第11話 支配された賢者
その晩は拠点としていた洞穴で一夜を明かすことにした。
ガルナと共に森に入ったセレスは正確な弓捌きで獣を狩り、ゼオン、ルイーザ、ラル兄弟は木の実や食べられる野草を採りに行く。
ガルナとセレスは狩った獲物をその場で血抜きをして持ち帰り、捌き始めた。
それが終わると肉を串に刺し、遠火で時間をかけ中まで均等に火が入るように炭と薪の炎でじっくり焼きあげていく。
表面がゆっくりと焦げ始め、じわじわと肉汁が溢れだすとその度に香ばしい煙が立ち上がり、その匂いが辺り一面に漂い始めた。
帰ってきたラル兄弟が焚火で焼かれている肉の匂いに誘われ駆け寄ってくる。
そして、その光景に目が釘付けとなりゴクリと喉を鳴らした。
ルイーザはその獣の余分な骨や肉で出汁を取り野草や木の実を入れスープを作りはじめた。
暫くして肉が焼き上がり、セレスがナイフで削ぎながら皿に分けていく。
ラル兄弟は待ちきれずに、こんがりと焼けた大きな肉の塊にむしゃぶりつくと、一瞬目を細め その美味しさに興奮している。
「うまい!なんて美味しいお肉なんだ。」
ラルが言った。
「お兄ちゃんこれ凄いよ!こんなおいしいお肉食べたことない。」
ルネも興奮気味だ。
肉はじっくりと焼かれ、中まで柔らかくしっかり火が通り旨味が十分に引き出されていた。
セレスの処理のおかげで独特の獣臭も感じなかった。
「今夜は、ちょっと豪華な食事になったな!」
ガルナはラル兄弟の方を見て笑いながら言った。
そこへゼオンもやってきた。
「美味そうに焼けたな。肉のうまさは狩ったあとの処理がどれだけ上手くできるかにかかっている。獲物を仕留めるだけでなく、その後の処理の腕も良い狩人の条件なんだ。」
「私も間近で手伝ったが一流の手さばきだったよ。」
ガルナが言った。
「じゃ、セレスさんは相当腕のいい狩人ってこと?」
そうラルが聞くと、ゼオンが笑顔で答える。
「そういうことになるな。稀にみる良い腕の狩人だ。」
それを聞いて、セレスは少し照れくさそうに微笑んでいた。
「でも、何より美味しいと感じてくれるのが一番ですよ。」
他の者たちも、こんがりと焼かれた肉を、出汁のよく効いたスープとともに味わった。
「こんなに美味しいご飯を、お腹いっぱい食べたのは久しぶりだ…。」
ラルが感慨深そうに言った。
「分かるか? ラル。これが人々が寄り添って暮らすということなんだ。」
ゼオンがそう言うと、隣でルイーザが深く頷いている。
「みんながいると僕も楽しいよ!」
ルネが無邪気に言った。
「確かにそうですね。ここのところ殺伐としていて食べ物の味なんか分からずにいました。それに、これだけ満足のいく食事もできなかった。」
セレスも、食べかけの肉を見つめながらしみじみと言った。
「私もこうやってみんなの仲間になれてホッとしたわ…。」
ルイーザがゼオンを見つめそう言うと、ゼオンは笑みを浮かべながらも複雑な心境であった。
ガルナが焼け跡の村から持ってきたワインを開け、カップに注ぎ皆に分ける。
ラル兄弟は、ワインと一緒に持ってきた ブドウを潰して蜂蜜を加えた飲みものを瓶から注いでもらった。
二人はこれが大好きだった。
そして、皆で乾杯すると一気に飲み干した。
食事を終えるとまだ子供のルネはすっかり眠くなり洞穴に入って横になり、それに付き添うように兄のラルも横になると二人は眠ってしまった。
暫く四人は焚火を眺めながらワインを飲んでいた。
ガルナが何やら考え込んでいる。
「そういえば…思い出したことがあります。」
「ん? 何だ…?」
ゼオンが返すとガルナは続けた。
「国が攻撃されて戻った時、味方の兵が突然豹変し味方の兵を攻撃し始めたのです。
はじめは既に城に侵入していた敵が火を放ち、攻撃しているものと思っていたのですが、よく見ると豹変し変わり果てた味方の兵が火を放っていました。
そして攻撃してくるその兵の背後には黒い影があったのです。」
ゼオンはそれを聞くと一瞬 顔をこわばらせた。
夢に出てくるあの得体のしれない黒い影も、去って行く集団の中にセレスが見た黒い影も…これらは全て共通しているのではないか、という気がした。
ガルナの話を聞きながら、ゼオンはもう一つのことを思い出していた。
