第9話「実習先」
教室。
ざわつきが、いつもより少しだけ大きい。
「出た?」
「まだ見てない」
前の掲示板に、人が集まっている。
――早期現場実習。
配属先一覧。
⸻
ラーナは、少し離れた位置からそれを見ていた。
(……来たか)
(ここから先は、もう言い訳できない)
“現場”になる。
「ラーナ」
後ろから、軽い声。
振り返らなくても分かる。
「見た?」
レオが、隣に並ぶ。
「まだ」
短く返す。
「じゃあ一緒に見よ」
勝手に決める。
(……勝手)
でも、拒まない。
人の間を抜ける。
掲示板の前。
名前を探す。
上から、順に。
(……あった)
⸻
ラーナ・ソルフェーズ ーー
⸻
その横に、配属先。
一瞬だけ、視線が止まる。
(……ここ)
名前を、知っている。
見覚えがある。
何度も、聞いたことがある。
無意識に、息が浅くなる。
指先が、ほんの少しだけ冷える。
「……あー」
隣で、レオが声を出す。
「同じじゃん」
ラーナが、わずかに視線を動かす。
レオの名前。
同じ欄にある。
「ほんとだ」
それだけ。
でも。
(よりによって)
場所が、問題だった。
「ここ、結構当たりじゃない?」
レオが軽く言う。
「指導医、かなり有名らしいし」
一拍。
ラーナは、何も言わない。
その“有名な医師”の名前。
視界の端にある。
(……ヘンリー・グレーテル)
胸の奥が、わずかに動く。
でも。
顔には出ない。
「楽しみ?」
レオが、横目で見る。
「別に」
即答。
「ふーん」
軽く流す。
でも。
ほんの少しだけ、視線が残る。
(……嘘だな)
分かる。
いつもと違う。
ほんのわずか。
呼吸の間。
視線の止まり方。
それだけで、十分だった。
(なんかあるな)
レオは、小さく笑う。
「ま、いいや」
(あとで分かるか)
一歩、離れる。
「どうせ一週間、ずっと一緒だし」
軽い言い方。
でも。
「ちゃんと見せてよ」
一拍。
「この前の続き」
視線が、まっすぐ向く。
ラーナは、少しだけ目を細める。
「……そっちこそ」
短く返す。
一瞬だけ。
空気が張る。
周りのざわつきとは、別の温度。
レオが、楽しそうに笑う。
「いいね」
そのまま、背を向ける。
軽い足取り。
でも。
(やっぱり)
頭の中には、さっきの違和感が残っている。
(あの実習先)
(あいつ、知ってるな)
確信に近い感覚。
「……楽しみだな」
誰にも聞こえない声で、呟く。
ラーナは、その場に残る。
もう一度だけ、掲示板を見る。
名前。
場所。
そして。
(……行くのか)
逃げないと決めた。
なら。
(行くしかない)
ゆっくり、視線を外す。
教室のざわめきが、戻ってくる。
でも。
その奥で。
何かが、確実に動き始めていた。
——逃げ場のない場所で。




