表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
75/76

第75話「同じ場所で、違う距離」

 四月。


 新しい生活が始まった。


 ノルドハイム医療院。


 かつてラーナが看護師として働いていた場所。


 今度は――研修医として。


 白衣の感触が、まだ少しだけ新しい。





 最初の配属。


 ラーナは救急科。


 レオは内科。


 その後は各科をローテーションしていく。



「……さっそくあんまり顔合わせなくて済みそう」


「……それひどくね」



 レオが小さく眉を寄せる。



「……職場で、だよ?」


「わかってるよ」



 軽く笑う。


 でも。


 少しだけ、寂しさも混じる。





 救急科。


 ラーナは迷いなく動いていた。



「これお願い」


「はい」



 短い返事。


 すぐに次の動きへ。


 判断が早い。


 手も止まらない。


 現場に馴染む速度が、異様に速い。



(……やっぱり、向いてる)



 周囲がそう思うくらいには。





 一方で。


 内科。



「この人、腹痛って言ってるけど」



 レオがカルテを見ながら呟く。



「違うと思います」



 ぽつりと落とす。



「え?」



 先輩医師が振り向く。



「痛みの出方が変だし」


「ここ、押した時の反応も」



 指で示す。



「……こっちじゃないですか」



 静かに言う。


 少しの沈黙。



「……検査回そう」



 結果は、レオの読み通りだった。





 数日後。


 ラーナが日勤の日。


 廊下。



「――だから、そのケースは」



 ヘンリーと話している。


 変わらない距離感。


 でも。


 立場は違う。


 横を、別の医師たちと歩きながら通るレオ。


 視線だけ、ほんの一瞬。



(……またヘンリー先生か)



 すぐに逸らす。


 誰にも気づかれない程度に。





(……前も、ああだったな)



 一年のときの早期実習。


 少し離れた場所で見ていたラーナ。


 その視線の先に、いつもいた人。


 今は。


 隣に立っている。



(……変わったな)



 少しだけ。


 胸の奥が、ざわつく。





 夜。


 家。


 今日は、二人とも日勤だった。


 久しぶりに同じ時間に帰る。


 静かな空気。


 ソファに並ぶ。


 レオがぽつりと口を開く。



「……やっぱ、あの人すごいよな」



 ラーナは、すぐに頷く。



「うん」



 即答。



「人間じゃないと思うくらい見えてる範囲が違う」


「……絶対超えたい」



 まっすぐな声。


 その目。


 レオは、少しだけ目を細める。



(……その顔、あんま見ないな)



「……昔好きだったりした?」



 軽く言う。


 でも。


 少しだけ、探るように。


 ラーナは、一瞬考える。



「……たぶん違う」


「いやそれ好きだったやつでしょ」



 笑う。


 でも、どこか引っかかる。



「違う」



 はっきり。



「今ならわかる」


「どういうこと?」



 一拍。


 ラーナは少しだけ視線を落とす。


 言葉を選ぶ。



「……レオとちがうから」



 ぽつり。



「……へぇ」



 レオが、わずかに眉を動かす。



「……そうじゃなくて」



 ラーナが続ける。


 少しだけ焦ったように。



「そのときのは」


「……なんていうか」



 言葉が詰まる。


 うまく言えない。



「すごいって思ってたし」


「……目で追ってたけど」



 一拍。



「今みたいなのじゃない」



 レオを見る。


 まっすぐ。



「レオに思ってるのとは、違う」



 少しの沈黙。


 レオが、ゆっくり口元を緩める。



「……それ、ちゃんと説明できてると思ってる?」



 じわっと距離を詰める。



「……できてる」


「できてない」



 即答。


 さらに一歩近づく。



「……どこが違うの」



 逃がさない。


 ラーナが一瞬だけ視線を逸らす。



「……言わなくてもわかるでしょ」


「わかんない」



 嘘。


 でも、聞きたい。



「ちゃんと言って」



 低く、柔らかく。


 でも確実に詰める。


 ラーナが、少しだけ息を吸う。



「……レオのは」



 一瞬、止まる。



「……ちゃんと、好き」



 小さく。


 でも、はっきり。


 レオが、一瞬固まる。


 それから。



「……それ反則」



 ぼそっと。


 そのまま、引き寄せる。


 ラーナが少しだけバランスを崩す。



「……なに」


「いや、今の流れでそれ言う?」



 苦笑しながら。


 でも、腕は離さない。



「……言わせたのレオ」


「そうだけど」



 距離が、近い。


 自然に。


 当たり前みたいに。





「……てかさ」


「なんか変わった?」


「なにが」


「結婚」


「別に」


「それな」



 一瞬、間。



「……でも」


「なに」


「帰る場所、ちゃんと決まった感じはする」



 ラーナが少しだけ視線を落とす。



「……前からじゃないの」


「……前より」



 ラーナが、無意識みたいに


 レオの服を軽く掴む。


 もう、確認するみたいな仕草じゃない。


 そこにいるのが、


 当たり前になった距離。





 同じ場所。


 同じ職場。


 でも。


 隣にいる人は、もう決まっている。


 それだけで、十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