第69話「勝手に決めた距離」
ある夜。
ダイニングテーブル。
参考書と資料が広がったまま。
その間に、ぽつりと会話が落ちる。
「就職どうするの」
レオが何気なく聞く。
「……前の病院戻るつもり」
ラーナは視線を落としたまま答える。
「ああ、あそこ」
一度、実習で行った場所。
忙しいけど、回ってる現場。
ラーナには合ってる。
「……科はなんか考えてる?」
「……外科かな」
さらっと言う。
「やっぱ外科か」
レオは少しだけ笑う。
「判断早いし、正しい方選べそうだし。いいんじゃない」
ラーナが一瞬だけ視線を上げる。
「……なにそれ」
「褒めてる」
軽い。
でも、的確。
「レオは」
ラーナが短く聞き返す。
「俺は内科かな」
迷いなく答える。
「……レオっぽいね」
一拍。
「鋭いし、無駄に敵作らないし」
レオが少しだけ眉を上げる。
「それ、褒めてる?」
「褒めてる」
同じトーンで返す。
一瞬だけ、静かな空気。
「じゃあ俺もそこ受けようかな」
「ダメ」
即答。
「なんで」
「一緒に仕事するとか無理」
迷いなし。
レオは一瞬だけ黙る。
(……まぁ、だよな)
今の実習。
同じチームで動いたときの空気。
思い出せばすぐ分かる。
「でもさ」
レオは少しだけ声を落とす。
「俺の目の届かないとこにずっといるの不安なんだけど」
ラーナが少しだけ顔を上げる。
「別に大丈夫でしょ」
「レオも実習一緒だったから知ってるでしょ、あの病院の内情」
「まぁそうだけど……」
納得はしてる。
でも、それとこれは別。
「レオは違うとこ行って」
「最終的に選ぶ科が違えばよくね?」
「よくない」
また即答。
レオは小さく息を吐く。
「あっそ……」
それ以上は言わない。
でも。
(無理だろ、それ)
心の中でだけ、決める。
⸻
――数週間後。
内定者説明会。
広い会場。
ざわつく空気。
ラーナは資料を受け取って席に着く。
ふと。
違和感。
視線の先。
見覚えのある横顔。
「……は?」
思わず立ち止まる。
レオ。
普通に座ってる。
何事もなかったみたいに。
ラーナはそのまま近づく。
「なんでここにいるの」
低い声。
レオはちらっと見る。
「同じ職場の方が何かと便利だから」
「あ、安心して。チーム違ったから」
「そういう問題じゃない」
軽い。
「……はぁ」
ラーナは額を押さえる。
(言ったよね)
でも。
名簿をちらっと見る。
確かに配属チームは別。
(……関わらない)
そう思えば、まぁ。
「……別にいいけど」
しぶしぶ。
レオが少しだけ口角を上げる。
「でしょ」
「よくない」
すぐ訂正。
でももう否定はしない。
レオはそれ以上何も言わない。
ただ前を見る。
(同じ場所)
それだけで十分だった。
⸻
一方でラーナは。
(絶対面倒なことになる)
小さくため息をつく。
でも。
完全に拒むことも、もうしなかった。




