第1話 荒野の男
【 地から湧き出る漆黒の液体の恵みが時代を先へ押し進めた地で、近代の技術と中世の秩序が、当然のように同居する世界・・・ 】
地平線まで続く赤茶けた大地に切り立った岩山が巨人の墓標のようにそびえていた。
長年風雨に削られた岩肌は幾重にも縞模様を刻んでいる。
乾ききった地面には灰色に干からびた低木がまばらに残り、白骨のような太い枯れ木が一本、二度と葉をつけることなく横たわっていた。
男は緋色のマントにフードを目深に被り、その荒野を独り歩く。
腰には二本の大太刀を差し、2mはあろうかという長刀を天秤棒のように肩に担ぐ。
その姿は、まるで過去の十字架を背負っている罪人のようにも見えた。
一歩進むごとにその重みが肩に食い込み、足先が砂地に沈み込む。
強い陽射しは容赦なく体力を奪い、その足元は僅かにふらついている。
背後には、延々と続く足跡が砂に残されていた。
やがて風が吹き始め、その足跡を跡形もなく静かにかき消していった。
彼がどこから来たのか、どこへ向かうのか誰にも分からない。
果てしない大地に吹く風は乾いた弦の音にも似た物悲しい旋律のように響いていた。
そのとき、風の吹く遠くから双眼鏡を覗き一人の盗賊がその様子をうかがっていた。
絢爛な金の刺繍が入った緋色のマント、肩に担がれた見たこともないような長刀に興味を示した。
「フヘヘヘヘ…!こいつは死に損ないの高貴なお方じゃないの~~~?」
盗賊たちは金棒、銃、剣などの武器を振り回し、バイクやバギーのエンジンをふかして騒いでいる。
双眼鏡の男が仲間へ合図を送る。
すると、盗賊たちはすぐさま興奮状態になり爆音と共に一斉に走り出す。
そして、男の手前まで来るとその集団は停まった。
「おい!そこの男、止まれ!」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、男の周囲を取り囲んだ。
その声に、わずかに顔を上げた。目深に被ったフードの奥で、目だけがギラリと怪しく光る。
男が弱っていると思い込んだ盗賊の一人が、いたぶってやろうと剣を抜き無造作に斬りかかった。
一瞬、風の音が止む。
チリ……
冷たい金属音と共に、何かが光った。だが、何が起きたのかは分からない。
振り下ろしたはずの剣先はまだ宙にある。
そして、盗賊の視界だけが何故か大きく傾いていく。
「な……何だ……ちゃんと立っているはずなのに……景色が……傾ぶいでいぐ……。」
盗賊はそう呟いたが語尾がままならず、自分の体がゆっくり倒れていくのを他人事のように感じていた。
何が起きたのかは、最後まで分からなかった。
ドサッ!
いつの間に抜いたのか、男の手には腰に差していたはずの大太刀が握られていた。2mの長刀は背に掛けられている。陽光が刀身に反射すると、柄の根元に紋章のような意匠が一瞬キラリと浮かび消えた。
「こ…この野郎!」
武器を手にした盗賊たちが束になって男に襲い掛かる。
男の目が光る。
刀を返したまま右足をゆっくりと引き、じりじりと地面にめり込ませる。
気のエネルギーを爆発させるように地面を蹴る。
盛大な砂煙が上がる。
刀の残像が右へ左へと閃くたび、乾いた打撃音と呻き声だけが立て続けに響いた。
ばたばたと盗賊たちは倒れていく。
大太刀の動きを、盗賊たちの目ではまったく捉えられなかった。
残った盗賊へ踵を返し、すぐさま向きを変える。
左足を軸に右足をコンパスのように回転させ凄まじい砂煙を上げる。
狙いが定まる位置で気を集中させ再び一気に蹴る。
男は疾風のごとく動き、姿は見えなくなり残りの盗賊たちは次々と倒されていく。
「弱ってる……くせに……な…何であんな動ぎが……でぎる……んだ?」
声にならない声を残し、盗賊は気を失った。
集団の後方にいた銃を持った盗賊は、狙いを定めようとしても動きが速すぎて目では追えない。
どこに行ったのかを必死で探す。
すると銃の照準器の前に、ギラっと光を放った瞬間、地面に大太刀がドスン!と突き刺さる。
驚きのあまり「うぎゃっ!」と声を上げる。
すると男は、
「我が存在を世に広めよ。緋色のマントを纏った男がこの暗黒の世を葬り去る…。」
そう盗賊に語ると、カツンッ!と大太刀を腰の鞘に納めた。
その目に浮かぶのは救世主めいた高揚ではなく、ただ静かな怒りだけだった。
噂は風に乗り、いずれ我が王国を滅ぼした者の耳にも届くだろう。男はそう思っているのかもしれなかった。