自分の国が襲われたとき、息絶えるときの兵から聞いた話だ。
四賢者のうちの一人の遺体が見つからず、どこかで殺されているのだろうと言われていた。
だが、もしガルナが見たように、味方が突如豹変して敵になり得るのだとしたら…。
ゼオンは重い口を開いた。
「もし、俺の推測が正しければ遺体が見つからなかった四賢者のうちの一人は、その黒い影に操られ生き延びている可能性がある。」
「な…何ですと!四賢者の一人があの黒い影の側に立ってしまっているというのですか。」
ガルナは目を丸くして一瞬体が固まった。
「そうだ。もしそうだとすると厄介だ。あの者はかなり手ごわい。四賢者であり四天王のうちの一人でもあるからな。」
それを聞き三人は驚愕した。
「もしその四賢者の一人が目の前に現れたら、太刀打ちできるのはゼオン様だけということですね。」
と、セレスが二人の会話に割って入った。
「ああ、そうかもしれん。だが……もし黒い影の呪縛で動かされているのだとしたら…その呪縛さえ断ち切れれば、これほど心強い味方はいない。ま、生きた体のままであればの話だがな…。」
「ん?どういうことですかな。」
「もし、生きたままの体で操られているのなら、ルイーザの力で呪縛を解き目を醒まさせることができるかもしれない…。」
「そうね、どれだけ強い呪縛なのか分からないけどやってみる価値はあるわね。」
「しかし、もしその呪縛を断ち切れなかったら…?」
セレスが問う。
ゼオンは険しい顔で、力強く言い放った。
「その時は…斬る!」
「分かりました。そこまでの覚悟がおありなら、僕も協力します。」
セレスも真剣な眼差しで答えた。
「ルイーザ、感覚で何か掴めないか?」
「やってみるわ。」
ルイーザは目を閉じ、こめかみに指を当て集中する。
「…西の方角に…特に強い力を感じる。でも、その少し離れた南寄りの方向に、これほどじゃないけど、もう一つ別の強い力を感じる。それ以外に、あと六つほどの強い力を感じるけど、この二つの力ほどではないわ。それでも残りの六つの力も強いことには変わりはない。」
「二番目に力の強い者がいる南西か…。その線が濃いな。」
「まだ、それが四天王の一人かどうかは分からないが、向かう価値はありそうですな。」
ガルナは冷静に答えた。
「それでは、明朝出発しよう。」
四人は結束を固めると洞穴に入り、それぞれ横になった。
明朝ゼオンとラルは夜も明けきらないうちから起きだし、ゼオンはラルに稽古を付けてやった。
「そうだ、刀は削ぐように斬ることを既に理解してるようだな! なかなか筋が良い。」
「うん! 僕もこの反った片刃の剣をいろいろ研究して、こうやって斬るんだって分かってきたんだ。」
ゼオンは斬りこみ方や間の取り方などをラルに教えた。
夜が明けてくると、6人は手早く朝食を済ませ出発の準備をする。
手分けして川べりで馬に水を飲ませ、塩を擦り込んでおいた昨夜残った肉片に紐を巻き付け馬の背に掛けていく。
そして、男たちは入念に剣や弓の確認をした。ラルもゼオンに貰った刀を引っ提げ一緒に見よう見まねで確認をする。
ゼオンはその様子を見て微笑んだ。
「ラル、お前はこれからもっと強くなる。でも、今は戦いには加わらず弟のルネとルイーザを守っていてくれないか。」
「分かった。弟は一人しかいない大切な家族だから僕が守る。だけど…ルイーザさんは…僕より強いよ?」
「ハハハ!そうかもしれんな。だけど、彼女も女だ。ときにお前の力に及ばないときも出てくるかもしれない。そんなときは守ってやってほしいんだ。」
「分かった!僕はルネとルイーザさんを守ることに専念するよ。」
ラルは素直で聞き分けの良い性格でゼオンも気に入っていた。
準備を整えると、ルイーザが昨夜感じていた二番目に大きな気の気配のする南西に進路を取り出発する。
ガルナはラルを、セレスはルネを、ゼオンはルイーザをそれぞれ馬の後ろに乗せ、ガルナとセレスは荷物を載せた馬を一頭ずつ引きながら歩き出した。
平地ではスピードを上げ目標へ急ぐ。
ふと、ゼオンの背に乗るルイーザの体が僅かに強張った。
「どうした?」
「……ええ、いま一瞬気配がはっきりしたの。」
そう答えたルイーザの視線は、南西の空の彼方を見つめたまま離れなかった。




