。

「えー藤川ちゃんも帰るのー?」

いつの間にか、ちゃんづけ。完全に酔っぱらいだ。危険ゾーンからは抜け出さないと。お酒を飲まなければ、いい先輩じゃないのだけど、飲むとちょっとチャラくなる。

「はい、はい絡まないの」

お酒が飲めないのを知っている同期が助け舟を出してくれた。正直お酒の匂いでも酔ってしまい、先ほどからあくびを押し殺している。必死にミントを噛んで起きてはいるのが現状だ。

「ごめん、ありがとう。このままだと路上で寝そうで」

「送って「あんたはダメ」」


「なんだ。藤川も帰るならタクシーまで送っていこう」

心臓の音がどくん、と跳ねた。

やっぱりあれは妄想じゃなくて、本当に?

「ラッキーじゃん」

「う、うん」

同期に小声で言われて、余計に心音は大きくなった。

「ほら、行ってきな。好きだったんでしょ」

同期に後押しして貰って、返事をした。

「お願いします」


タクシーまでの道のりは酔いが冷めてきたのか、ネクタイもちゃんと結ばれいつもの毅然とした長野課長がいた。

何を話していいのかわからない。

伏し目がちになりながら、課長の斜め少し後ろを歩いた。


「いつもコーヒーありがとな」

「いえいえ、それぐらいしかお手伝い出来ないですから」

「そんなことない。みんなの体調管理をしてくれていただろう。コーヒーや栄養ドリンクなど買い置きをしてくれたのは、藤川さんでしょ」

そんな細かいところまで見ていてくれたことが、嬉しい。泣きそうになるのを堪えて、笑った。

「なんで…」

課長は言いかけたのを途中でやめ、止まったタクシーに入り込む。

本当に乗っていいのか躊躇していたら、腕を取られタクシーの中に引っ張り込まれた。

「タクシーの運転手さんが困るだろ」


あたしが入ったことを確認したのか、タクシーのドアが閉められた。

佇まいを直そうと体を起こそうとするが、背中に廻された腕がそれを許してくれなかった。

「なんで、逃げる?」

「あ、いえ、逃げてるわけでは。でもこの体制はどうかと」

引っ張られて入ったために、コアラのように課長に抱きついている格好になっている。

「問題ない。酔ってるんだ、凭れておけ」

いやいやいや、問題ばかりです!


タクシーの運転手さんと目が合ったために、声に出来ない。心の声を漏らしたら、勘違いされてしまう。無理やり乗せられて、どこかに連れ去られているわけじゃないですよ。という意味で、愛想笑いしてみた。

運転手さんは安心したのか、バックミラーではなくて前を見据えた。


もう!

嬉しい恥ずかしこの体制。誤魔化す為に無言で腕を叩いた。

だから、何で嬉しそうに笑って頭撫でるの?

ぎゃーーー、頭にkissとかダメ!

汗かいているし、たばこの臭いついてるし、お風呂入ってないし!

折角冷めかけていた酔いが、興奮しすぎてぐるりと一回転して戻ってきた気がする。


「可愛い」

ひとりでジタバタしていると、耳元で声がする。

特別な夜になると予感させる甘い響きが、体を刺激する。

「指も、手も、おでこも、目も。しぐさ全部が食べちゃいたいぐらい可愛い」

言われた場所に、不意に唇が降りてくる。

か、課長~~~!

Kissしているのを見せつけるように、口づけされる。これだけで腰が抜けそうだ。

「食べていい?」

ダミーヘッドマイクを使ったような声が、耳一杯に響く。

絶対に別人が課長の姿をしてるんだ。そうに違いない!

あの、課長がこんな甘いことを言うなんて、こんな声が出せるなんて、誰も教えてくれなかった。


凜の脳内はパニック状態で、考えていることが可笑しいことにも気付いていない。

難攻不落と言われていた長野の、男の顔は社内では誰も居ないのだから、知るわけがないのだ。

それでも凜がパニックになるのは仕方が無い。今まで凜に対してそんなそぶりが一㎜も無い中で、いきなり攻めの猛攻撃。完全に別人に豹変していた。


どこに今までそんな要素があったの!


