第75話「同じ場所で、違う距離」
四月。
新しい生活が始まった。
ノルドハイム医療院。
かつてラーナが看護師として働いていた場所。
今度は――研修医として。
白衣の感触が、まだ少しだけ新しい。
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最初の配属。
ラーナは救急科。
レオは内科。
その後は各科をローテーションしていく。
「……さっそくあんまり顔合わせなくて済みそう」
「……それひどくね」
レオが小さく眉を寄せる。
「……職場で、だよ?」
「わかってるよ」
軽く笑う。
でも。
少しだけ、寂しさも混じる。
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救急科。
ラーナは迷いなく動いていた。
「これお願い」
「はい」
短い返事。
すぐに次の動きへ。
判断が早い。
手も止まらない。
現場に馴染む速度が、異様に速い。
(……やっぱり、向いてる)
周囲がそう思うくらいには。
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一方で。
内科。
「この人、腹痛って言ってるけど」
レオがカルテを見ながら呟く。
「違うと思います」
ぽつりと落とす。
「え?」
先輩医師が振り向く。
「痛みの出方が変だし」
「ここ、押した時の反応も」
指で示す。
「……こっちじゃないですか」
静かに言う。
少しの沈黙。
「……検査回そう」
結果は、レオの読み通りだった。
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数日後。
ラーナが日勤の日。
廊下。
「――だから、そのケースは」
ヘンリーと話している。
変わらない距離感。
でも。
立場は違う。
横を、別の医師たちと歩きながら通るレオ。
視線だけ、ほんの一瞬。
(……またヘンリー先生か)
すぐに逸らす。
誰にも気づかれない程度に。
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(……前も、ああだったな)
一年のときの早期実習。
少し離れた場所で見ていたラーナ。
その視線の先に、いつもいた人。
今は。
隣に立っている。
(……変わったな)
少しだけ。
胸の奥が、ざわつく。
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夜。
家。
今日は、二人とも日勤だった。
久しぶりに同じ時間に帰る。
静かな空気。
ソファに並ぶ。
レオがぽつりと口を開く。
「……やっぱ、あの人すごいよな」
ラーナは、すぐに頷く。
「うん」
即答。
「人間じゃないと思うくらい見えてる範囲が違う」
「……絶対超えたい」
まっすぐな声。
その目。
レオは、少しだけ目を細める。
(……その顔、あんま見ないな)
「……昔好きだったりした?」
軽く言う。
でも。
少しだけ、探るように。
ラーナは、一瞬考える。
「……たぶん違う」
「いやそれ好きだったやつでしょ」
笑う。
でも、どこか引っかかる。
「違う」
はっきり。
「今ならわかる」
「どういうこと?」
一拍。
ラーナは少しだけ視線を落とす。
言葉を選ぶ。
「……レオとちがうから」
ぽつり。
「……へぇ」
レオが、わずかに眉を動かす。
「……そうじゃなくて」
ラーナが続ける。
少しだけ焦ったように。
「そのときのは」
「……なんていうか」
言葉が詰まる。
うまく言えない。
「すごいって思ってたし」
「……目で追ってたけど」
一拍。
「今みたいなのじゃない」
レオを見る。
まっすぐ。
「レオに思ってるのとは、違う」
少しの沈黙。
レオが、ゆっくり口元を緩める。
「……それ、ちゃんと説明できてると思ってる?」
じわっと距離を詰める。
「……できてる」
「できてない」
即答。
さらに一歩近づく。
「……どこが違うの」
逃がさない。
ラーナが一瞬だけ視線を逸らす。
「……言わなくてもわかるでしょ」
「わかんない」
嘘。
でも、聞きたい。
「ちゃんと言って」
低く、柔らかく。
でも確実に詰める。
ラーナが、少しだけ息を吸う。
「……レオのは」
一瞬、止まる。
「……ちゃんと、好き」
小さく。
でも、はっきり。
レオが、一瞬固まる。
それから。
「……それ反則」
ぼそっと。
そのまま、引き寄せる。
ラーナが少しだけバランスを崩す。
「……なに」
「いや、今の流れでそれ言う?」
苦笑しながら。
でも、腕は離さない。
「……言わせたのレオ」
「そうだけど」
距離が、近い。
自然に。
当たり前みたいに。
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「……てかさ」
「なんか変わった?」
「なにが」
「結婚」
「別に」
「それな」
一瞬、間。
「……でも」
「なに」
「帰る場所、ちゃんと決まった感じはする」
ラーナが少しだけ視線を落とす。
「……前からじゃないの」
「……前より」
ラーナが、無意識みたいに
レオの服を軽く掴む。
もう、確認するみたいな仕草じゃない。
そこにいるのが、
当たり前になった距離。
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同じ場所。
同じ職場。
でも。
隣にいる人は、もう決まっている。
それだけで、十分だった。




