第6話 ガルナの喪失
男が担いできた荷物の中には、数日分ほどの食料が入っていた。
食事をとり、焚火を前にコーヒーを飲みながら星を眺めていると、男は重い口を開き語り始めた。
「あれは1年ほど前のことでした。我々の国に何か得体の知れない者たちが近づいて来ているという情報を得ました。しかし、情報だけで一向に姿は見えてこない。その得体のしれない者たちという情報でさえ誤っているのではないかとも思えました。しかし、それはある日突然来たのです。」
ゼオンは、ん…?と意識を向けた。
「もしかすると我々の国を襲ったものと同じか」そう思いつつ、ゼオンは何も言わず手元のコーヒーを見つめながら聞くことにした。
男は夜空を見上げながら思い出すように話を続ける。
―― ある日のこと、偵察に出したはずの兵が戻らない。
そこで状況を探るべく別の兵を偵察に出した。
すると兵の一人が部屋に飛び込んでくる。
「指揮官殿!偵察に出た後続の兵たちも戻って来ません。」
「分かった。次は私も捜索に出よう。」
これはただ事ではないと判断し、自ら一群を率いて偵察兵の経路を追うことにした。
出発してから数時間が経ち、ある森の中を捜索していると、目の前に黒い装束を身に付け黒馬に乗った騎士が現れた。
そのあと兵たちに異変が起こった。
何故か自ら動けなくなり、まるで人形のように倒されていく。
「いったい何が起こっているのだ!」
一旦、その様子を観察しようと周りにいる数名の兵と物陰に隠れる。
その黒装束の騎士は、前方にいた捜索隊の一団を倒し終えると、黒馬を走らせ城の方に向かって行く。
「これはマズい!」
騎士を追って城へ急いだ。
そして、指揮官の男と兵士たちが立ち去り誰もいなくなると、倒されたはずの兵士たちがもぞもぞと動き出す。しかし、その表情には精気が無く、何かに操られるように立ち上がり辺りを彷徨い始めていた。
男が城に着くと、そこには既に敵兵が潜伏していたのか城も村も火の海となっていた。
その先に黒装束の騎士の姿が目に入る。背後には大きな黒い影が見えた。
「な…何だ!あの大きな影は。」
声が震えた。
同時に、胸の奥が凍りつくような胸騒ぎに襲われ、城のすぐ近くにある自分の家へと急いだ。
一面火が回り家屋は焼け落ち始めている。
「くそ!」
家に入ろうにも火の勢いが強く入れない。
熱風に押し返されながら、それでも男は戸口に向かって腕を伸ばした。
焼けた木片が崩れ落ちる音。焦げた匂いが喉の奥に張り付く。
「開けろ……開けてくれ……!」
拳で戸を叩き続けたが、返る声はなかった。
崩れた梁の隙間から、小さな手のひらが見えた気がした。
男は膝から崩れ落ち、地面に爪を立てた。
声にならない声が喉の奥で潰れる。
それからどれくらい経ったのか、自分でも分からない。
気付けば、辺りは静寂に包まれていた。
― あの日、妻も子も失った…。
そこまで話すと男は息が詰まり、目を伏せた。
焚火の爆ぜる音がその場を漂っていた。
暫くして気持ちが落ち着いてくると、男は再び話し始めた。
「私は全てを失いました。残った僅かな兵たちも散っていきました。私は心身を喪失し意識もはっきりしないまま行く宛もなく彷徨っていました。
どれくらい彷徨っていたのか分かりません。
食べもせず飲みもしなかった私は意識が朦朧とし、ついに体力が底をつき倒れたのです。
そのとき、私を見つけ拾ったのがあの盗賊団のボスだったのです。
意識が戻るとボスは私に食事を与えました。
私は空腹に耐えきれず、与えられた食事を平らげました。
そして、ボスは私に素性を聞くと仲間になるよう促したのです。
