第74話「もう一度、同じ場所で」
休日。
人通りの多い通り。
レオはひとりで歩いていた。
視線の先には、アクセサリーショップ。
(……どうするか)
ぼんやりと考える。
プロポーズは、もうしている。
指輪も決めた。
でも。
(あれで終わりは、なんか違う)
ちゃんと、もう一度。
形にしたい。
(婚約指輪は……いらないって言うだろうな)
ラーナの顔が浮かぶ。
仕事のことを優先する。
邪魔になるものは選ばない。
(花束もな……)
たぶん、困る。
嬉しくないわけじゃないけど、扱いに困る顔が浮かぶ。
(アクセサリーか)
思考を巡らせる。
(ネックレスは……あげた)
(ブレスレットは邪魔)
そこで。
ふと、思い出す。
(……ピアス)
距離を詰めたとき。
初めて気づいた。
耳たぶに、いつもついてる。
小さな、シルバーのピアス。
近づくと、髪の隙間から見える。
あの感じが、妙に印象に残ってる。
(……あれ、ラーナっぽかったな)
主張しすぎない。
でも、ちゃんと似合ってる。
触れたとき。
すぐ耳まで赤くなるのも。
なんか、かわいかった。
(ああいうやつ)
決まる。
レオは、そのまま店の中に入っていった。
⸻
――数日後。
大学。
「なんで急に」
ラーナが歩きながら言う。
「いや、もう来ることないなと思って」
「……まあ」
卒業も近い。
ここに通う日常も、終わる。
「ちょっと回ろ」
「いいよ」
軽く決まる。
食堂。
図書館。
講義室。
並んで座っていた席。
ラーナがひとりでノートをまとめていたベンチ。
ひとつずつ、なぞるように歩く。
そして。
実習室。
「……懐かしい」
ラーナがぽつりと呟く。
よく使っていたテーブルの前で止まる。
レオも、その隣に立つ。
「最初さ」
「距離詰めると逃げてたのに」
「急に、逃げないで逆に来たときあったよね」
「……覚えてない」
「嘘」
「嘘じゃない」
即答。
レオが少し笑う。
「だってそのとき、初めて名前呼ばれたし」
「……そうだった?」
「うん、よく覚えてる」
「それは本当に覚えてない」
「だろうね」
少し笑い合う。
「……そのとき結構きたんだよね」
「……何が」
「……あれ、ずるかった。ちょっとドキッとした」
「……何それ」
一瞬、言葉が詰まる。
「……知らない」
ラーナの耳が少し赤くなる。
「……ラーナとこんな関係になれると思ってなかった」
「……それは」
「……私も」
⸻
一瞬、静かになる。
「……ラーナ」
「なに」
レオが少しだけ姿勢を正す。
「好きだよ」
「……何急に」
戸惑う。
「……愛してる」
空気が止まる。
ラーナが完全に固まる。
「……改めて」
レオが、小さな箱を取り出す。
「俺と結婚してください」
差し出す。
ラーナは動かない。
思考が止まっている。
レオが少し吹き出す。
「……これなに」
「開けてみ」
ラーナがゆっくり箱を開ける。
中には。
小ぶりな、水色のピアス。
「……ピアスだ」
一拍。
「……かわいい」
そっと取り出す。
光にかざす。
「……アクアマリン?」
「うん」
「似合いそうな色だなと思ったら、たまたま誕生石だった」
「……ありがとう」
「……どういたしまして」
一瞬、間。
「……で?」
「……え?」
「返事は?」
「え、今更?」
「……一応プロポーズだから」
ラーナが少しだけ笑う。
「……はい」
短く。
レオがそのまま、抱き寄せる。
ラーナも自然に預ける。
「……レオ」
「……ん?」
少しだけ間。
ラーナが、ほんの小さな声で。
「……私も」
「……愛してる」
レオの動きが止まる。
一瞬。
それから、ぐっと抱き寄せる力が強くなる。
「……それ反則」
低く、呟く。
ラーナは何も言わない。
ただ、少しだけ顔を埋めた。
同じ場所で。
同じ距離で。
今度は、ちゃんと形になった。