やっと抱き込まれていた手が離されたと思ったら、ドアが開いた。深く考えないまま外に出た。

ん?ここはどこ?

周りを見渡している間に、長野は凜の腰を抱き込み歩き始めた。


近い、近いって!

先ほどの方が距離で言えば近かったが、顔が見えないだけましだった。

恥ずかしかったら、顔を埋めておけと誘導された胸に凜は埋めているため何処に向かっているか分かっていなかったが、流石にカウンターにまでくれば鈍い凜でも分かった。


本当に?

あたしと?

「いやか?」

ぶんぶんと顔を横に振った。

「そうか」

少し安堵したような、嬉しそうなそんな顔。いつもよりも随分と若く見えた。

こんな顔もするんだ。

今日一日で沢山の長野課長を見た気がする。これだけで幸せなのに、本当に?

エレベーターに乗り10階まで上がれば、部屋は出てすぐ近くにあった。

ドアを開けた途端に抱きすくめられ、息が出来ないぐらいの激しいkissが唇を襲った。


言葉も漏れ出る吐息も、唾液さえも呑み込まれる。

課長は何故あたしと?

結婚するって、本当ですか?

あたしのこと少しは好きなのかと、自惚れてもいいですか?


息が続かない、もうダメだと思うときにようやく唇が離された。

そのままベッドに運び込まれそうになり、そこでやっと我に返った。

「ダメ!」

長野の歩みはそれでも止らないままベッドの上に凜を下ろし、自分の上着だけ乱暴に脱ぎさると覆い被さった。

「課長!」

「yes以外の声は聞かない」

「そう…じゃ、なくて…」

服の上から弄られて感じる身体を押さえ込み、凜は必死で言葉を発しようとするが、上手く行かない。

ずっと言葉に、声に、表情に、しぐさに煽られてきたのだ。簡単に反応を示してしまう。

自分が聞いたこともない声を出してしまうほどに。

気分を良くして長野はボタンを手際よく外し、服を一枚剥ぎ取った。

ブラのホックに手が掛かったときに、凜は意思を固めた。


自分の胸に埋めようとしている長野の顔を無理矢理あげさせ、唇に自分のを重ねた。

凜は今までの恋と同じように受け身だけだったkissを初めて攻めのkissに変えた。

正直Kissなんてどれが正解かわからない。奥手の自分に経験値がないのは今更だ。それでもここで負けるわけにはいかなかった。

最初で最後の夜ぐらい、綺麗な自分を見て欲しい。


その気持ちが伝わったのかはわからないが、長野も凜に応え始めた。

嬉しい。

拙いkissを受け入れてくれたことが嬉しい。

ゆっくりと唇を離しながら長野を見つめた。

「良かった、ちゃんと見てくれた」

目がちゃんと合ったことを確認して、凜は話し始めた。

「ごめん」

「あ、いえ、その、そういうことじゃなくて。えーと、お願いがあって」

「そうか」

「はい、そのたばことお酒の臭いを流したいです」

「あ、悪い。俺も臭うよな」

「いえ、課長のは好きな匂いというか…」

なに言っちゃってんの、あたし!

「今のなしなし」

「もう、聞いた」

「忘れて下さい」

「忘れてなんてやらない。やっと手にできるのに、絶対にイヤだ」


あ、もう!駄々っ子みたいで可愛い課長も見ていたいけど!

「拗ねるな。じゃあ、一緒に入るか?反論は認めない。このままか、5分だけ凜が先に入って俺がその後入るか選べ」

そう言われてしまえば答えは一つしか無い。ベッドの上から急いで下りてシャワールームに走って行った。

普通の恋人同士のような会話に、凜の心も解かされていった。

今日ぐらい偽りの恋人役でも、いいよね?

