第2話 少年ラルとの出会い
女は岩に足を掠めたときにできた小さな傷を見つけると、サッと手をかざしその傷を消した。
そして、目を閉じ何かの意識でも探るようにいろいろな方向へ顔を向け、気配を感じたのか一点を向いたままゆっくりと目を開け、歩き出した。
ゼオンは重い足を引き摺りながら歩き続け、ある村に差し掛かる。
しかし、凄惨な光景が目に入る。
村は焼かれ、焼け落ちた建物からは焦げた匂いが漂っていた。
襲われてまだ間もないような雰囲気だった。
すると、焼け落ちた残骸から一人の少年がゼオンの様子をうかがっている。
ゼオンが気付きその少年に目を向けると、どこか震えているように見えた。
少年は、緋色に金の刺繍の入ったマント、2mにも及ぶ立派な剣を見て悪い人ではないと直感で分かった。しかし、警戒心は解けない。
ゆっくり近づくと更に少年は震えたが、逃げようとはしなかった。
ゼオンは、そっと少年に語りかけた。
「この村で、何が起こった…?」
「あ…あの…、盗賊みたいな集団が来て…みるみる間に、村を焼き払って…去って行ったんです…。」
「何か目当てでもあったのだろうか…?」
「分かりません…他には何も盗まず男の若い人と子供をさらい、村を焼き払って行ってしまいました…。」
男のみ…他のものは何も盗まず…? 妙だな。ゼオンは眉を寄せた。
「お前は、うまく逃げ切れたようだな…。」
「はい…でも、弟が…。」
「それは災難だったな…。」
ゼオンは、求める敵に執着しており無駄な労力やケガを負いたくなかった。だから、助けを求められても応じることはなかったのだ。
「弟を…助けて…お願い。両親は早くに亡くなって二人で生きてきたんです。たった一人の家族なんです!」
少年は潤んだ大きな瞳でゼオンに懇願した。
―― また、同じ目だ。
助けを求めるその瞳を前に、あのときの記憶が一瞬、脳裏をよぎる。
戦火の中、助けを求めていた幼い少年。急いで駆け寄ったが、あと一歩のところで届かなかった。
その時の少年の瞳が脳裏に焼き付き、今も離れない。――
ゼオンは、そんな過去の記憶と純粋な意識を感じ取り、見過ごすことができなかった。
そして、優しく微笑みながらその少年の肩にそっと手を置いた。
「陽が傾いたら連れ戻しに出かける。お前はここで待っていろ。」
「僕も行っちゃいけないの?」
「ああ、お前が行けば俺はお前も守らなければならなくなる。こういうことは短い時間で終わらせたいんだ。」
「分かった。待ってるよ…。」
「ところで弟の名は?」
「ルネ…。僕はラルっていうんだ。」
「そうか、ラルにルネか…二人とも良い名だ。」
そして陽が傾きゼオンは焼かれた村で火を免れた馬を一頭見つけ、ゆっくりと跨り夕日の中を走って行った。
―― ラルとルネは二つ違いの兄弟で、いつも一緒にいた。兄は面倒見がよくしっかり者だが弟のルネは少しませていて、いたずら好きな少年であった。――
砂漠のような荒野で盗賊の後を追うのは容易だった。馬やバイクのタイヤの跡が延々と地面に刻まれてる。その痕跡を辿って馬を飛ばし追いかける。
走りながら片手に持っていた長刀を背中へ斜めに背負いベルトを締め再び手綱を握る。
「やはり妙だな…他の者には目もくれずただ男のみをさらう…ただの盗賊にしてはどこかおかしい」痕跡を辿り暫く走っていると、両側に岩山がそびえ立つ谷間に差し掛かった。
そこに火を燃やし焚火をしている一団を見つけた。
手前の方で馬を停め岩陰からその様子を伺う。
「子供はいるか…。いや、ここにはいないようだ…。さらった者をまとめてどこかへ捕えているに違いない。しかし、何だ?あいつら何かに取り憑かれたように精気もなくボーっとしているな」ゼオンは馬に乗り、そびえ立つ岩山を登っていく。
