第70話「解けたあと」
「終わった……」
卒業試験後。
ラーナが玄関に入るなりそう言う。
「お疲れ」
レオは短く返す。
「どうだった」
「余裕」
「俺も」
一瞬だけ、空気が軽くなる。
でも、完全にはまだ抜けてない。
「……久しぶりだね」
レオが言う。
「……うん」
「今日はちょっと休まない?」
「……いいよ」
ソファ。
2人で同時に座る。
どちらも動かない。
ただ、同じ空間に沈むだけ。
(……変な感じ)
触れなかった時間が長すぎて、逆に距離の取り方がわからない。
レオが少しだけ手を伸ばす。
ラーナの指先に触れる。
そっと。
絡める。
「……やば」
「なに」
「久しぶりに触れた」
「……うん」
ラーナは視線を逸らす。
少しだけ肩が硬い。
「緊張してるの?」
「してない」
「強張ってるけど」
「なってない」
即答。
レオは少しだけ笑う。
「じゃあさ」
「もっと近くても大丈夫だよね」
ラーナの指が一瞬止まる。
「……別に」
曖昧な返事。
その瞬間。
レオが少しだけ距離を詰める。
肩と肩が触れる。
それだけなのに。
ラーナの心臓が一瞬跳ねる。
(……なにこれ)
静かすぎるのに、うるさい。
レオは気づいてるくせに、何も言わない。
「ラーナ」
「なに」
少しだけ声が小さい。
「今の感じ、嫌?」
一拍。
「……嫌じゃない」
その言葉だけで、空気が変わる。
レオの手が少しだけ強くなる。
でも、急がない。
ただ隣にいる距離を、少しずつ埋めるだけ。
「じゃあさ」
レオが小さく言う。
「今日はこのままでいい?」
「……うん」
ラーナはようやく、少しだけ寄りかかる。
その瞬間。
レオの呼吸が少しだけ乱れる。
そっと髪に触れる。
耳にかかっていた髪を払うみたいに。
指先が、小さなピアスに触れた。
一瞬。
金具が、かすかに擦れる。
(……っ)
ラーナの肩が、ほんの少しだけ強張る。
耳に触れられるたび、呼吸が落ち着かなくなる。
でも。
逃げない。
レオの指が、そのまま耳をなぞる。
優しく。
触れるだけみたいに。
「……やっぱ似合う」
低く落ちる声。
距離が近い。
ラーナの呼吸が、一瞬止まる。
「……急に何」
声が少しだけ弱い。
「思っただけ」
さらっと。
でも。
指先はまだ耳に触れてる。
「シンプルなの、ほんと似合うよね」
(……無理)
熱い。
耳も。
顔も。
「……レオ」
「なに」
「……触りすぎ」
小さく言う。
でも。
離れない。
(やばい)
でももう動かない。
今はただ、解けたあとを味わうだけ。
⸻
気づいたら。
ソファで、2人とも寝ていた。
夕方の光が少しだけ傾いている。
レオが先に目を開ける。
(……寝てた)
隣。
ラーナはまだ眠っている。
少しだけ無防備な顔。
レオは静かに起き上がる。
ブランケットを探して、そっとかける。
少しだけ呼吸を整えて、キッチンへ向かう。
⸻
しばらくして。
「……いい匂い」
ラーナが目をこする。
テーブルの上。
食事が並んでいる。
「レオのご飯、久しぶり」
「おう」
短い返事。
でも少しだけ嬉しそう。
ラーナは椅子に座る。
一口。
「……おいしい」
「そりゃよかった」
それだけ。
でも空気は軽い。
⸻
食後。
「お風呂どうする?」
「……どうするって?」
「一緒に入る?」
「入らない」
即答。
ラーナは立ち上がる。
(通常運転)
レオは軽く笑う。
「はいはい」
そのままラーナが先に風呂へ。
⸻
夜。
ラーナはベッドの上で待っている。
(……来るの遅い)
少しだけ目を閉じる。
寝たふり。
するとレオが寝室に入ってくる。
「起きてるだろ」
「寝てる」
「起きてるじゃん」
「起きてない」
即答。
レオはため息をつく。
「はいはい」
布団に入る。
少しだけ間。
「こっち来る?」
「来ない」
「そっか」
レオは特に気にしていないふうに横になる。
(どうせ来る)
静か。
⸻
数分後。
ラーナの呼吸が少しずつ深くなる。
そして。
無意識に、距離が詰まる。
(やっぱりな)
レオはすぐに手を伸ばす。
そっと捕まえる。
抱き寄せる。
ラーナはそのまま動かない。
完全に安心した呼吸。
(戻ったな)
レオは小さく息を吐く。
そのまま目を閉じる。
今夜はもう、どこにも行かない距離。