婚約者さん、ごめんなさい。

今だけ、今だけこの人を下さい。



その後はシャワールームで一悶着あったが、ベッドの上では幸せな夜を過ごした。

明日は笑って部下の顔をするから。

今だけ…。


「なんで、そんな悲しい顔をする?イヤだったか?」

「そんなことない。でも課長結婚されるし、あたし不倫をする勇気は…」

「はあっ?!結婚?おまえ以外に誰とするんだ?」

「えっ?でも、取引先の」

「断った。おまえにプロポーズするからと」

「…はあい?」

今度は凜が驚く番だ。意味が分からない。


「俺はおまえが好きなんだよ凜。まさか、俺を捨てないよな?」

わけが分からない。

どういうこと?

嬉しさよりも困惑が勝った。

「もう一度言うぞ。俺は藤川凜さん、あなたが好きだ。既成事実を無理矢理作ろうとしたぐらいには」


既成事実と言う言葉でやっと理解が出来た。

ここまで強引だったのは、あたしとこうなるため?

長野に視線を向けると、とても愛しそうに自分を見つめる視線とかち合った。

ジワジワと嬉しさが込みあげてくる。


「返事は?」

「はい、はい…喜んで」

背徳のkissだと思っていたモノは、幸せの始まりのkissへと変貌した。

「あたしも、課長…えーと、陞さんが好きです」





おまけ


「もう、そろそろモノに出来たかな、課長」

「えー、あれだけお膳立てしておいて、ダメだったはないでしょ!」

「そうだよ。これだけの女振っておいて、昇進が掛かっている見合いを断って、凜を落とせなかったときには制裁を加えてやりたい」

「え、なに!藤川さんと課長ってそうなの?」

「あんたは女の会話に入ってくるな!」

「だって、ショックじゃんか、狙ってたのに」

「課長に勝てるの?」

「はい、すみませんでした」



長野は上司から見合いの話を持ちかけられたときに、恋人がいるからと一度は断った。

それならと上司も引いてくれたのだが、取引先の専務の娘からは一度でいいから会って欲しいと強張られた。上司が断るのに苦労していることに気が引けた長野は、会うだけならと了承した。

そして見合いをして数日後、正式に断りの連絡を入れて貰ったのだが、納得できないとその子が会社まで来てしまった。

これには、長野も困った。

相手の人はどんな人だと、細かく聞いてくるのだ。

仕方ないと腹をくくって、凜のことをさも付き合ってるかのように語り、今度のコンペが成功したらプロポーズすることになっているとまで言った。

そこまで言えば、相手も引くしかないとその場は帰ってくれた。

慌てたのは長野だ。このままでは架空の恋人と結婚することになってしまう。意を決して告白しようと決めた。


まじか!と面白そうな顔をしたのは、お茶を出しに行っていた凜の同期。長野の恋人に対して耳をダンボにして聞いていると、それに該当する者が一名居た。

どういうこと?

あの凜なら、絶対に態度に出るはずだ。秘密の恋人に一番むかない。


そこで半ば脅すように、長野に真相を迫った。

聞けば、聞くほど呆れる話で、どれだけこの男はヘタレなのだと溜息が出たほどだ。あれだけ仕事では凜々しく隙の無い仕事捌きに、上司からも同期からも一目置かれ、後輩達からも慕われ死角などどこにもないと言われていた男に、女の影がないのはヘタレだったとか、目にも当てられない。

まさかの奥手同士の恋愛が、黙ってみているだけで進むわけがない。

とんだバカやローだった。

「コンペ成功したら、ちゃんとプロポーズして下さいね!」

「わかっている。覚悟は決めた」





ニヤリと悪い顔をした同期は、あることを思いついた。

「ねえ、みんな

この事実を結婚式で暴露とかおもしろそうじゃない?」


今までヘタレ男に振り回されていたのだ、これぐらい悪戯しても許されるよね?


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