私は全てを失い自暴自棄になっていたので、特に考えもせず二つ返事で受け入れていました。
まったく情けない話です…。」
それだけ話すと男は項垂れ押し黙った。
ゼオンが静かに口を開く。
「いまお前が話したこと。俺たちの国を襲ったものと酷似している。私は直接見ていないが、様子を見ていた兵が息を引き取る前に同じようなことを言っていた。」
「やはり、そうでしたか。私もあの時だけでなく盗賊として動いていた時にも、あの黒い影の噂を耳にしたことがあります。ゼオン殿はその黒い影を追って旅をされているのですか?」
「ああ、その通りだ。」
「勇敢なことだ。恥ずかしながら私にはそこまで考えが及ばなかった。」
「無理もない。一国をあっという間に滅ぼしてしまう存在だ。」
「それで、お前は今後どうする。」
「私は、あなた様にお会いし、真の強さを見たような気がします。できれば共にあの黒い影を追いたいと思い始めました。やはり…私も…悔しい!」
そう言うと男は、歯を食いしばり拳を握りしめ目には薄っすらと涙を浮かべた。
ゼオンは暫く目を閉じ、再び開く。
「ところで、いまお前のように行き場を失い自暴自棄になっている兵が、盗賊の仲間に引き入れられている状況が増えていると聞く。それも皆その黒い影に滅ぼされた国の兵士たちだ。」
「ええ、その通りです。確かにあの盗賊団も殆どが国を失った者でした。」
「どおりでただの烏合の衆ではなかったわけだ。あのリーダーたちの戦法を見て、かなりの修練を積んできているだろうことは分かったからな。」
ゼオンは納得したような表情を浮かべながら続ける。
「俺はここへ来る前、ある奇妙な盗賊団に遭遇した。それはまるで何かに取り憑かれたように無表情で、感情が無く精気も感じられない奴らだったのだが。」
男はそれを聞くとハッとして顔を上げた。
「私たちもそのように奇妙な盗賊の一団がいるというのは聞いていました。もしかするとその者たちは黒装束の騎士に遭遇したのかもしれません。確証は得られませんが、その騎士の何らかの影響を受けているという可能性もあります。」
ゼオンは男を見つめる。
「そろそろ お前の名を教えてもらえないか。」
男は少し考えこみ、コーヒーをごくっと飲み込むと重い口を開く。
「私は、亡きベラルディア王国の指揮官をしておりましたガルナと申します。」
ゼオンは一瞬目を細めた。
「そうか、あそこの国もやられていたのか。」
ガルナは黙ってそのまま俯いた。
「いずれにしても、このままでは次々と国が滅ぼされていく。どこかで止めなければならない。それもできるだけ早く…。」
―― ガルナはベラルディア王国で生粋の軍人家庭に生まれた。策略の才に恵まれ剣術も秀でており、もともとは芯の強い男であった。国が亡びるまでは指揮官であり数々の作戦を指揮してきた。――
二人は翌朝、朝食を済ませると出発した。
荒野を抜け低木がまばらに生える地に足を踏み入れた。
馬の綱を木に結わえ付け、低木の木陰で暫し休憩をとる。
「ふ~!…何とか荒野は抜けましたな。」
「ああ、しかし低木や岩は絶好の隠れ場所になる。俺たちはいつ あの黒い影の者たちに狙われてもおかしくはないからな。気は抜けんぞ。」
「ええ、確かにその通り。」
暫くの休息ののち再び二人は歩き出す。
小高い丘に辿り着いたとき、ガルナが気付く。
「何か、焦げ臭い匂いがしてきますな…。」
ゼオンは小走りに目の前の丘に向かうと、まばらに点在する岩陰からその先を見渡す。そして、遠くの一点を凝視する。
「村が焼けている!」
「何ですと!」
二人はその村へ急いだ。
そして、村に近づくころ、ある青年が岩の陰で倒れているのが見えた。
「おい!大丈夫か!」