背中に掛けていた長刀を天秤棒のように肩に担ぎ、再び重い足取りで歩き始めた。
来た時と同じ速さ、同じ歩幅で。
風に吹かれながら、何事もなかったかのように、その場を去っていく。
背後には、盗賊たちが呻き声を上げながら横たわっている。
「こ…殺されて…ない? …何なんだ?あの強さは…。」
そこまで言うとその盗賊は気を失った。
男は重い足取りで歩き続けると岩やサボテンなどがまばらに生えている場所に差し掛かった。
休めそうな岩陰を見つけ、その晩はここで過ごすことにした。
近くに生えていた手のひら大のサボテンの茎を2つ3つナイフで切り取り、表面にある点々としたトゲと皮を削ぎ落とし、ぐるりと1周ナイフを回しフチを切り落とした。そして、起こした火に炙って夕食にした。
獣などの肉は口にできなかったが久しぶりの食事だった。
焚火に薪をくべながら夜空を見上げる。
満点の星空を眺めている表情にかげりが差し、あの時のことを思い出していた。
―― その頃、ゼオンは偵察と見聞を広げるための旅に出ていた。
自国である王国が攻撃されているという連絡が入ったのは王国にかなり攻撃が進行してからであった。
ゼオンは王国からは離れていたため、連絡を受け取るのに時間がかかってしまったのだ。
昼夜厭わず馬を走らせ戻ってきたが、城は無残に崩れ一面焼け野原となっていた。
「やはり、間に合わなかったか…」そこにまだ息のある者が横たわっていた。
ずっと守り仕えてきた王であった。
急いで駆け寄りゆっくりと抱き上げた。
「何があったのです!」
「ゼオンか…。攻撃してきた者が何者かは分からない。気を付けろ、敵は黒い姿をした集団だった。」
「王、それ以上話すのはお止めください。私が助けます!」
「いや、私はもう助からない、致命傷を負っているのだ。最後に聞いてくれ…。」
王は自分の着ている王家の者のみが身に着けることを許される金の刺繍が入ったマントを外そうとする。ゼオンは体をほとんど動かせない王に手を貸した。
そして、王家のマントをゼオンの腕に最後の力を振り絞るように力強く抱えさせた。
「これをお前に託す。いつか…もしお前がこの国を復興させることがあれば、これを纏うがよい…。だがそれはお前の意志で決めろ。」
そう言うと王は息絶えた。――
ゼオンは眠りにつくと悪夢を見る。鎧と王家の緋色のマントを身に着けた屈強な王が、顔がはっきりしない黒い気を纏った者から最後の一撃を受けるところで、うなされ目を覚ます。
「王は息を引き取るとき敵は黒い集団だと言っていた…。夢の中のあの黒い気を纏った影のようなものは一体何だ?…夢でも何か現実と関係があるのか…?いや、そんなはずはない。夢は夢だ。」
それでも、心の中では何か引っかかっていて、どこからともなく心に入ってくるような奇妙な感覚は拭えない。
―― ゼオンは黒い影に滅ぼされる前のヴァルディアス王国の四賢者の一人であり、四賢者はその強さから四天王とも呼ばれていた。
もともと王族に仕える身ではなく一般庶民の出であったが、オーラのような独特の雰囲気を纏っていた。
あるとき、偶然に擦れ違った王は一瞬でゼオンの素質を見抜き徹底的に鍛え上げた。すると、ゼオンはめきめきと頭角を現し賢者にまで上り詰めた。
その後、全国を行脚しているとき大陸東方の先にある島国に立ち寄ったところ、見たことのない片刃の反った剣を目にして興味を持った。そして、その剣の修行に打ち込み、刀の使い方を身に着けたのである。
ゼオンを教えた師は彼の凄まじい吸収力と強さに惚れ込み、名のある刀匠にこの2mの長刀と二本の大太刀を打たせ持たせたのである。
しかしある戦いの最中、目の前で助けを求めている子供を、ぎりぎりのところで助けられなかったことが今も心に深く残っている。――
そんなゼオンを遠くの岩陰から、ある謎の女が見つめていた。
暫く前から追ってきているようであった。
「ゼオン…。」
と 一言だけ呟き、離れた岩陰からその姿をうかがっていた。
そして、不覚にも長旅の疲れから睡魔が襲い、うつらうつらとほんのひととき彼女は目を閉じた。
ゼオンは、それが女とは分からなかったが何かに見られているような気配を感じ取り、その場を後にした。
暫くして彼女は目を開き、ゼオンがいた岩陰を確認する。
「しまった!いない…。」
そこにゼオンの姿はなかった。
ゼオンがいた岩陰を探してみても、あたりを探してみても、その姿は見つからない。
「気づかれたか…近づきすぎたようだ」彼女は唇を噛んだ。