盗賊たちが焚火をしている真上の岩山を通り越し、少し行くと細い谷間があった。そこから下を覗き込むと、さらわれたと思われる人々が、丸太を地面に突き刺して囲った檻の中に捕えられている。
その先の少しなだらかな岩山を、できるだけ音をたてないよう慎重に馬を操り降りていく。
捕えられた者たちが閉じ込められている檻にそっと近づき声をかける。
「みんな声を上げないでくれ。救出に来た。この中にルネという子はいるか…?」
すると奥から声がする。
「はい…僕です。」
「そうか、分かった。お前の兄さんが待っている。一緒に帰るぞ…。」
すると、捕えられた者たちが小声でゼオンに問いかける。
「しかし、どうやってここから逃げるんですか。奴らはとてつもなく強い。私たちを捕えて労働力にするつもりなんです!」
「分かっている。」
ゼオンはそれ以上語らず、鞍に掛かっている縄を解くと地面に打ち込まれている一本の檻の丸太に結わえ付け、もう片方を鞍に結び馬に力を掛けさせる。
それに合わせてゼオンも引っ張る。
捕えられている者たちもその一本を力任せに押した。
丸太が倒れ始め、音をたてないようゼオンはそれを肩に担ぎながらゆっくりと横たえさせた。
「さ、音をたてないようにここから出るんだ。」
捕えられている者たちはゼオンの言葉に従い、まず子供から先に外へ出させた。
ルネが出てくると抱えて馬に乗せた。
すると、そこへ捕えた者たちを確認に来た盗賊の一人が現れる。
その盗賊はなぜかヒャヒャヒャ…と笑っている。
続いて仲間の盗賊がまるで亡霊のように音もなく集まってくる。
「みんな、そのまま谷の反対側に向かって走るんだ!」
盗賊は檻の鍵を開け、まだ残っている者を捕えようとする。
ゼオンの大太刀が暗闇で光る。盗賊たちは足元から崩れ落ちる。
ドサッ!
盗賊は倒れこむが、相変わらずヒャヒャヒャ…と笑っている。
ゼオンは、やはり何かに取り憑かれていると確信した。
盗賊たちは表情も変えず、何かに操られているように規律立って襲ってくる。
攻撃をしながら腰に差しているもう一本の大太刀を抜いた。
盗賊たちは松明を持っているとはいえ、とにかくゼオンの動きが見えない。
両手に持った二本の刀で片端から足を叩かれ、盗賊は身動きができなくなっていく。
そして、不気味な笑い声を上げながら倒れていく。
盗賊の下端たちは後退をはじめ、更に仲間を呼び集めようとする。
「少し奴らの状況を探りたいが、今はあの子を早く兄のもとへ返すとするか…。」
その隙を見定め、ルネを乗せておいた馬に跨ると颯爽とその場をあとにした。
逃げ出した人々はこの辺りの地形には詳しいらしく、暫く時間を稼いでいる間に岩陰を巧みに利用し既にどこかへ姿を消していた。
ルネを抱えて暗闇の中、来た道へ馬を走らせる。
少し空が白み始めたころ村に戻ってきた。
すると物陰に隠れていたラルが飛び出してくる。
「ルネ!」
「お兄ちゃん!」
二人は固く抱き合うと涙を流した。
ゼオンはそんな二人に優しく微笑み、腰に差していた片方の大太刀をラルに手渡した。
ずっしりと手のひらに重さがかかる。
ラルは目を輝かせる。
「これ…くれるの…?」
「ああ、少し重いがこれを振ることができるようになるまで強くなれ…。」
優しい眼差しでラルの頭を撫で、そう言い残すと馬に跨りその場を去って行った。
「ただ負けるのは嫌だ。僕もあの人みたいに強くなりたい…」ラルは名も知らぬその男が去って行く背中を見つめながらそう思った。




